第十話 最強の陰陽師、飛ぶ


 入山して、三日目。

 日はすっかり昇りきり、もう昼時となっている。

 ぼくは思いっきり伸びをして、重たい息を吐き出した。


「疲れた……」


 昨日飛び立ったドラゴンは、あれからほどなくして獣型のモンスターを後ろ肢で掴んで戻ってきた。

 それをむしゃむしゃと食べたかと思えば、それからすぐ、巣のそばで眠ってしまった。

 夕方に目を覚ますとまた飛び立ち、今度は周辺の空を警戒するように見回ったら、夜に戻ってきた。そしてまたすぐ寝た。

 夜が明けて朝。そして昼。ドラゴンはまだ起きない。

 別に死んではいない。

 ただ、爆睡しているだけだ。


 寝息を立てるドラゴンを眺めながら思う。

 きっと、疲れていたのではないだろうか。

 子育ては、人間はもちろん動物にとっても大変だ。こいつはモンスターだが、たぶん同じ。明らかに土地の魔力だけでは体力が足りてない様子だった。

 つがいがいないせいもあって苦労していたんだろう。


 ただ……、


「ぼく、いつ解放されるんだ……?」


 ドラゴンが食事したり空中散策したり眠ったりしている間、ぼくはずっと卵を転がしたり岩を熱したりと、甲斐甲斐しく巣の面倒を見ていた。

 いい加減うんざりして一度去ろうとしたら、怒ってめちゃくちゃ吠えられた。逃げたら街まで追いかけて来かねなかったので、動くに動けないでいる。

 たぶん卵なんてある程度放っておいても問題ないんだろうけど……どれくらい大丈夫かわからない。おかげで徹夜だった。


 ユキも、いやになったように言う。


「まったく……人に仔を育ててもらうなど、図々しい物の怪ですねっ」

「……管狐もそうだけどな」

「うっ、いえ、管はその、人にまつろうあやかしですので……」

「はぁ……まあたぶん、こんなのはドラゴンでもこいつだけだよ」


 この個体は特別だ。

 いや、ドラゴン自体に、そういう性質があるとも言えるが……。


「で、どうするのでございますか? セイカさま」


 ユキが言う。


「まさかこのまま、物の怪の乳母をやるわけにもいきますまいに」

「……帰るよ。そろそろ食糧も少なくなってきたしね」


 なんとかドラゴンを説得しなければ。


「おーいっ!! 起きろ! もう昼だぞっ!!」


 惰眠を貪るドラゴンに大声で怒鳴ると、そのゴツゴツした瞼が微かに開いた。

 明らかにめんどくさそうな顔をしている。

 ぼくはイライラしながらも、街の方を指さして言う。


「ぼくはもう帰るからなっ!!」

「グルルッ!」

「グルルじゃないんだよいい加減にしろっ! ぼくはお前のつがいでもなんでもないんだからなっ!!」


 ぼくが言うと、ドラゴンはしばし不満そうに唸った後、ブフゥゥーッ、という溜息みたいな吐息と共に立ち上がった。

 そしてぼくの方にのしのしと歩み寄ると、その大きな頭を下げ、地面に顎をつける。


「?」

「グルルルル……」


 そのまま翼をバサバサと動かす様子を見て、ぼくは察する。


「もしかして……乗せてってくれるのか?」

「グルル」

「ええ、気持ちはありがたいんだけどさ…………いや、待てよ」


 ぼくは可能性に気づく。

 羽の生えた生き物に乗って飛ぶなんて無理だと思っていたけど……こいつならいけるかもしれない。


 鱗に足をかけ、頭の上によじ登る。

 おあつらえ向きに、硬めの毛が生えていて座り心地も悪くない。


「グルルルッ!」


 ドラゴンが翼を広げ、羽ばたいた。

 気圧の魔法が発動し、ぼくを乗せたまま巨体が宙に浮く。

 周囲に猛烈な風が吹き荒れる。

 だが、乗っていられないほどじゃない。

 何より――――揺れも少ない。思った通りだ。


 鱗の突起に掴まりながら、ぼくは感動に一人歓声を上げていた。


 一度空を旋回したドラゴンは、ふもとの街に向かいゆったりと滑空していく――――。

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