第十話 最強の陰陽師、断る


 ぼくの生み出した大量の泥の残骸を片付けるために、以降の試合は翌日に持ち越しとなってしまった。

 観客からのブーイングがすごかったようで、ちょっと申し訳なく思う。


 で、翌日。

 ぼくは観客席で、一人ステージを見下ろしていた。

 アミュとイーファはいない。ぼくの試合はなかったから宿に置いてきたのだ。

 今日は、カイルの第三回戦もある。

 アミュはともかく、イーファにあれの試合をこれ以上見せるのは気の毒だった。


 肝心の試合はというと。

 メイベルは、図体のでかい槍使い相手に危なげなく勝利していた。

 レイナスの試合の方は、こちらは相手選手が棄権したようだった。実力差を見極めたんだろう。勝てない勝負に挑む意味もない。


 そして。

 今ステージ上に立っているのはカイルだ。


「……」


 ただ、相手選手が一向に現れない。

 司会も話すことがなくなって静かになっているし、周りの観客もイライラし出している。

 怖じ気づいて逃げたか。そんな雰囲気が漂う中、カイルは相変わらず感情のない顔で、一人ステージ上に佇む。


 うーん、レイナスに続いてこの試合もなくなりそうだな……。


「セイカ・ランプローグ」


 突然、横手から声をかけられる。

 顔を向けると、そこにはメイベルの姿があった。


 どこかに置いてきたのか、両手剣は持っていない。

 涼しげな佇まいは、つい先ほど試合を終えたようには見えなかった。


 ぼくは彼女へ笑いかける。


「やあ、おめでとう。さすがに勝ち上がってきたね。でも明日の準決勝では負けないよ」

「棄権して」


 メイベルは、そう短く告げた。

 短い沈黙の後、ぼくは問い返す。


「なぜ?」

「これは、あなたが思っているような大会じゃない」

「……ぼくの思っている大会というのが何を指すのかわからないけど、嫌だね。決勝に進みたいなら、正々堂々勝負することだ」

「あなたが強いのはわかる」


 メイベルの言葉に、ぼくは口をつぐんだ。

 少女は続ける。


「今までの相手より、ずっと強い。だから、手加減できないかもしれない」

「……」

「私は、負けるわけにはいかないの。お願い。あなたも、死にたくはないでしょ?」


 ぼくはしばらく黙った後、口の端を吊り上げて告げる。


「嫌だ」

「……」

「ぼくに勝つ自信がないならそう言えばいい。それでも、譲る気はないけどね」

「……ふざけないで。あなたっ……」


 そのとき、司会の声が闘技場中に響き渡った。


『えー、審議の結果、どうやらザガン選手の失格となることが決定したようです。したがって……カイル選手、不戦勝! 準決勝への進出が決まりましたぁ!』


 観客席から激しいブーイングが湧き上がる。

 無理もないな。入場料払ってるのに、二試合も中止になったんだから。


 カイルが踵を返し、ステージを後にしていく。

 ふと横を見ると。

 メイベルが、ほっとしたような表情でその様子を眺めていた。


 なんだろう。

 手加減とか言っていたし、彼女も試合が命のやり取りになるのは望んでいないのかもしれないが……少し引っかかる。


 メイベルはぼくの視線に気づくと、少しあわてたように言った。


「とにかく、棄権して。学園がどうして、あなたなんかを送り込んだのかわからないけど……」

「セイカ?」


 聞き覚えのある声に振り返ると。

 案の定、そこにはアミュがいた。


 驚いたような顔をしている。


「まさか、この混み具合で見つけられるとは思わなかったわ……。あれ、新入生もいたのね」


 そう言ってメイベルに視線を向けると、赤髪の少女は不敵に笑う。


「三回戦も勝ったんだってね。やるじゃない。でも、こいつもけっこう強いわよ?」


 メイベルはアミュを憎々しげに見つめた後。

 無言のまま、背を向けて去って行った。


 人混みに消える彼女を見ながら、ぼくは思う。

 棄権するよう言ってきたのは、やっぱり優勝を命じられていたからだろうか。

 学園と、そのさらに上から。


「あの、セイカさま……」


 耳元で、ユキがささやくように訊ねてくる。


「先ほどのお話ですが……まさか、あの娘にも勝つおつもりで?」

「いや」


 ぼくは小声で否定する。

 予定通り、メイベルには負けるつもりだ。彼女の任務を邪魔するつもりもない。


 棄権を断ったのは、ただぼくがちょっと手合わせ願いたかったからだ。

 彼女の戦い方には興味がある。もう少し手の内を見てみたい。

 そして満足したら、適当に場外にでもなるつもりだった。


「――――セイカ?」

「えっ、何?」


 あわてて返事をすると、アミュが半眼で言う。


「なにぼーっとしてるのよ。ねえ、今何試合目? なんか周りがざわついてるけど」

「あー……実は、二枚目騎士と邪眼持ちが不戦勝になったんだよ。今日はメイベルの試合しか行われなかったんだ」

「そうなの? なあんだ……」


 アミュが残念そうに呟く。


「というか、アミュはなんでここに? 宿にいるはずじゃ」

「やっぱり試合が気になってね。イーファを置いて抜けてきちゃったのよ。あの子に付き合わせるのも悪かったから」

「そっか。せっかく来たのに、残念だったな」

「まあいいわ。帰りましょ? 明日はあんたと新入生の準決勝が……」


 そのとき。

 再び闘技場に、司会の声が響き渡った。


『皆さん! 朗報です! レイナス選手とカイル選手が共に第三回戦で不戦勝となりましたので、本日これより、両選手の準決勝を行うことが決定いたしました!!』


 会場のざわめきが大きくなる。ところどころで歓声が上がっていた。

 予定では、明日準決勝と決勝を行うことになっていたはずだけど……たぶん運営が、さすがに一日に二試合中止は興行的にまずいと判断したんだろうな。昨日もぼくのせいで他の試合が延期になったばかりだし。


「……運がいいわね。今日来てなかったらこのカードは見られなかったわ」


 アミュが呟き、眼下のステージに目を向ける。

 明日来る予定だった奴はかわいそうだが……先にこちらの準決勝をじっくり見られるのは、ぼくとしてもありがたい。


『それでは選手の入場だぁ! 四属性使いのイケメン魔法騎士、レイナス・ケイベルン!!』


 歓声の中、身軽そうな金属鎧を身につけた優男が、手を振りながらステージに上る。


 相手はカイルなのに、棄権しないのか。

 ということは、何か邪眼に対抗する策があるのかな。


『続いて――――本大会の殺戮者! 邪眼の剣士カイルーッ!!』


 幽鬼のような少年が、静かにステージに上がる。

 右手には抜き身の剣。今までの試合と変わらない。


 観客席が、自然と静まっていく。


『両者共に本大会では話題の選手ですが、果たしてどのような戦いが繰り広げられるのか!? 注目の準決勝、第一試合――――開始です!!』


 司会の声と共に、笛が鳴り響いた。


 少年がうつむけていた顔を上げ、その赤い左目で若き騎士を見据える。

 しかし。

 邪眼がその効果を発揮する前に、レイナスはすでに詠唱を開始していた。


「輝き照らすは白! 慈愛と庇護の精よ、死の眼差しに抗する明き身光を我に与えよ――――付与アド中級邪眼耐性イービルアイ・トレランス


 詠唱が終わると同時に、騎士の身体が一瞬淡い光に覆われる。

 アミュが隣で驚きの声を上げた。


「邪眼耐性の支援魔法バフ!? あの騎士、光属性まで使えたの!?」


 少年の邪眼に睨まれる中、五属性使いのレイナスは悠然と剣を抜き、振ってみせる。


「ははは! どうだ少年。君の目はもう効かないぞ? 降参するか? それとも、このオレと剣術勝負でもするかい?」


 軽やかに、レイナスが声を張り上げる。


 カイルは答えなかった。

 ただその代わりに、一歩足を踏み出した。


 一歩、また一歩。

 抜き身の剣をだらりと下げ、効かない邪眼で騎士を見据えながら、カイルは静かに敵との距離を詰めていく。

 顔には一切の感情が浮かんでいない。

 幽鬼のごとく、ただ歩みを進める。


 その様子に、レイナスは気圧されたように杖剣の切っ先を向けた。


「っ、火炎弾ファイアボール!」


 生み出された火球が少年へと襲いかかる。

 カイルは抵抗すらせず、その攻撃を受けた。


「……は?」


 炎を割って、少年が現れる。

 皮膚どころか髪にも服にも、焼けた様子は一切ない。


「チッ、火炎弾ファイアボール! 火炎弾ファイアボール!」


 火球が連発される。

 カイルは抵抗の素振りすらなく、だが火傷一つ負わないままに歩みを進める。


 隣でアミュが呟く。


「……なにあれ。護符アミュレットが効いてるってこと?」

「いや……それならとっくに音と光を出して自壊してるはずだ」

「でも、あんなに魔法を浴びてるのよ?」

「あれは所持者に降りかかる災厄……ダメージに反応するものなんだ。だから……」


 カイルは、火球によるダメージをほとんど受けていないということになる。


「なんなんだよお前は……! 風錐槍ウインドランス! 氷錐槍アイシクルランス! 剛岩弾ロックブラスト!」


 レイナスが突風の刃を放ち、氷の槍を放ち、岩の砲弾を放つ。

 カイルは、それらをすべて受けた。

 少年の身体に突風が叩きつけられ、氷と岩が激突し砕ける。

 数々の魔法にも……カイルは反応すらしなかった。

 無傷のまま、ただ歩みを進める。

 その足跡は――――不自然なほど深く地面に刻まれていた。


 物理攻撃どころか燃焼すら防ぎ、服や髪にまで及ぶ強い耐久性。

 そんなものを実現する方法に、心当たりは一つしかない。


 メイベルと同じ、重力の魔法。


『どういうことでしょうかぁ!? カイル選手、魔法を全く寄せ付けません! 邪眼を封じられて大ピンチかと思われましたが、どでかい奥の手を隠し持っていたーッ!』


「ちょっとちょっと! なんであんなことになってるのよ!」


 興奮したように袖を引っ張るアミュに、ぼくは説明する。


「メイベルの時と同じだよ。闇属性魔法では物体の星への引かれやすさを操作できるけど、この数値は動かしにくさや止めにくさの数値とも勝手に連動するんだ。メイベルは武器の威力を上げていたけど破壊や燃焼なんかの現象もごく小さな視点でみれば実は物理的な動きに過ぎないからその構造が耐えられる範囲で重くするなら強度を上げることもできる。人間の体は短時間なら意外なほどの自重を支えられるし術の工夫次第でもっと大きな重量だって……」

「……???」

「あ、いや」


 ぽかんと口を開けるアミュを見て、ぼくはやむなく説明を変える。


「ええと……藁を縛って作った家より、レンガをただ積んだだけの家の方が風で飛ばされにくいだろ? 重いと壊れにくいんだよ」

「わかるようでぜんっぜんわかんないけど……それってあたしにもできるやつ?」

「頑張ればたぶん……」


 その時、実況が吠えた。


『おーっとレイナス選手、新たな手を打つようです! 果たして状況を打開できるのかぁーっ!?』


「くそっ……!」


 レイナスが突然地面に杖剣を突き立て、呪文を唱え始めた。

 すると土がボコボコと変形し、そこから岩の人形が立ち上がる。

 大きさは人よりも小さいが、数が多かった。見ている間にも、岩人形はステージ上の土から次々と湧き出してくる。


 アミュがまた驚いたように言う。


「ゴーレムをこの場でこんな数作るの!? あの騎士も相当ね……」


 レイナスは、さすがに消耗したのか苦しげな様子を見せていた。

 だがその口元には笑みがある。


「ずいぶん頑丈みたいだな。しかしそれだけでゴーレムを相手できるかな……!」


 レイナスのゴーレム達が、一斉に歩みを開始する。

 確かに、数で押さえ込めれば動きを封じられるかもしれない。


 カイルが初めて立ち止まった。

 そのとき、奇妙なことが起きた。


 少年の影が、突如グネグネとうごめき始める。

 そして一瞬だけ円形になると、そこから棘のような細い影が大量に飛び出した。それらは猛烈な勢いで伸び、各々がゴーレムへと殺到していく。

 地を這っていた影は、岩人形に迫ると突然ヘビのように鎌首をもたげ、その鋭い先端で胴体を貫いた。空中に縫い止められたゴーレムは身動きがとれなくなり、次々と無力化されていく。


「闇属性の影魔法……あのカイルって邪眼持ち、普通の魔法も使えたのね」


 授業で聞いて知っていたのか、アミュが呟く。


 カイルの影魔法は、次いでレイナス自身にも迫っていた。

 地面から飛び出し、強襲する鋭い影。

 だがそれを、若き騎士は鮮やかな身のこなしで躱していく。

 初めからゴーレムは囮だったのか。そう思えるほどのよどみない動きで、レイナスは瞬く間にカイルとの距離を詰める。

 そして間合いに入った少年に向け、剣を振り上げた。


 上手いと思った。

 おそらく魔法で超重量となっているカイルの身体は、剣すらも弾くだろう。が、寸止めにすれば審判の判定で勝ち得る。


 唯一残った細い勝ち筋。

 しかし――――そこで、レイナスの動きが止まった。


 若き騎士は剣を振りかざしたまま、驚愕の表情で固まっている。

 観客席もどよめいていた。


 剣を突きつければ勝てるのに、動く気配がない。

 否――――動けないのか。

 注意深くステージを見ると、カイルの影の内の一本が、レイナスの影に入り込んでいた。


 あれは……呪詛だな。

 おそらくは相手の影を本体の関連オブジェクトと定義し直し、自分の影を刺すことで動きを封じている。藁人形に釘を打つのと似たようなものだ。


 少年が顔を上げて、自分よりも背の高い騎士を見つめる。

 そこにはやはり、感情は見受けられなかった。殺意すらも。

 カイルが、抜き身の剣を持ち上げる。

 死の予感に、観客達が盛り上がりの前兆を見せた。


 そのとき――――、


 試合終了の笛が、鳴り響いた。


『おっとぉーッ! ここで審判より決着の判定が出されました! 勝者――――邪眼の剣士、カイル選手!! 見事決勝戦へ進出です!!』


 剣を持ち上げかけていた少年は。

 意外にも、素直に刃を下ろした。


 無言のまま踵を返し、ステージを後にしていく。

 少年の影が持ち主の元に戻ると、レイナスが腰を抜かしたように倒れ込んだ。


 なかなか見られない試合だったと思うが、観客席は静かなものだった。

 圧倒されているのだろう。

 その内容か、カイルの持つ底知れない気迫のどちらかに。


 闘技場に司会の声が響き渡る。


『すさまじい試合でした! 残るは明日の準決勝第二試合目、そして決勝戦です! 記念すべき第一回帝都総合武術大会がどのような結末となるのか、絶対に見逃せません!!』

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