第七話 最強の陰陽師、また観戦する


 メイベルの二回戦が同じ日に行われることになっていたので、ぼくは観客席でアミュとイーファと合流することにした。


「ん、お疲れ様。ほらイーファ。セイカ、帰ってきたわよ」

「うん……おめでとう、セイカくん」


 イーファが伏し目がちにぼそぼそと言う。

 あー……。


「イーファ。ほら、ちゃんと帰ってきただろ? 怪我もしてないよ」

「……うん」

「そっ……それにしても、この人混みでよくあたしたちのこと見つけられたわね。大雑把な場所しか言ってなかったのに」

「けっこう探したよ」


 空からだけど。


「あんた、風の魔法も使えたのね。授業取ってなかったのに」

「まあね」

「属性耐性付きのゴーレム相手に、ずいぶんあっさり決めてくれちゃって。あんたの試合ってほんと盛り上がんないわね」


 それから、アミュは思い出したように言う。


「そう言えば……優勝したら近衛隊に入るつもり、あるの?」

「え、いや? 興味ないな。大会が終わったら学園に戻るよ」

「ふ、ふうん。そう……よかった」

「何が?」

「な、なんでもないわよ! す、素直に辞退させてくれるのを祈ることねっ。向こうにだってメンツがあるでしょうから」

「それは大丈夫だと思うけどな」


 むしろ、魔術師なんかを近衛に入れたくはないはずだ。

 向こうとしても願ったり叶ったりだろう。


「優勝賞金だけ受け取れればいいわね。最悪そっちも辞退させられるかもしれないけど」

「というか……さっきからぼくが優勝する前提で話してるけど、さすがにそう簡単にはいかないからね」


 いくらなんでも優勝までは考えてないし。

 ぼくの言葉に、アミュはきょとんとした表情を浮かべる。


「なぜかあんたが負けるところって、全然想像つかないのよね……イーファもそう思わない?」

「…………わかんない」


 イーファがそう言って顔をうつむけた。

 あー……。


 やっぱり、ずっと心配してくれてたのかな。

 そんな必要は全然ないんだけど……しかしながら笑い飛ばすのも気が引ける。


 ぼくはイーファのそばに寄り、橙色の瞳を見つめながら言う。


「イーファ……絶対大丈夫だから。負けるにしても死んだりしないよ」

「……ほんと?」

「本当」


 実際、ぼくにしてみれば子犬と遊んでいるようなものだ。

 ついでに言えばあと十回くらいなら全然死ねる。


「……ぜったいだからね」


 不安の残るイーファの声と、ほぼ同時に。

 司会の大音声が闘技場中に響き渡った。


『お待たせいたしましたーッ! 第二回戦、続いての試合です!』


「ほら、いつまでもイチャイチャしてないで。新入生の試合始まるわよ」


 アミュの言葉にステージを見下ろすと、すでに両選手が出そろっていた。


 メイベルは相変わらず両手剣を背負っている。だが今回はそれに加え、腰に二振りの細剣を差し、さらに腿には投剣の収められた収納具ホルダーを付けていた。

 ぼくは首を傾げる。あんなに武器を持ってどうするつもりだ?


 相手選手はというと、杖を手にしていることから魔術師のようだった。


『ハウロ選手は高い実力を持つ土属性魔術師です! 魔法学園一学年のメイベル選手、一回戦では魔術師らしからぬ怪力と身のこなしで正統派騎士を圧倒しましたが、果たして同じ魔術師相手にはどのように立ち回るのか! では――――試合開始です!!』


 笛の音が響き渡る。

 先に動いたのは相手の魔術師だった。大ぶりな杖がメイベルに向けられる。


剛岩弾ロックブラストッ!」


 術名の発声と共に、一抱えほどもある岩がいくつもメイベルへと放たれる。

 護符アミュレットがなければ死んでもおかしくない、土属性の中位魔法。


 しかし、メイベルの対処は落ち着いていた。

 すでに抜いていた二振りの細剣。そのうち右手に持つ方を、迫る岩に向けて軽く斬り上げる。


 ぼくは思わず眉をひそめた。

 メイベルの細剣は明らかに刺突に向いたものだ。あれで岩を弾こうなど、普通に考えれば無謀でしかない。


 だが――――岩の砲弾は、その細い剣身に触れた瞬間爆散した。


 相手の魔術師が驚愕の表情で魔法を連発する。しかし放たれる岩は、両の手で舞うように振るわれる細剣によって、すべて粉砕され払われていく。


 明らかに不自然な光景だった。

 勢いのついた巨岩を、小柄なメイベルの振るう華奢な剣が次々に打ち砕いていく様は、異様としか言いようがない。

 使い手がどれだけ剛力の持ち主でも、あれでは普通剣が折れるか、乗せる体重が足りずに弾かれるはずだ。


 土の魔法を浴びながらも、メイベルがじわじわと相手選手との距離を詰めていく。

 焦りの表情の魔術師が、そのとき大きく後退した。


「くっ! 脈動し唸り爆ぜ割れるは黄! 嶮岨けんそ峻厳しゅんげん峨々ががたる山岳の……」


 呪文詠唱。

 中位魔法ではらちが明かないと判断したか。魔術師はメイベルから離れながら、おそらくはより上位の土魔法を放つべく声を張り上げる。


 隙はできるが、距離を詰められるには至らない、絶妙なタイミング。

 メイベルも間に合わないと判断したのだろう。両の細剣を捨てると、収納具ホルダーの投剣に素速く手を伸ばす。


 しかし、魔術師の反応も早かった。

 詠唱を即座に中断し、杖を地面に向ける。すると、一瞬にして岩の防壁が立ち上がった。

 投剣に対するには過剰に見えるが、時間稼ぎを兼ねているのだろう。案の定、魔術師は再び詠唱を始める。


 一方のメイベルは。

 そんなものに構わず、投剣を放った。


 空を裂いて飛ぶのは、岩の壁になどまるで太刀打ちできそうもない小さな刃。


 だが――――その刃は、防壁を轟音と共に打ち砕いた。


 魔術師はあわてて詠唱を中断。混乱しきった様子で岩の防壁を重ねる。

 しかしメイベルの投剣は、その程度ものともしない。

 岩の壁を、生み出されるそばから豪快に砕き、削っていく。防壁の魔法など、もうほとんど意味をなしていなかった。


 投剣そのものは小ぶりのナイフほどしかなく、速度も目で追える程度だ。

 分厚い岩の壁を平然と貫通するのは明らかにおかしい。


 アミュが呆然と呟く。


「なんなの、あれ」

「……たぶん、重力の魔法だな。メイベルは闇属性を専攻してたはずだから」


 アミュがぼくの方を見る。


「あたしも授業で少しやったけど、あれって物を重くしたり軽くしたりするだけの魔法でしょ? あんなことができるの?」

「学園の講義では、確か詳しくは解説していなかったな。単に重くすると言っても方法は大きく分けて二つある。一つは星が物体を引く力を局所的に強める方法、もう一つは物体の星への引かれやすさを上げる方法だ。関わる粒子が共通しているから同じ重力魔法でくくられているようだがどちらを選ぶかで結果は大きく変わる。後者の場合は動かしにくさや止めにくさの数値にも影響をおよぼすから……」

「……???」

「あ、いや」


 ぽかんと口を開けるアミュを見て、ぼくはやむなく説明を変える。


「ええと……重い物は頑丈だし、投げつければ威力が出るだろ? 細剣や投剣を岩の何倍も重くしていれば、ああいうこともできるんだよ」


 武器を軽くするか、握る自分自身を重くすれば、どれだけ重量のある武器だろうと自在に扱える。

 反対に武器自体を重くすることで、その強度や威力を上げることもできる。


「なんとなくわかったような気はするけど、でも……」


 アミュが呟く。


「それ、かなり難しくない? 重いままだと振れるわけないから、細剣なら当てる瞬間、投剣なら手から離れるか離れないかくらいのタイミングで魔法を使ってるってことでしょ? 詠唱もなしにそんな繊細なこと……」


 確かにそこも気になる。


 ステージに注意を戻すと、魔術師が投剣の圧力に負け、防壁から飛び出したところだった。

 その杖が再び向けられる前に、間合いを詰めていたメイベルの両手剣が振るわれる。

 一振りで杖を両断し。

 そして返された切っ先が、魔術師の首筋に突きつけられた。


 数瞬ほどの静寂の後、笛が鳴る。


『ここで審判より決着の判定が出されましたーッ! 勝者、メイベル・クレイン選手!!』


 メイベルは剣を下げると、周りの歓声など聞こえていないかのように、無表情のままステージを降りていく。


 魔法の技術以上に気になるのが、彼女の使う剣術だ。

 ぼくも前世で少し囓っていたからわかるが、あれは一朝一夕で身につくものではない。


 細剣の扱いも投剣を放つ動作も、メイベルは熟達していた。

 貴族の養子になるような子が、どのようにして得た技術なのだろう。


支援魔法バフか何かだったのでしょうか? メイベル選手、すさまじいパワーを見せつけてくれました! 赤髪の勇者の剛剣は止まることを知らないぞーッ!!』


 ぼくは微かに眉をひそめる。

 まただ。


 一回戦の終わりでも、あの司会はメイベルを勇者に例えていた。観客席や街中でもちらほらとそういう声を聞く。

 初めはよくある表現なのかと思ったが、他の選手がそう呼ばれている気配もない。


「……なんで、メイベルばかり勇者だなんて言われてるんだ?」


 思わずそう口に出すと。

 イーファとアミュは、そろって不思議そうな顔を向けてきた。


「なんで、って……セイカくん、知らない?」

「メイベルって、二番目の勇者と同じ名前なのよ。別に珍しい名前でもないけど、剣を使ってるからそう見立ててるんじゃない?」


 そのとき。

 頭の中で何かが繋がった気がした。


 なるほど。

 ひょっとして、そういうことだったのか――――。

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