第四話 最強の陰陽師、罠に嵌まる
そして、式典の当日。
一応それらしい開会の式をやった後、教員らと招待客と一部の上級生に見送られ、ぼくとアミュは
「……」
「……」
二人で無言のまま進む。
神殿の遺跡までの道は、踏み固められていて進みやすかった。定期的に人の手が入っているようだ。
ここロドネアの森は学園の敷地で、当然城塞都市ロドネアの城壁内にある。
城壁の中に森だなんて、はっきり言って頭がおかしいとしか思えない都市構造だ。居住面積が狭まるし、城壁が伸びるから敵が来た時に守りづらい。
ただ、ロドネアの始まりがこの森のそばに建つ学び舎だった以上、それは必然だったんだろう。
それに人口密度の高い帝都よりも、こちらの方が住み良いという話は聞いていた。
前世の貴族がこぞって山の風景を庭園に再現したように、自然が近くにあると何かいいのかもしれないな。
神殿へは、往復で二刻(※一時間)ほどかかるらしい。
式の終わりまでには戻らないといけないから、あまりもたもたはしていられない。
「ねえ」
唐突に、アミュが話しかけてきた。
「あんたどういうつもり?」
「何が?」
「あんな茶番打ってまで、どうしてこんなイベントに出るのかってことよ」
ぼくはにっこり笑って答える。
「やっぱりこういうのは身分ある人間が出ないと。いくら実力主義の学園でもね」
「嘘」
「……」
「笑顔からして嘘くさいのよあんた。式典なんてゴミとしか思ってないくせに」
「……ぼくって本当にそんなイメージなの?」
というかゴミとまでは思ってない。
「だいたい、あんた普段従者にあんな物言いしてなかったじゃない。あの子もあの子でへりくだり方がわざとらしいし」
「……意外とぼくらのこと見てた?」
「あんたたちいっつも二人でいるからいやでも目に付くのよ。人目もはばからずベタベタベタベタして」
「そんなことないと思うけど……」
いやこれは本当に。
「あんな茶番でわざわざ悪目立ちして、なにがしたかったわけ?」
「今まではアミュばかり悪目立ちしてたから、あんまりだと思ってさ。ぼくたちのために体を張って戦ってくれたのに」
「は? なにそれ。あたしは別に……」
「あとは、君とゆっくり話がしたかったからかな」
笑顔で言うぼくへ、アミュはゴミを見るような目を向ける。
「あの乳のでかい奴隷だけじゃ飽き足らず、手近な同級生にも手を出そうってわけ?」
「ちょ……誤解だよ。あとイーファとはそういう関係じゃない」
「そういう関係じゃなくてもやらしいことしてるんでしょ」
「してないって」
「怪しいものね」
アミュはそう言って鼻を鳴らす。
「知ってるのよ。領主って初夜権とかいうの持ってるんでしょ。ほんと貴族って最低なこと考えるわね」
「あれはお金払えば免除されるから、実質結婚税みたいなものだよ。金払わないから免除しなくていいって言われた方が領主としても困るよ」
「たとえそうでも領民の女には手を出し放題なくせに」
「それやると領民に逃げられて税収下がるから死活問題だよ」
「ふうん」
「というかなんで下ネタでこんなに話が弾んでるんだよ」
「っ、知らないわよ! あんたが始めたんでしょ!?」
「いや、アミュの方からじゃなかったか……?」
ぼくは溜息をついて言う。
「あの、前にも言ったけど、ぼくとしては友達になってほしいだけなんだけど」
「なんであたしなわけ?」
「浮いてる者同士で声かけやすかったから」
「自分で言っててみじめだと思わない?」
「じゃあ……君が強いから、でどう?」
「強いあたしが、弱いあんたと友達になってどんな得があるのよ」
「ぼく、君が思っているよりはそこそこやるよ」
「そこそこ?」
アミュが、腰に提げた剣を引き抜く。
それを何気なく振ったかと思えば――――、
ほとんど予備動作なしで、ぼくへ裂帛の刺突を放ってきた。
「……」
ぼくの耳をかすめ、背後を刺し貫いた剣先は。
飛びかかってきていたスライムの核を、正確に捉えていた。
核を割られどろどろに溶けていくスライムを、ぼくは横目で見る。
「雑魚モンスターに遅れを取ることを、そこそことは言わないわ」
「……」
ぼくは黙って扉用のヒトガタをしまい直す。
こっそり捕まえようと思ってたんだけど、ダメだったか。
それよりも、アミュの持つ装飾付きの剣の方が気になった。
「その剣って、やっぱり杖の代わりなのか?」
「杖剣よ。知らない?」
「たしか……魔法剣士向けの武器だっけ」
ぼくの感覚では、術士で剣士というのは意味不明なのだが、この世界にはそういう職がある。
剣も魔法も使う。杖剣はそんな戦士のための武器だ。
「前から思ってたけど、それ普段使いするには不便じゃないか? というかよくそんな物騒なもの学園に持ち込めたな」
「なに言ってんの? 杖だって十分物騒じゃない。あたしは使い慣れた道具を使いたいだけよ。悪い?」
「いや、別に」
本当は、
道具は本質じゃない。杖も杖剣も、呪符や印や真言と同じく無くても問題ないものだ。
まあこの子なら、自力でそこまで辿り着くだろう。
「どうでもいいけど、羊皮紙は汚してないでしょうね。あたしはあんたのお守りをしに来たんじゃないんだからね」
アミュが剣を振ってスライムの体液を振り払い、鞘へと仕舞う。
と、その体がふらついた。
頭痛がするのか、頭を押さえている。
「っ……」
「大丈夫か?」
「……なんでもない」
「あまりそうは見えないけど。君こそ辞退するべきだったんじゃないの?」
「ちょっと……体調が悪いだけよ。あんたに心配されるまでもないわ」
少しすると頭痛も治まったのか、しっかりした足取りでアミュが歩き出す。
まあとりあえずはこのイベントを済ませよう。
またしばし、二人で無言のまま歩く。
時間的に、そろそろ神殿に着くかなと思った頃。
微かな力の流れを感じ、ぼくは足を止めた。
「……なに、あれ」
アミュも何かを感じ取ったらしい。
訝しそうに向けられた視線の先。
木立の奥に、微かな青白い色が見えた。
「……見てくるよ。そこで待ってて」
「あっ、ちょっと!」
道から外れ、茂みを分け入った先に、木立の途切れたひらけた場所があった。
中央にある大きな切り株には、青白い塗料で魔法陣が描かれている。
デーモン騒動の時に見たものと近い。
土台の切り株はまだ新しい。
切り株の周りには小さな白い花がたくさん咲いていたが、ところどころ踏み荒らされたように折れている箇所があった。
どうもこのスペース自体が、人為的に作られたものに見える。
「なんなの、あれ。魔法陣……?」
後ろからついてきたアミュが、魔法陣を見て呟いた。
切り株に向かい足を踏み出す。
「おい、近づくのはいいけど魔法陣には触れるなよ」
「わかってるわよ、それくらい――――」
むっとした顔のアミュが、広場へと足を踏み入れた。
そのとき。
「な、なによこれっ!」
突然足下に現れた魔法陣に、アミュが動揺した声を上げる。
力の流れが、爆発的に大きくなる。
まずい、これは……っ、
「アミュ!!」
とっさにアミュの手を掴んだ。
魔法陣の範囲に、一瞬だけぼく自身も捕らえられる。
そして、次の瞬間。
ぼくの視界は暗転した。
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