第五章
5-1
年が明けようとしていた。私は、プチ(チッチ)と寒いと言いながら、ベランダに出ていた。プチにも毛布を掛けてあげていた。遠くから、除夜の鐘の音が聞こえてくる。そんな音は、初めて聞いたと思った。
「昔は一本花火を誰かがあげたのにね もう、ダメになったのかなぁー 覚えている? 私の高校受験の年 一緒に見たの」 プチは「ふぁー」と声をあげた。
「明日は、ダラダラしょっ と お父さん達も今年は、初詣、出掛けないって言っていたから・・ なづなは今頃、お客さんと盛り上がっているんだろうなぁー その後、彼に抱かれて、過ごすんだろうな 羨ましい」と、ポツンと言ったら
「何 羨ましがっているんだよ すずりちゃんだって、クリスマス 楽しんだんだろう あのさー チッチを外に連れて行った方がいいよ 夕方から、ずーと家ン中だから、オシッコ もう、2階から自分で降りて行く体力ないんだよ」
「そう もう少し プチと話したかったんだけどなぁー」
「うん 明日の朝ね 俺も、チッチに戻るから もう」
翌朝、8時頃、お母さんに起こされた。
「すずり いつまで、寝ているのー お正月だって 元旦なのにー お餅ぐらい 焼いてちょうだい それと、だらしない恰好じゃぁだめよ ちゃんと、してきなさいね」
私 ちゃんとって意味がわからなかったけど・・ そうだね ルームウェァじゃあ 駄目なんだろうなって、思って、髪の毛もまとめて、小さな飾りも付けて、降りて行った。お母さんは、着物姿だった。
プチはもう、家ン中に入れてもらって、リビングのお父さんの横に座っていたが、私が台所に立つと足元に寄ってきた。
「チッチ よかったわねー すずりが降りてきて さっきまで、私のまわりでウロウロするから、叱ったのよ そうしたら、お父さんのほうに逃げて言ってね ご飯、催促しているんだろうけど お正月だから、みんなと一緒にと思ってね」
「そう お餅 何個?」
「お父さんとお母さんはひとつづつ あとは、あなたの分 焼けたら、そこのお椀に入れて、そこのお汁を温めて、注いでちょうだい 人参、里芋、筍、椎茸ちゃんと分けて入れてよ」
「プチはお餅 食べられないもんなぁー 去年、確か、ままかりも酸っぱいからか食べなかったもんなぁー やっぱり、ローストビーフとかまぼこかー」と、私か、ぼそぼそ言って居ると
「すずり まだ、寝ぼけているの― チッチでしょ プチって・・ あなたも、お雑煮の作り方ぐらい覚えておきなさいよ お嫁にいったら、困るわよ」
私は、現実に戻されたと感じた。そうだ、明日は、早坂さんが来るんだ。何だか、少し、憂鬱になった。へんな話になったらどうしよう・・。
次の日は、早目に起きていったら、
「すずり お雑煮のおつゆ、作りなさい。今日は、おすましだからね」
ウチは、昔から、元旦は白みそで、2日はおすましなのだ。
「そこのお鍋 さっき、昆布を入れてあるから、取り出して、鶏肉を入れて、沸騰したら、取り出してちょうだい。お塩と醤油で味付けてね。薄口よ、それから、かつおだしで具合見て・・お肉は、チッチにあげるから・・」
「そんなに・・いっぺんに言わないで・・ゆっくりとね」
「食べたら、着物に着替えるんだからね ゆっくり してられないからね 来られるんでしょ」
食べ終わって、片付けをして落ち着いた頃、和室に連れていかれた。今日は、紺地の加賀の小紋の着物が掛かっていた。一通り、支度を終えた時、お母さんは
「ちょっと 暗かったかしら その方が、しまった感じで良いかもね 帯が朱色だから良いか お化粧 濃いめにした方がいいね 口紅も紅いほうがはえるわよ」
お化粧を直して、リビングに行くと、お父さんはリラックスした服装だった。別に、お父さんまで着飾る必要ないんだけど
「お父さん ゴルフでも行くの?」
「えー これか あんまり恰好つけると向こうも構えるだろう 気楽にな でも、すずりは売り込むんだから、べっぴんさんに飾らなきゃやな」
お昼になる頃、プチ(チッチ)が、お庭側のガラス戸を引っ掻いてきた。坂の上から来るのを見ていると言っていたので、多分、舜が来たのだろう。迎えに行くと言ったのだが、自分で来ると言っていた。
私は、門のところまで迎えに行って、坂を登り切った舜の姿を見て、手を振った。家の前まで来た時
「すずり きれいだね 着物姿素敵だよ」と、言ってくれた。
「ありがとう お正月だからね どうぞ 入って」と、言っていると、プチが私の横をすり抜けて家の中に入って行った。
「ああ あの猫が君が言っていた・・さっき、坂の上から僕のことを見ていた」
「うん 相棒のプチ」
リビングに通した。お父さんは、朝の続きで、チビチビやっていた。
「初めまして、早坂舜と申します。お嬢さんとお付き合いさせてもらっています」と、舜も堅かった。
「うん 聞いています。まぁ 気楽にな とりあえず 娘がお付き合いしている人は、どんな人か知っておくのも親の務めだと思うので来てもらったんだが・・ まぁ 座って 飲めるんでしょう? ビールがいいかな スコッチもあるが・・」
「はぁ じゃあ スコッチを」と、舜はお父さんのグラスを見て、合わせたみたいだった。
お父さんとお母さんが並んで座ったので、私も舜と並んで座った。すると、プチが横にちょこんと乗ってきた。
それからは、お父さんとお母さんが、舜に、仕事は、出身はとか家族とか、学生時代は、今の生活とか質問ばっかりで・・
「ちょっと そんなに質問ばっかりじゃぁ 取り調べみたいじゃぁない! 舜も困るわよー」と、思わず言ってしまった。
「あー すまん でも、他に 話すことといってもなぁー つい」と、お父さんが言っていたが
「へたなゴルフの話とか、お酒の話とか、他にもあるじゃぁない」と、私、少しイラついていた。その時、プチは、お父さんの膝に飛び乗っていった。
「あら チッチ 珍しいわね」と、お母さんが言うと
「あっ この猫 チッチって言うんですか さっき、プチって・・」と、舜が不思議がっていた。
「あのね 舜 私 時々、間違うみたいなの 私の中では、プチなんだけど・・」
「そうなのよ でも 私 疑っているのよ 本当は プチじゃぁないかと」と、お母さんも言っていた。その時、今度は、プチが舜の膝に移っていった。
「おぉー 気に入ってくれたのかなー」と、舜はプチの頭を撫でながら
「僕のことは、色々と知ってくれるほうが、嬉しいんです。僕は、すずりさんと結婚を考えてお付き合いさせてもらっていますから・・」と、「あーぁ 言ってしまった」と、私は思った。
「舜」としか、私は言葉ならなかった。その時、お父さんもお母さんも、言葉を出せなかったみたいだった。気まづいと思ったのか、しばらくして、舜は、私と初めて出会った時のこととか、会社の前で、もう一度見た時のこととかを話し出していた。その間、プチはゴロゴロと喉を鳴らしていた。お父さんが、ようやく、口を開いた。
「この子は、小さい頃から、一生懸命勉強もしたし、気立ても見た目も悪くないと、親のひいき眼ではないが、そう思っている。だけど、男に関して、いろいろ言い寄られたこともあったと思うが、まるで、相手にしてこなかったんだ。そんな中で君のことを選んだというのは、何か、感じるものがあったんだろう 君も娘を思ってくれるというのは、親としては、嬉しいと思う だから、これからも、よろしくお願いします」と、頭を下げていた。
それからは、お父さんも、ゴルフの話とかをして時間をつぶしていた。その間、プチは私のそばに戻ってきて寝ていた。お母さんは、話に飽きてしまったんだろう、台所にちょこちょこ行って、何かを作っていた。私は、仕方ないので、その場で我慢して聞いていたのだ。
夕方近くになって、お父さんも飲み疲れみたいな様子だったので、舜が
「そろそろ、お暇します。今日は、ご馳走になりまして、ありがとうございました」と、お母さんに向かって言ったら
「あらっ もう 夕ご飯も召し上がっていって」と、ご愛想で言っているようで
「いいえ あんまり お邪魔していると、ご迷惑なんで」と、舜も遠慮していたのだ。
「坂の下まで、一緒に行くね」と、舜が帰る時、私はお母さんのショールを手にしていた。
「いいよ 寒いから」と、舜が言っていたけど、脇に付いて行った。プチも坂の上まで一緒に来て
「いいか すずりちゃん ちゃんと意思表示しろよ 舜 頼むぞ」と、言い出した。
「えー なんか すずり 言ったか?」
「ううん 何にも プチ へんなこと言わないでよー」
「すずり 時々 ぶつぶつ 言うよね」と、坂道の途中で聞いてきた。
「そう 相棒のプチがね 舜のこと気に入っているのよ」
「プチ? チッチって呼んでた猫のこと? なんか、相当、すずりのこと 懐いているみたいだね さっきも、そこまで付いてきていた」
「うん 私の中に居る猫なんだ」 又、変なことを言い出したと思われているんだろうな、舜は黙っていた。
坂の下の公園を横切る時、舜は私を抱きしめてきて
「すずり 決心してくれ 結婚して欲しい」と、言って、唇を合わせて来た。
私は、そのまま、身を任せていたのだ。意思表示のつもりだった。
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