第23話 スキル教管理派2

「それにしてもなんでこの街の連中は、俺達が第二の魔王軍を倒そうと知っているんだろう?」

「世の中の価値観を暴力で刷新しようとする集団は、どこにでも構成員を潜伏させているものです」


 あの時の船の客の中にいるかも知れないし、最悪の場合、王国軍内にも管理派のシンパがいるかも知れないってことか。


「それより目先の問題に意識を向けましょう」

「街中の人間を殺さずに倒すってことだな」


 トラベラーは所属組織の規則で現地並行世界の人間を殺してはいけないし、俺も殺しはできればやりたくない。

 もしこの世界で殺しになれすぎてしまったら、元の世界に帰った時にまともな社会生活を送れなくなってしまう。


「方法はあります」

「どんな?」

「暴動鎮圧用の催眠ガスを使います。不定の迷宮で堕落冒険者と戦ったときは、閉所故に私達も巻き込まれるので使えませんでしたが、屋外なら問題ありません」

「よし、それで行こう」

「催眠ガスは空気より重いので、なるべく高所から使ったほうが良いですね」

「あそこはどうだ?」


 俺が指差す方向には街の中央にある鐘楼だ。


「いいですね。そこにしましょう」

「ならしばらく鬼ごっこを続けて敵をできるだけ引きつけるか」


 そうこうしているうちに敵が追いついてきた。


「あははははは! 異端よ! 異端を殺すのよ!」


 神薬をキメてハイになったエルフの女だ。

 彼女は竹で出来た槍と鎧を身に着けている。エルフといえば森に住む種族だが、竹林の出身なのだろうか?

 ハイエルフの竹槍に魔力の光が宿る。

 直後、竹槍が伸びて襲いかかった!


 俺は伸びる竹槍を剣で弾いた。

 いや弾いたつもりはなかった。本当は切り落とすつもりだったのに、竹槍はなぜか金属のように頑丈だったのだ。


「聖なる竹で作った槍は、穢れた刃など寄せ付けないわ!」


 だが植物である以上は火に弱いはず。

 俺はブラスターガンでハイエルフを撃った。もちろん死なないように急所は外す。

 放たれた熱線は矢よりも早いはずなのに、ハイエルフは長さに戻した竹槍で弾き飛ばす。

 良い反射神経だ。AAAトリプルエース級に匹敵している。薬でスキルが強化された結果だろうか?


 しかも竹槍は熱線を弾いたというのに燃えるどころか焦げ目すらなかった。

 当然、竹鎧も同じ強度を持っているだろう。なかなか骨の折れる相手になりそうだ。

 ハイエルフが再び魔力を竹槍に込める。

 弾丸のような速度で伸びてきた竹槍を、俺は脇の下に挟み込むように受け止める。


 俺の意図を悟ったハイエルフが慌てて竹槍を手放そうとするが、こっちのほうが一瞬早い。

 俺は渾身の力をこめて竹槍を振り、それを掴んだままだったハイエルフを遠心力でふっ飛ばした。


「あーれー!」


 ハイエルフは放物線を描いて消えていった。

 とにかく敵は撃退した。鐘楼は目前にある。


「調月さん、入り口に敵が!」


 流石に先回りされるか。

 鐘楼の入り口で待ち構えていたのは白い頭巾をかぶった剣士だ。頭巾が月明かりを浴びて闇夜にくっきりと浮かび上がる。

 先程のハイエルフと違って寡黙な様子だが、頭巾の隙間から見える血走ったその目は間違いなく発狂重篤信奉者のそれだ。


「キエエエエエエ!! 悪霊退散!!」


 気合というより怪音を叫びながら頭巾剣士は剣をやたらめったら振り回す。どうやら存在しない悪霊を相手に戦っているようだ。さっきのハイエルフ以上に正気を失っている。

 頭巾剣士の足元には、何人か倒れている。おそらく正気を失った頭巾剣士にやられたんだろう。

 幻覚にとらわれているのなら、そのまま通過できそうかと思ったが、そう甘くはなかったようだ。


「そこか! そこにも悪霊がいるか! 二人も!」


 頭巾剣士はギロリと俺達を睨む。


「神の祝福を受けし聖水の力を持って退治してくれよう!」


 頭巾剣士は謎の液体を剣に振りかけると、その刃に極彩色の輝きが宿る。武器に何らかの効果を及ぼすマジックポーションを使ったのか。


「キエエエエエエ!!」


 頭巾剣士が奇声とともに剣を振るうと、刀身から極彩色の三日月がいくつも発射された。

 複数の三日月は高速回転しながら俺たちを八つ裂きにしようと襲いかかる。

 トラベラーがスマートアローを連射する。三日月はことごとく矢に貫かれて砕け散った。

 頭巾剣士の剣から極彩色の輝きが失われる。マジックポーションの効果が切れたのだろう。

 今がチャンスだ。俺は頭巾剣士に肉薄する。


 敵は正気を失っている割に技のキレはよく、俺の峰打ちを剣で受け止めた。


「悪霊め。前途有望な若者に取り付き異端者に陥れたか!」

「悪いが俺に悪霊はついてない。全部あんたの幻覚だ」

「貴様らはみな口を揃えてそういう! 拙者が狂っていると。だが、貴様らは聖女が説かれる真の教えを無視する。ならば!」


 頭巾剣士はカッと目を見開く。


「狂うておるのはお主ではないかカァーッ!」


 頭巾剣士が鍔迫り合いのまま剣を押し込んでくる。

 俺は強引に押し返そうとするが、相手のパワーは予想以上のものだ。

 凄まじい力同士で拮抗した結果、足元の石畳にクモの巣状の亀裂が入るほどだ。

 もしかして頭巾剣士は強化系スキルを複数もっているのか?

 コピーなしでアビリティCPを発動させて頭巾剣士のスキルを調べる。

 だが脳裏に浮かび上がったのは〈剣術〉、〈破壊工作〉、〈高度撹乱〉の3つだった。

 強化系スキルがない!? ならこいつのパワーは肉体本来が持つものだってことだ。


 ともかく力比べは避けたほうが良い。

 俺は一歩下がる。反発する力がなくなって頭巾剣士は前へつんのめった。

 バランスを崩したところに俺は蹴りを入れる。

 ボールのようにふっとばされた頭巾剣士は空中で素早く体勢を立て直して着地する。

 その時のはずみで、やつの頭から頭巾がずり落ちた。

 素顔をさらした奴の額に折れた角があった。


「魔族だと!?」


 額の角はこの世界では魔族の証。奴らは仁也さんたちが魔王を倒した後、この5年間で討伐されるか魔大陸に逃げ帰ったはず。


「管理派が残党を捕らえて洗脳したのでしょう」


 なるほどと俺はトラベラーの言葉に納得する。なんともカルト宗教らしい。

 そして先程のパワーもこれで説明がついた。魔族は戦いに特化した体を持ち、全員が最低でもエース級冒険者に匹敵する実力者だ。


「キエエエエエエ!!」


 再び奇声を上げながら頭巾剣士が襲いかかってくる。素の戦闘力はかなりのものだが、正気を失って〈剣術〉スキル以外を使ってこないのなら対処は容易だ。

 俺は真正面から頭巾剣士の攻撃を受け止め……ようとして素早く横に動くと同時に足払いをする。

 フェイントに引っかかった頭巾剣士は前のめりに倒れて、地面と熱烈なキスをする。そこをトラベラーが素早く自動捕縛ケーブルを投げつけて縛り上げた。


「ぬぅぅぅ! 離せ!」


 頭巾剣士がジタバタともがく。魔族のパワーでケーブルがちぎれないかと少し心配になったが、強度は十分あるようなので問題はなかった。


「調月さん、急ぎましょう」

「ああ、時間食って街の連中がすぐそこまで来てるな」


 俺たちは大急ぎで鐘楼を駆け上がり、最上階にたどり着いた。


「これです!」


 俺はトラベラーから催眠ガス放射装置受け取り、それを鐘楼の屋根に設置する。

 装置を起動すると紫色のガスが放射される。俺はマーティンさんから借りた〈汎用特化〉スキルから風の魔法を使って、ガスの拡散を補助した。

 ガスはまたたく間に街中を覆い尽くし、街の住民たちは次々と眠りに落ちた。


●Tips

クヴィエータのハイエルフ

 薬でハイになったエルフ。本名はエメリー・バンブー。

 竹林で暮らす一族の出身。

 彼女が故郷の竹で作った武具はドワーフが鍛えた鋼に匹敵する強度を持つ。

 故郷を出て旅をする途中で管理派に傾倒し、クヴィエータの建設に関わる。


クヴィエータの頭巾剣士

 正気を失った魔族の男。本名はクレイ・ジーン。

 もともとは魔王軍の工作兵だったが、管理派に捕らえられて洗脳されてしまう。

 彼が剣に使用した薬はなんの効力もなく、発射された三日月は〈高度撹乱〉スキルで使える幻覚の魔法で見せたもの。正気を失っているせいで敵だけでなく自分にも幻覚を見せてしまい、それが余計に狂気を加速させている。

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