第3話「おかげで我々の生活水が十分に確保出来ましたので」

「それなら俺が話をしよう。丁度キミと話もしたかったところだ」


「お願いします」


 たまたまなのか、聞き耳を立てていたのか、ベルの親父さんがそう言って俺の隣に座った。

 見るとベルとその母親の周りには、クーとモルガンが居る。

 周りが女だらけで居心地悪さを感じ、こっちに来ただけかもしれない。


「その前に、まぁどうぞどうぞ」


「これはどうもどうも」


 あいにく酒は無いので、水をコップに注ぐ。

 それをグイっと一杯飲み干し、一息ついてから顎を抑えて宙を眺めている。

 

「そうだな。まずは水の問題からだ」


「はい」


「昔は水は潤沢に使えたのだが、今は井戸が枯れてしまった。水を汲みに近くの川まで行くだけでも1日かかる」


 集落を見る限り、馬車などの移動手段が無く、基本徒歩だ。

 一度に持ち運べる量も限られている上に、一人で外を出歩けばモンスターに遭遇する危険性もある。

 しかし、水が枯れた話を聞くと妙だ。干ばつによって干上がったわけでもないのに水が出なくなったと言っている。


「その井戸を調べさせてもらっても良いか?」


「はい。構いませんが」


 宴会の場から離れ、井戸まで案内してもらった。


「悪いが、中に入らせてもらう」


「それでしたら、縄をお持ちしましょう」


「助かる」


 ゆっくりと井戸の中へ降りて行く。

 底には水が無く、固い地面がむき出しになっていた。

 試しに叩いてみる。岩のような感触だ。


「ふむ。これはもしかして」


 『聞き耳』スキルで地面に耳を当てる。

 中からは水の音が聞こえる。この下に水が流れているのだろう。

 予想だが、ここには本来湧き水のように水が湧く穴があったが、時間と共に段々塞がってしまい、水が出なくなった。

 だから井戸が枯れ果ててしまったのだろう。


「これなら、どうにか出来る」


 俺はロープで井戸から出る。


「どうでしょうか?」


「確証はないが、一つ方法がある」


「ほ、本当ですか!?」


 俺の言葉を聞いて、ベルの親父さんが膝をついた。

 目には涙が浮かんでいる。


「娘の世話をしていただき、集落の者に食料を分け与えて貰って頂いた上で図々しいお願いでありますが、どうにかして頂くことは出来ないでしょうか?」


 そのまま土下座をされた。凄く気まずいな。


「勿論そのつもりだ。その代わり、お願いと言ってなんだが、敬語はやめて貰って良いか?」


 変に畏まるとモルガンにはたかれる。

 かと言って自分よりも年上の人間にタメ口で喋っておいて、敬語で返されるのはなんだか申し訳なくなる。


「わ、わかった」


「それじゃあ準備をするからちょっと待っててくれ」



 ★ ★ ★



「アンちゃん。クーをこんな所に呼び出して何の用だ?」


「お前に頼みがあるのだが」


「分かった!」


 説明をする前から返事をされた。

 詳しく説明してもどうせ理解しないだろうし、何をやるかだけ説明するか。


「井戸の底に固い岩盤があるんだ。クーの『魔力伝導』で木っ端みじんにぶっ壊してくれ」


「壊せば良いんだな!」


「そうだ。壊せばいい」


 ちなみに何故か集落の人間も全員集まっている。

 クーを呼んだはずが、モルガンが付いてきて、モルガンにベルが付いてきて、ベルにベルの家族が付いてきて、そのまま集落の人間が全員ついてきてしまった。


 失敗したら落胆されるから、出来ればこっそりとやりたかった。

 仕方がない。もしもの時は井戸にあふれるくらい水を入れて誤魔化そう。


「アンちゃんも一緒に入るのか?」


「あぁ。もしかしたら岩盤が破壊された衝撃で水があふれるかもしれない。俺がクーを抱えて外に出るから、クーは破壊する事に集中してくれ」


「分かった!」


 俺とクーはロープをたどり、井戸の底に着いた。

 クーが四つん這いになり、いつでも破壊する準備が完了している。

 俺はクーの後ろから手を回し、抱きしめるように抱えた。


「良いか? タイミングを計るから、俺が『打て』と言ったら」


「分かった!」


 ちょっと待て!

 制止する間もなく足場が爆発した。

 爆発と共に、水が勢いよく吹き出し、その勢いで俺とクーは井戸から放り出された。 


 背中から叩きつけられ悶絶する俺の腹に、クーが折り重なるように落ちて来た。

 いってぇ。今のはあらかじめ補助バフをかけていなかったら、確実に大けがをしていたぞ。 


「わぁあああああああああああ」


 どうやら上手くいったようだ。

 余りの喜びに、集落の人の歓声で大気が揺れる程に。

 ん? いや。これマジで揺れてる奴だ。

 

 ガシャン。


 なおも水があふれ出る井戸が音を立てバラバラに崩れると、周りの地面が沈没しだした。

 歓喜の声は悲鳴に変わり、全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。 



 ★ ★ ★



「……すまん」


「い、いえいえ。おかげで我々の生活水が十分に確保出来ましたので」


 先ほどまで井戸があった周辺は、今や池になっている。

 他の家や畑を巻き込まなかったので、最悪の事態はなんとか避けられたが。


 生活水にはこれで困らないだろうから、とにかくヨシというやつだな。

 次の問題に取り掛かろう。


「それでもう一つの問題は狩り場なのですが。実はモンスターが住み着き縄張りにしているせいで、狩りが出来ない状況なのです」


 数年前から雑木林にモンスターが住み着き、集落の人間が入ると襲われる。

 ケガをした人もり、なんとかしたいが討伐を依頼する費用が無いために立ち行かない状況らしい。


「モンスターというのは?」


「黒と金色の毛の狼の集団で、一番大きい個体は我々と同じくらいの体格でした」


 黒と金の毛の狼というと、ブラックゴールドウルフか。

 しかし、そんなのはこの地域どころか、この国にも居ないはずだが。 


 しかもサイズが人間サイズとなると、変異種か別種の個体が群れのリーダーの可能性もある。

 そんなのを討伐依頼に出せば、最低でもCランクの依頼になる。

 今日食べる物でさえ困っているこの集落で、払いきれる金額ではないだろう。


「ふむ……ベル。どうしたい?」


「倒したいですけど、その、危険ですよね?」


 全く。

 見ると顔だけじゃなく、耳やしっぽを垂れ下げしょんぼりしている。


「俺はどうしたいのかと聞いている」


「出来れば追っ払って、集落の皆を安心させたいです」


「よし。なら行くぞ」


「えっ……うん!」


 と言って格好つけてみたが、既に辺りは暗い。流石に今から行くのは無理だ。

 一晩ベルの家に泊めてもらい。翌朝出発する事にした。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る