第5話「こいつらヤベェ」

「ベ~ル~」


「ご、ごめんなさいぃ」


 俺達の眼前には、焼け焦げたモンスターの死体が大量に積み重なっている。

 なぜこんな状況になっているかというと、話は少し遡る。



 ★ ★ ★



 街への帰り道、街道を歩いている時だった。


「あの、アンリさん。お話があります」


「どうした?」


 せっかく後輩が出来たのに、自分は先輩らしいことをまだしていない事に気づいたベルが、戦う姿を見せたいと言い出したのだ。

 戦闘なら、オークの時に十分活躍できたと思うのだが、本人としては物足りないらしい。

 自分から戦いと言い出した事には成長を感じる。


 しかし、いくら補助バフ阻害デバフを使ったからと言って、オークを相手にして物足りないか。

 これは悪い兆しだな。調子に乗ってしまっている。


 やはり補助というものをちゃんと説明した上で、実感してもらわないといけないな。

 俺がかけた補助は20個ほど。一つ一つの効果量は小さいが、これだけかければ馬鹿に出来ない量になる。


 自分で補助有りと補助無しで戦ってみた事がある。

 結果は補助をかけると、大体ランクが2、3個くらい上までのモンスターが相手に出来た。 


「ふむ。狙いすましたようにゴブリンの群れが居るな」


 補助無しで戦わせるのは、良い機会だな。


「ベル。お前は『プロヴォーク』をかけてタンクをしろ」


「はい」


「クーがアタッカーで、モルガンはベルのサポートだ」


「わかったぞ!」


「了解しました」


「俺は手を出さないから、3人で連携して倒してみろ」


 見渡の良い平原でキャッキャと遊んでいるゴブリンが4匹。まだこちらに気づいて居ないようだ。

 こいつらは先ほどのオークと比べれば、いや、比べなくても雑魚だ。だが今のベル達には補助をかけていない。ゴブリンに阻害をかけるつもりもない。


 補助が無ければ、雑魚のゴブリンですら簡単には倒せない事を体で覚えて貰おう。そんな考えだった。


「ベル、くれぐれも気を付けろよ」


 ユニークスキルの『ヘイトコントロール』で、下手をしたらここいら一帯のモンスターが釣れてしまう可能性もある。

 だからベルが『プロヴォーク』をする時は、出来る限り音が鳴らないように気を付けながら音を出している。


「分かりました! 『プロヴォーク』」


 自信満々の笑みで、ベルは盾を叩き音を鳴らした。ガンッとデカい音を立てて。

 良い所を見せようとりきんだベルが、思い切り音を鳴らしてしまったのだ。

 『プロヴォーク』の姿勢で固まったまま、サーッと血の気の引いた顔で俺を見るベル。後で説教だな。


 直後、地響きが鳴り始めモンスターが集まり始めた。

 クーは何もわかって居ないようだが、モルガンはオロオロしながら明らかな異常に気付いて居る。


「作戦変更だ。俺がモンスターの相手をするから、クーとモルガンはベルの護衛を頼む。危なくなったらベルから離れろ。そうすれば多少は安全になる」


 モンスターの狙いはベルだけだ。それ以外は目もくれないだろうから、最悪ベルから離れれば狙われる事は無い。

 離れられたらベルへの護衛が手薄になるが、原因がベルなのだから、もし2人が逃げ出したしてもベルの自己責任だ。


 まずは近くにいるゴブリン4匹が邪魔なので、『飛剣』で斬撃を飛ばしさっさと始末した。

 遅れてやってくるであろうモンスターに備え、詠唱をする。

 しばらくして、こちらへ向かって来るモンスターの姿が見えてきた。


「『上級雷魔法(ダンシングクレイジーズ)』」


 魔法使い系のレアスキル『上級雷魔法』。広範囲の雑魚を散らすには、コイツが一番適している。

 難点はモンスターが黒焦げになって、討伐証明部位を取れない事だが、まぁ仕方がない。

 俺だけならまだしも、こいつらのおもりをしながらだ。安全が第一だ。


 雷がモンスターを襲う。

 何匹か集団からすり抜けたモンスターが、ベルの元へ向かっているのが見えた。

 ベル達が緊張の面持ちで迎え撃っている。助けに行きたい所だが、俺はここで『上級雷魔法』を維持しなければならない。

 ベル達が無事にしのいでくれることを祈るだけだ。


「これで最後っと」


 俺の魔力が底をつきかけたので『上級雷魔法』を解除した。

 残った魔物は10にも満たない。しかも既に満身創痍の状態だ。

 ほっといても力尽きるだろうが、一応トドメは刺しておくべきだな。


「よっと」


 近くにある石を拾い、スキル『狙撃』を発動させて投げつける。

 本来は弓手アーチャー系の弓で狙いをつけるスキルだが、一応投擲でも効果がある。

 俺の投げた拳サイズの石が、モンスターの頭に次々と命中する。

 モンスターは倒れて起き上がらない。どうやら仕留めたようだ。



 ★ ★ ★



 ベルに軽く説教をした。

 命の危険があるかもしれないのだから、もっと怒るべきだとは思うが、『ヘイトコントロール』は扱いが難しそうなスキルだ。

 あまり叱り過ぎて、負い目を感じて使わなくなっても困る。


「叱りはしたが、それで教官を辞めたりする事はしない。一人前になってから失敗したら説教程度じゃ済まない、だから今の内に存分に失敗しておけ」


 そう言って、説教は〆た。

 


 ★ ★ ★



 さて、先ほどの戦闘でクーが手をケガしたと聞いたが……


「気合いが足りないわ!」


「気合い! クーもっと気合い入れる!」


 握りこぶしを作り、2人は何やら叫んでいる。


「その程度のケガ。気合いで何とかしなさい!」


「うん!」


 当然そんな事で傷が癒えるわけもなく、クーの腕からは血がドバドバ流れ出ている。


「お前ら……何やってんの?」


「「気合いでケガを治してる!」」


 綺麗にハモらせて返事が返って来た。


「モルガン。お前、実は武闘家だったりする?」


「いえ、僧侶クレリックですが」


「回復魔法が使えないとか?」


「どちらかというと、得意な方ですね」


 ドヤ顔をしてる辺り、本当に得意なんだろう。

 じゃあ何でこんな事をしているのか聞きたいが、やめておこう。聞けば頭が痛くなりそうだ。


「あー、モルガン。お前の実力を知りたいから、クーに回復魔法をかけてやってくれ」


 気合いじゃ治らないと言っても頑なに否定されそうなので、実力を測るという口実を取る。

 

「分かりました」


 意外にも素直に聞き入れてくれた。

 もっと反論されると思っていたので助かる。


 クーの傷を見ると、腕を10センチほどバッサリ切られていた。

 鋭利な刃物ではなく、鋭い爪か何かで引っかかれたような傷だな。


 このサイズのケガなら、治すのに俺が使える回復系のスキル『上級回復魔法エクスヒーリング』だと治るのに10分といった所か。

 『中級回復魔法ハイヒールなら15分、『初級回復魔法ヒール」なら20分はかかるだろう。 


 モルガンがもし初級回復魔法しか使えないなら、回復は俺がやろう。

 時間がかかる事よりも、初級回復魔法だとケガの跡が残りやすい。

 クーは女の子だ。身体に傷跡なんて残したくないはずだろう。


「クー。治すから腕を出して」


「うん。モルちゃんよろしくね」


 クーが「はい」と言って腕を出した。

  

「『完全回復フルヒール』」


「クー完全復活!」


 一瞬でクーの腕の傷が治った。

 死んでさえいなければ一瞬で回復させるユニークスキル『完全回復』か。

 にわかに信じがたいが、クーの腕を見ると出血した際の血が付いてるだけで、傷はきれいさっぱり消えている。

 

「どうでしょうか?」


「どうでしょうかって……」


 『ヘイトコントロール』『魔力伝導』『完全回復』

 ユニークスキルのオンパレードかよ。

 ユニークスキルが本当に希少なスキルなのか疑いたくなってくる。


「こいつらヤベェ……」


 どうやら俺は、とんでもない新人を受け持ってしまっていたようだ。

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