第7話「ここは俺が引き付ける。お前は逃げろ!」

 眼前に広がるモンスターの群れ、個体数はゆうに100を超えるだろう。

 それが雑魚だけならまだ良かったが、タイガーベアまで混ざってやがる。


 タイガーベア。

 比較的駆け出し冒険者向けのこの森において、出会ったらとにかく逃げろと言われるほどの強力なモンスターだ。

 鉄をも簡単に切り裂く鋭い爪、木々をなぎ倒して突進してくるパワー、下手な攻撃は受け付けない強固な皮膚と筋肉。

 駆け出しどころか、中堅冒険者のパーティですら、まともに討伐しようとすれば確実に被害が出るレベルだ。


 ただその巨体ゆえに、足は遅い。なので相当足が遅いか、ガチガチに防具を固めていない限りは本気で逃げだせば、逃げ切れる。

 この森で、天敵が存在しないほどの強さを持つタイガーベアの弱点で、この森で個体数が少ない理由でもある。要は狩りがヘタクソなのだ。


「ここは俺が引き付ける。お前は逃げろ!」


 ……あれ?

 先ほどまで俺の隣に立っていた、ベルの姿が見当たらない。


「いやぁあああああああ!!!」 


 ベルは既に逃げ出していた。

 装備や戦利品を持ったままだというのに、驚くほどのスピードで。


 何も言わずに仲間をおいて逃げ出すのは褒められた行為じゃないが、今は居ても足手まといになるだけだ。判断が速いともいえるか。

 平和に暮らしてた村娘が、こんなモンスターの大群を前に平気でいろと言う方が無理な話だしな。


 さて、俺の武器はさっきの冒険者が忘れていった、このナマクラ一本。

 タイガーベア以外は雑魚とは言え、俺一人でこの数を相手取るのは厳しい。

 適度に引き付けたら、俺も逃げるとするか。


「フンッ!」


 剣を力強く握り直す。

 『飛剣』で飛ばした斬撃がモンスターの群れ目掛けて飛んでいき、モンスター達がバッサリと真っ二つになっていく。 

 数が多い分マトはデカい。わざわざ狙いをつける必要がない。

 続けざまにもう一度。


「チッ」


 2撃目はタイガーベアを狙ったが、『飛剣』の斬撃が弾かれて消えてしまった。

 もしかしたらいけるかもと思ったが、タイガーベアはノーダメージのようだ。

 突進の速度が落ちない事に、思わず舌打ちが出た。


 先頭を走るラビットウルフが近くまで来た。

 このままでは集団に飲まれる。そしたら剣を振るう事すらままならなくなるので、一度横へ飛んだ。


「プロヴォーク!」


 近くにある岩に、軽く剣を当て”キィィィィン”と金属音を鳴らし『プロヴォーク』を発動させる。


「はっ?」


 思わず驚きの声が漏れた。

 モンスターの群れは俺に目もくれず、そのまま横を通り過ぎて行くからだ。

 スキルの不発? いや、それはない。確実に発動させたはずだ。


「それなら、もう一度だ!」


 俺の『プロヴォーク』に、半裸で鼻がペシャンコに潰れ、人族の子供のような姿をしたモンスター。ゴブリンが反応した。


「ペッ」


 と思ったら、俺の顔に唾を吐きつけて、そのままモンスターの群れに合流して走って行った。

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