第5話「コッソリ後を付けているつもりなのだろう」

「さて、腹ごしらえも済んだ事だし、ラビットウルフを狩りに行くか」


「はい!」


 すっかり落ち着いたベルと共に、森を歩く。

 もう少し奥まで行けば、ラビットウルフの縄張りだ。

 

「あの、アンリさん」


「どうした?」


「先ほどから何か気にしているみたいですが、どうかしましたか?」


「あぁ、辺りを警戒しているだけだ。気にしなくて良い」


 ベルは「そうですか」と返事をして納得したようだ。

 本当は街を出た時からずっと警戒をしていたが、俺の様子を見るくらいには余裕が出来たようだ。


 後ろからガサガサと音がして、3人の小声で話す声が聞こえてくる。

 時折「襲おうぜ」とか物騒な事を言っている。言うだけで襲って来ないのは慎重だからじゃなく、勇気が踏み出せないからなのだろうな。

 俺が街を出てからずっと警戒していたのは、モンスターではなくこいつらだ。

 多分ギルドに居た冒険者だろう。


 冒険者のヤロウ連中は、基本女日照りしている奴ばかりだ。

 大方、俺とベルが外に出たのを見計らって、どこかのタイミングで襲い掛かろうと考えていたのだろう。


 とはいえ、ある程度ランクが高い人間なら、それに応じた依頼を受けているだろうから金がある。

 金があるなら、その手の店に行けばいくらでも女が抱ける。

 なのにわざわざ襲い掛かって強姦まがいの事をしようとしてるという事は、まともな教育を受けていないEランク辺りの冒険者だろう。


 コッソリ跡を付けているつもりなのだろうが、彼らは森に入ってからずっと物音を立てている。あまりにずさんな尾行だ。

 全く。少し”教育”が必要なようだな。


「ラビットウルフが居るな」


 『気配感知』で俺達の少し先に群れがあるのを確認した。

 この森で群れるのはゴブリンかラビットウルフくらいだ。

 だがゴブリンはラビットウルフを恐れて奥までわざわざ来る事は無い。なので、この先に居るのは多分ラビットウルフの群れだろう。

 違っていたら違っていたで構わない。たとえゴブリンだったとしても討伐して討伐証明部位さえ持って帰れば金になる。


 そして、俺の後方にも群れがある。こちらもラビットウルフだろう。

 俺らをコッソリ付け狙う冒険者の近くにいる。


「さっきと同じように、ボクが倒せば良いかな?」


「いや、ラビットウルフは大人でも手を焼くほどの相手だ。俺も一緒に戦おう」


「分かりました。……あの、アンリさん武器は?」


「あぁ、俺は素手で十分だ」


 駆け出しならまだしも、俺は一応Bランク冒険者だ。

 ラビットウルフ程度なら、武闘家系のスキルを使わなくても素手で倒せる。

 

 両手を高く上げ、手の平を合わせてパンと音を鳴らし『プロヴォーク』を発動させた。

 前方から低い唸り声をあげ、4匹のラビットウルフが走ってくるのが見える。


 横に軽くステップする。ベルと距離を取ったことで、ラビットウルフの群れが2つに分かれた。

 ベルに1匹、俺に3匹。よし、良い感じだ。

 まずは1匹目が俺に飛び掛かってきた。


「バカが!」


 両手を握り、ラビットウルフの頭目掛けて、アームハンマーで地面に叩きつける。  

 羽もないのに飛び掛かれば回避できなくなるというのに、所詮は獣だ。


 間髪入れず、横からもう1匹のラビットウルフが飛び込んでくるが、予測済みだ。

 軽くバックステップでひらりとかわし、わき腹を思い切り蹴飛ばした。

 この手のモンスターとはいやというほど戦ってきたから、大体の行動は予測がつく。


 蹴られた際に、何本か骨が折れ、臓器を傷つけたのだろう。

 口から血の泡を出しながら、キャンキャンと吠えるラビットウルフ。

 立ち上がる事すらままならない様子だ。こいつはもう助からないだろう。


 残り一匹は不利を察したのだろう。

 睨みつけると、そのままくるりと反転し逃げて行った。


「さてと、ベル大丈夫か?」


 ベルを見ると、涙目で棒を振り、必死に交戦している。

 棒を振るが重心はブレブレだし、腕を伸ばしてるから上手く力が入っていない。

 もし当たったとしても、逆に吹き飛ばされるのが関の山だ。


 しかし、防御面については中々だな。

 飛び掛かるのに合わせ、ちゃんと盾でブロックしている。


「あのぅ。アンリさん、助けてくださいぃぃぃ」


 しっぽを内股に挟んでいる。本気でいっぱいいっぱいのようだ。

 ベルを完全に標的にしていて俺には見向きもしていないので、後ろからそっと近づき、そのまま首をひねる。

 ゴキッと鈍い音を立て、ラビットウルフは絶命した。

 

「た、助かりましたぁ」


 ベルはへなへなとその場でぺたんと座り込んだ。

 ラビット種と比べればラビットウルフの敵意と殺意は段違いだ。

 たった一匹とはいえ、精神的な疲労が溜まったのだろう。 


「少し離れる。そこで少し休憩しておけ」


「アンリさん、どこに行くんですか?」


「ちょっと人助けだ」


 捨てられた子犬のような目で見られ、少し罪悪感を覚える。

 その前に、休憩中のベルが襲われないように『気配感知』でこの辺りにモンスターが居ない事を確認する。

 敵影無し。大丈夫そうだな。


「た、助けてくれー!!!」


 こっちは大丈夫だが、あっちは大変なようだ。

 ケガするくらいなら良いが、死なれでもしたら流石に目覚めが悪い。

 なおも縋るような目で俺を見るベルに背を向け、走り出す。 


「ヒ、ヒィィィィィ!!!」


 俺と同じくらいの青年3人が、ラビットウルフに囲まれ半べそをかいていた。

 俺の姿を見るなり、三者三様の命乞いをし始める。

 ったく、自分の実力も弁えずに横着するからだ。


 まぁ、ラビットウルフがこいつらを襲う様に向かわせたのは、俺なんだけどな。

 こいつらとラビットウルフが鉢合う位置であえて『プロヴォーク』を発動させたからだ。


 本当は他の冒険者に対し危害がくわわるような行動は禁止されている。

 とはいえ、こいつらは危害を直接くわえようと企んでいたわけだから、こちらとしては正当防衛のようなものだ。


 このまま助けても良いが、また付きまとわれても困る。

 少々派手にやるか。


コイツを借りるぞ」


 戦士っぽい男から剣を奪うと、俺はその場で剣を振るう。

 刹那。俺から距離があるラビットウルフが真っ二つに裂けた。

 割けるラビットウルフを見て男たちが声を上げる


「うえええええええええ!?」

 

 剣士のレアスキル『飛剣』一瞬で遠くまで斬撃を飛ばす技だ。


「これでトドメだ」


 残り2匹のラビットウルフが真っ二つに裂けた。


「2匹同時に遠くから斬った!?」


 『飛剣』スキルに、魔法使いのスキル『魔力誘導』を付与して、斬撃の飛んでいく位置をコントロールしただけだ。

 しかし、彼らには俺が何をしたのかすら理解できていないようだ。

 一々こいつらに、それを説明する気はないが。


「お前たち、その程度の実力でこんな所まで来たのか」


「す、すまねぇ。助かった」


 俺達をつけて来た事を問い詰めようか迷ったが、完全に心が折れた様子だ。

 ヘラヘラと笑いながら何度も頭を下げている。これだけ実力差を見せつけたのだから、もうちょっかいをかけて来る事もないだろう。

 

「なぁ、アンタ」


「なんだ?」


 去ろうとした所で声をかけられた。


「教官をやってるんだろ? だったら俺らの教官になってパーティを組んでくれよ!」


「あぁん?」


 流石にイラっとした。

 

「悪い悪い。今なんて言ったか良く聞こえなかったから、もう一度言ってくれるか?」


「い、いえ。何でもないです!」


 睨みつけると、3人は脱兎のごとく走って逃げて行った。


「あっ……これ返すの忘れてた」


 うーむ。もう走り去った後だし。

 まぁ後で返せば良いか。 

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