異世界ふとん至上主義!
一人記
プロローグ『超高性能移動式ふとん』
「『超高性能移動式ふとん』……ようやく完成した!」
病院にある診察台のようなものの上に乗せられたひとつのふとん。
純白の敷布団の上に掛け布団が合わせられたそれは、見るからに一般的なふとんであり、おかしな点はひとつもない。
ふわふわぬくぬくのもっふもふ……!
どこからどう見ても普通のふとんだ。今にも顔をうずめてしまいたいぐらいだ。
……しかし、これは間違いなく、私の人生における集大成。
様々な機能を搭載した、私の考えた最強のふとん。
───その名も、『超高性能移動式ふとん』
人類史上もっとも偉大といえる史上の存在が、そこにあったのだ。
「あぁ、ようやく完成したんだ。長い長い時間をかけて、ようやく……!」
私が職を失い、ふとんの研究を始めてから約五年。
思えば様々な障害があった。
というのも、私はある程度の科学知識は持ち合わせていたのだが、やはりというかなんというか。
機械関係とか、電子技術とか、資金の問題とか……
そして、心の問題とか。
とにかく色々な問題が私の前に立ちはだかってきたのだ。
「……」
過去の事を思い出して、思わず手を握り込む。
心の中をぐちゃぐちゃと掻き回されるような感覚が私に襲いかかった。
本当に、色んなことがあった。
例えば───
しかしそんな中、ふと壁掛けの時計に視線が移り大慌てで動き始める。
「ていうかもう2時か!?
やばいな、いつまでもここで惚けては居られない! ……早速試運転を行わなければッ!」
私は急いで外に出る準備、高校時代の誕生日に友人がプレゼントしてくれたパジャマ(上下一体猫耳フード)に着替える。
そして、『超高性能移動式ふとん』を台車に乗せて研究室の外に運び出していく。
「急げ!急げ!おわっ!?」『ガシャン!』
しかし、あまりにも急ぎすぎていたのだろう。
大きな音とともに私は地面へと倒れ込んだ。
うぅ……痛い……!
私としたことが、急ぎすぎてコケてしまった……!
だけど、幸いな事に怪我はないみたいだ。友人にプレゼントされた厚手のパジャマを着てきて正解だったな!
……と、そんなことより今はこれを試すことが最優先だ!
何か崩れる音がしたが、まぁたぶん大丈夫だろう!
私はそうやって、胸の奥から溢れるワクワクに流されていくように、何も考えず足早に駆けていく。
台車に乗せた『超高性能移動式ふとん』が、がたがたと揺れ動いているの感じながら。
─── 今思えば、あの音が原因だったように思う。
「よし。ここなら大丈夫だろう」
外に出てしばらくふとんを運び、目的地である河川敷にたどり着いた。普段ならば暇な老人や元気な子供たちの姿が見られるが、深夜ともなるとさすがに人の気配は無い。
周囲を見渡して安全を確認する。
うむ。どうやら誰もいなさそうである。
警察とかに見つかると厄介だからな……極力秘密裏に実験しなければ。
「さてと……そうなればもうやる事はひとつだな!」
にやにやと口元を緩ませて、台車からふとんを下ろしていく。
地面に引かれたふとんというのは、なんだかとてもミスマッチで不思議な光景だ。
───月明かりが、純白のふとんを照らす。
私はそんな光景を見て、居てもたってもいられずふとんに潜り込んだ。
「さぁ、始まるぞ!ふとんちゃんの晴れ舞台だ!」
自らのパジャマのお腹部分についている、デカいポケットに手を突っ込む。
確か、ここに入れて……と。
お、あったな!これだ!
リモコンぐらいの大きさ……というか、リモコンを改造して作った起動ボタン。
アニメの自爆スイッチぐらい不自然に取り付けられている真っ赤なボタンが魅力的だ。
私はあらかじめポケットに入れておいたそれを取り出して、じっと見つめ……
「『超高性能移動式ふとん』、起動ッ!」
そして、その蠱惑的なボタンを思いっきり押し込んだ。
「うぉッ!?」
すると、次の瞬間。
地面に置かれているしきぶとんからタイヤがせり出し、猛烈な勢いで走り出したのだ!
「やったァァァァァ!成功だ!」
私は歓喜のあまり手を空へ突き上げる。
ふとんに寝ているため河川敷の景色は見えないが、その代わりに見える満天の星空と軽快に走る風が心地よく、今すぐにでも寝れてしまいそうだ。
「ふとんちゃん……ありがとう!」
満天の星空を見つめながら、思いに馳せる。
思い出すのも億劫なほど、辛く苦しい思い出の数々。
成績は優秀だったが、学校生活の3分の2を寝坊で遅刻し留年。
下の学年に混ざるという居心地の悪い環境に耐えられなくなり退学……そして、その後就いた会社でも寝坊で遅刻。
就いて1週間毎日遅刻していた為すぐクビになった。
……だが、まぁそれも仕方ない。
私はふとんと一心同体!ふとんが動いてくれなければ行動できない!
……ならばどうすればいいか?
───ならば、動くふとんを作ってしまえばいい!
うむ……あの時の私は、我ながら素晴らしい発想だったな!!
「あぁ。これでとりあえず目標達成か……」
あれから5年の月日が経ったのか……
会社を退社した時は18歳だったというのに、もう23歳である。
時の流れというのは早いなぁ……特にこの数年は早かった。
「……もう研究も終わりだって考えると、なんだか寂しくなってくるな」
何かわからない漠然とした感情が渦を巻いて、口ごもる。
私はそんな気持ちを落ち着かせるため、静かにふとんを撫でた。
ふわふわのもふもふによって、心が落ち着いていく。
「やはり、ふとんはいつでも私の味方だな」
……しかし、これから何をしようか。
『超高性能移動式ふとん』を作る為の資金調達に株を勉強し、そして運良く成功した。だからお金はある。
じゃあ、次はなんだろうか?
……結婚?
いや、私にはふとんがいるからなぁ……他の誰かに浮気をする事は許されざる行為である。
じゃあもうすることも無いし、どこかで隠居……?
……いやいや、さすがに早いだろう。私の叔父もまだしてないというのに。
うーん。やりたいこと、やりたいこと……
……睡眠?
……うん。やりたいことというか、今したい事だねそれ?
……なんか悲しくなって来るな?
私ってあんまりやりたいこととかな───
その時、何かがガタリとはずれる音が耳に届く。
「ふぇっ?──ゴブッ……がハッ……ゴハ…!」
だが、その音を理解する前に強い衝撃を受け、視界が左にぐるりと回転する。
体に強い重力加速度を感じ、ふとんが左方向へ走っているのだと認識した。
そして、私の視界は青く染まったのだ。
「ぐ……ごぼッ……?!」
息ができない。ふとんが重い。
私は、川に落ちてしまったのだと理解するとふとんを抱えて水面に上がろうと試みる。
……ダメだ。動かない。水を吸ってしまったようで持ち上げることすらできない。私は元々非力だし、尚更だ。
だが、動かせないとなると出られないんだ。
なぜなら、時速50キロで動くふとんから落ちないように、ふとんと私はしっかりと固定されているからである!
……なんだこの構造!?作ったやつ出て来い!?
……あっそれ私だったわ。
「───!───!?」
そんなことを考えているが、内心相当焦っている。
ヤバい、死ぬ……嫌だ嫌だ!
もがく私、だが、無常にも体力が奪われていくだけだった。
意識が遠くなる。
あぁ……満天の星空は水中からでも綺麗だ。
死ぬんだなぁ……あぁ…嫌だなぁ。
ようやく理想のふとんができたのに……
次は……絶対に……
生きて……
───こうして私は意識を手放した。
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