Re:失恋をもう一度

武井戸 えあ

第1話 初恋

———その男子生徒はいつも放課後、図書室の窓際で本を読んでいた。

高一の初めから図書委員会に入っていて、彼の存在に気づいたのは一年生の後期になってからだった。


普通っぽい感じで、他の男子みたいに騒がしくない。

寡黙な感じ。

たまに見せる憂いを帯びた大人っぽい表情が同級生のうるさい男子とは別の生き物に見えた。


いつも推理小説の本を借りていく。



あのシリーズ、好きなんだ。


バーコードが貼ってある貸し出しカードから同じ一年の6組の男子だと知った。


柴村颯太くん。


お風呂場でこっそり名前を呼んでみた。

サ行の名前の男の子は、スッキリしていて爽やかで足が速そう。彼にピッタリ。


廊下ですれ違った時、友達と笑い合ってる顔を見て、普通に喋ったりするんだと思った。


当たり前か。

図書室では誰も喋らない。

勝手に陰のある大人しめの男の子を想像していた。

だけど喋る姿を見ても幻滅しなかった。

友達と楽しそうに話してる、いつも優しげな目が垂れてなくなるのを見て、あの目好き、と思った。



その日もいつものように私が貸出カウンターにいると、彼が無言で借りる本を数冊カウンターの台に置いた。


推理小説の本の他に、ミステリー作家の英語の本が一冊。


この前本棚の整理をしながら、こんな全編英文の本を一体誰が借りるんだろうと思いながら片付けた本だった。

英語科の先生がリクエストしたのかな、なんてその時は考えた。和訳は無しの原作の本だった。


ビックリして思わずその顔を見上げた。


英語ばっかりなのに読めるんだ?


いつものように借りようとしていた彼が、私が見つめたので戸惑った顔で私を見下ろした。


「———あ、これ貸出し出来ない本だった?」

その声で初めて話しかけてもらった。


「う、ううん、貸し出し、でき、ます」

初めて喋りかけてもらえて、ドギマギして同級生というのに敬語になってしまった。

おかしくなかったかな。私。

声が少し裏返っちゃった。恥ずかしい。


顔が赤くなっていく私を気に留める事なく、貸出処理が終わって初めて「ありがとう」と言ってもらえた。

再び顔を上げると、その目が無くなるくらいに垂れていた。



ああ、私、この目が好きなんじゃなくて、彼が好きなんだ…。




次の週も彼は別の英語のハードカバーの本を借りていった。


ある日、実力テストの教科別上位の名前が貼り出されてるのを見て、英語の教科のところに彼の名前を見つけた。


特進クラスがほとんどの中で6組の普通科の彼が入っていて、その名前に釘付けになった。


英語は私よりもいいんだ…。



推理小説が好き。

英語が得意。

大人しそうだけど、廊下や教室では友達とよく喋ってて、オタクとか暗い感じじゃない。

背は見るたび少しずつ大きくなってる気がする。

あとは名前くらいしか知らない。


どこ中出身なのかな。

どこに住んでるのかな。

兄弟とかいるのかな。

妹がいそう。

優しいお兄ちゃんっぽい。

彼女、いるのかな…。


知りたいけど、聞きたいけど。

聞けない…。

6組に友達もいないし。


今日も私はその横顔を見つめるだけだった。

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