第47話 真相

 養母を亡くすと、伊織は本格的に養父を使って嘘花の研究を始めたらしい。

 ちょうど足留めの時期にも重なって、養父に逃げ場はなかったようだ。

 葬儀屋への持ち込みをしない代わりに、養父は伊織の要求に応え続けた。

 一方養母の喪失は伊織の心にぽっかりと穴を開けたそうで、その穴を埋めるように龍生のことを調べ始めたのだという。


「私にとって、唯一暖かい思い出をくれたのは御堂さんだけです。あの優しい人が今どうしているのか知りたかった。改めて関わろうとは思いませんでしたが、せめて幸せなら、私の心も救われると思って」


 すみません、と小さな声で伊織が謝罪する。

 プライベートに土足で踏み込んだ後ろめたさはあるようで、顔を上げないまま先を続けた。


「仕事と名前が分かっていたので、近況を知るのはそれほど難しいことではありませんでした。調べていくうちに御堂さんがご結婚されたことや、新居を構えたこと……それから、奥様が何を隠しているのかも知りました」


「そんなことまで……」


 個人情報があらゆる場所に細かく拡散されている現代においては、一つでも手がかりを掴めれば後は芋づる式に情報を吸い上げることができる。

 労力を惜しまず尾行や観察を繰り返せば、ある程度の生活まで分かるだろう。

 ほんのひと時関わっただけの龍生を忘れられずに、消息を追ってプライベートを探る。

 マナー違反とも思える詮索を重ねて、龍生よりも早く明日香の秘密にたどり着く。

 意外ともいえる伊織の執着に龍生は驚いていた。


「犯罪者めいたことをしていた自覚はあります。だから本当は、私がこんなことを思う資格もありません。だけどどうしても、どうしても、許せなかった」


 一番幸せになって欲しかった人が、心ない裏切りにあっている。そのことは伊織の心に度し難い怒りを生み出したという。


「真木と再開したのは、その頃です」


 ふと悪寒が足元から這い上がって、龍生は息を詰めた。

 待て。待ってくれ。そこに出てくるのか、あいつの名前が。

 龍生の動揺をよそに、伊織が告解を続けた。


「街でばったり、本当にたまたまでくわしたんです。あの時の、雷に打たれたような衝撃は忘れられません。ああこれは天啓なんだと思いました。真木も明日香さんも、償わなければならない」


 だから、と震える声で伊織が告げる。


「真木を誘いました。養母が亡くなったことを口実に思い出話がしたいと隙を見せて。あの人は、今度は私が鴨になるかもしれないとでも思ったのでしょう。あっけなく私についてきました。雑談の中で嘘をつかないよう注意しながら、私は真木に御堂家の情報を引き出させました。間取りも、生活リズムも、あの人が自分の意思で手に入れたと思っていた情報はみんな、私が誘導して与えたものです。あの日を含めて、窃盗に入りやすい日もいくつか流しました。嘘はつけませんから、御堂さんの帰りが遅くなる時期、不自然な時間帯に家の明かりが消える日を教えて」


 就寝には早い時間帯に明かりが消えれば、家は無人に見える。実際はその時、寝室に人がいたとしてもだ。

 差し向けられた、と言い残した真木を思い出して、龍生はうめいた。


「何だってそんなことを……」


 尋ねかけて、閃く。

 もしかして。


「告発したかったのか。真木の犯罪と、明日香の裏切りを」


 貴金属を狙って真木が寝室に上がったのは、そこにウォークインクローゼットがあると知っていたからだ。

 同じ情報は伊織も手にしている。

 だとすると、そこで真木が明日香や中条と鉢合わせることは読めたはずだ。


「そうか、本当なら中条が真木を取り押さえて警察沙汰になることを狙ったんだな。事件になれば当然俺も呼び戻される。関係者となった中条はその場から立ち去れないし、真木は二人が何をしていたか知っていた。いずれにしろ妻の不貞も明らかになると踏んだ」


 そういえば事件当日、警察の現着はずいぶん早かったと聞く。

 おそらくはことが起こる前、真木が侵入したことを確認した伊織が、万が一にもとり逃すことのないよう先回りして通報したのだろう。

 すみません、と再び伊織が謝った。


「本当のことが分かったら、本当の幸せが手に入ると思ったんです。本当に愛してくれる人と一緒になって、御堂さんには幸せになって欲しかった。あんなに酷いことが起こるなんて、思わなかったんです」


 突如、伊織が龍生に向かって頭を下げた。


「すみません……すみません、御堂さん。真木が新居に侵入したのは私のせいです。中城さんが死んだのも、明日香さんが嘘花になったのも全部、私のせいです。結果的にあなたを明日香さんに縛り付けてしまった」


「ちょ、ちょっと志摩さん」


 あまりにも多くのことが明かされて、龍生の脳内は処理落ち寸前だった。

 伊織を責めたらいいのか、宥めたらいいのか、それすらよく分からない。

 もはや反射で頭を上げさせようと肩を掴むと、体を強張らせた伊織が更に低く平伏した。


「私は恐らく、寄生源です」


 はっとして、掴んでいた肩を離す。

 寄生源。

 その個体の周囲で嘘花の発現が増えるという、日野教授が示唆した存在だ。

 声だけでなく全身を震わせて、伊織が訴える。


「最初は草凪の家族が、次は志摩の両親が、明日香さんや真木、課長や小宮山さんを入れると、私の周りではもう十例もの嘘花の発現が確認されています。普通に暮らしていたら一生関わらない人だっているのに、これはおかしい。御堂さんだって、課長と小宮山さんが発芽した時、あまりにも集中する発芽に寄生源を疑ったでしょう。それは私です。私が、死神」


「志摩さん」


 離してしまった肩を両手でしっかり捕まえて、龍生は伊織の体を引き起こした。


「志摩さん、しっかりしろ。君が起因となった事件は確かに幾つもあるんだろう。だけど嘘花は偶然だ。君が寄生源なら俺はどうなる。課長や小宮山さんよりずっと長い時間、君と一緒にいたんだぞ。俺が発芽しないのは不自然だ」


「御堂さんは寄生されません」


 いつかと同じ、きっぱりした口調で伊織が断言する。

 核心に満ちた瞳を上げて、伊織が言った。


「大学に入って日野教授の論文を読んだ時に気づいたんです。自分が寄生源であること、同時に、寄生を回避する方法があることに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る