第26話 絶体絶命
「ぅ…………」
サニーは薄っすらと目を開けた。
最初に感じたのは、暗闇。そして、身体の下にあるゴワゴワとした不快な、それでいて柔らかい感触。それから鼻先を強く刺激する、嫌な臭い。
『最近気絶してばっかりだな』と、頭の片隅でボンヤリ考えつつ、サニーは身体を起こそうとした。
「……ぅっ!? ん〜〜〜〜〜!!!」
そしてすぐに、それが叶わない事に気付く。
サニーの両腕は後ろ手に縛られており、両脚も固く結ばれている上、両方の結び目同士が別の紐だか縄だかで繋げられている。いくら力を込めても解ける気配は無い。
更に口には猿轡まで噛まされており、言葉を発する事もままならない。
完膚なきまでに、サニーは拘束されてしまっていた。
「(此処は何処!? あの手紙は!?)」
サニーは自由の利かない身体をどうにか引きずって僅かに上体を持ち上げ、必死に首を周囲に巡らす。
多少闇に目が慣れてくると、自分の身体の下に大量の木の葉やら食べ物の不可食部分やらが敷き詰められている事が分かった。異臭の原因はこれだろう。
「(生ゴミ……!? 生ゴミの上に、あたしは寝かされている……!? とういう事はつまり、此処は……っ!?)」
最悪の予想が脳裏をよぎり、サニーの顔が青ざめた。
もう間違えようがない。
あの手紙に書かれてあった真実を闇に葬る為に、それを知った自分の口封じを図ったのだ―――!
「んーーーッ!! んんん〜〜〜〜〜〜〜!!!」
必死になって呻き声を張り上げるが、返ってくるのは痛々しい静寂と冷たい闇だけ。
生ゴミのクッションの上で、サニーの身体が俎上の魚のように虚しく跳ねる。
どれだけ暴れても、自分に施された拘束は緩みすらしない。
「―――っ!?」
そうこうしている内に、周囲の景色に変化が生じた。
四隅から仄かに朱色の光が浮かび上がり、暗かった空間が俄に照らされる。
身体の下にある生ゴミ群が次第に熱を帯びてくる。
そして、そこかしこから煙が吹き出て来て…………。
……ゴミ処理の時間だ。
「んんんんんーーーーーーッッ!!!!」
サニーの喉から、声にならない絶叫が迸った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シェイドは一通りの役目を終え、ケルティーと共に帰途についた。
ジュディスの葬儀の手配等、やらなければならない事はまだまだ大量に残っているが、一先ず喫緊の諸事については完了した。残りは明日でも良いだろう。
「……それにしても大変な夜でしたね、ケルティー」
急ぐことなくケルティーを歩かせながら、シェイドはその背に向けて語りかけた。ケルティーは、彼の声に答えるように耳を峙たせる。
「アングリッドのみならず、ジュディスさんまで……。あの二人が彼処まで追い詰められているのに気付けなかったのは、つくづく残念です」
シェイドの脳裏には、『
「全ては私の所為……。彼女の言葉はもっともです。私は……何も言えなかった」
シェイドが目線を地面に落とす。既に薄明の時刻に差し掛かっており、夜の終わりを告げようと東の彼方から覗く陽の光が、館へ続く道を淡く照らしている。
街の住民も、今頃は朝に備えて各々家に戻っている頃合いだろう。
「本当に…………こんな有様で、街の呪いは解けるのでしょうか?」
―――ブルルッ!
『弱気になるな!』と元気付けるように、ケルティーの鼻が大きく鳴る。
「……そうですね。すみませんケルティー。貴女が相手だからついつい弱音を口にしてしまいました。もう言いません」
シェイドは微かに微笑んで、愛馬の首を撫でた。
「さあ、サニーさんも待っています。早く帰って……おや?」
既に館が見える位置にまで来ている。ふと我が家へ目をやると、何故か離れの方から一筋の煙が天に向かって昇っていた。
「あれは……焼却炉でしょうか? でも、こんな時間に……?」
―――!! ヒヒーン!!
突然、ケルティーが激しく吠えて前脚を上げた。そして、そのまま弾かけるように駆け出したのだ。
「っ!? ケルティー!?」
不意の行動にシェイドは僅かに戸惑ったものの、虫の知らせか彼もその煙に嫌な胸騒ぎを覚えていた。
だからケルティーを制することはせず、逆に腿を締めてケルティーの走りに合わせた。
「貴女の直感を信じますよ、ケルティー! 急ぎましょう! 一刻も早く、あの煙の正体を確かめなくては!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「んーっ!! んんん〜〜〜〜〜!!!」
サニーは半狂乱に陥りながらも諦めずに声を振り絞った。
既にあちこちから火が吹いている。自分の身体に引火するのも時間の問題だ。いや、その前に内部に籠もる炎熱で蒸し殺されるか、煙で窒息死する方が先かも知れない。
暴れ続けた所為で、手首や足首に縄が食い込んで痛い。皮膚が擦り切れるのも構わずに動かし続けているけど、一向に外れる気配が無い。余程しっかりと縛ってあるみたいだ。
「ん……! ぅ……っ!」
自力での脱出は絶望的だと思い知らされて、サニーの目元に涙が溢れる。
「(此処で……! こんなところ、で死んじゃうの? あたし……!)」
嫌だ、死にたくない! 折角ひとつの真実を掴んだというのに、こんなところで終わってしまうなんて……!
「(お願い……! 助けて……!)」
サニーは祈った。これまで幾度も自分を救ってくれた、あの儚い笑みの青年紳士に。
「あうえへッ!! ふぇいおあんッッッ!!!」
『助けて、シェイドさん』―――。
そのサニーの願いは、やはり虚しく炎の中に…………。
「―――サニーさん!!!」
突如、頭上の闇が開けた。
外から差し込むごく僅かな曙光と共に、サニーの身体に差し伸べられる細いながらも力強い腕。
「…………っ!!」
まさか、と思う間にサニーの身体は勢い良く引っ張り上げられ、ゴミと炎の地獄から生ける者達の世界へと生還した。
「くっ……!!」
外にとびだしたと同時にバランスを崩し、サニーと引っ張り上げた相手はもつれ合うように地面へ倒れ込んだ。
「はぁ……! はぁ……! だ、大丈夫ですか、サニーさん!?」
そう言って、心配そうに顔を覗こんできたのは、やはり彼だった。傍には愛馬のケルティーも居る。まるでサニーの願いを、神様が聞き届けてくれたみたいに。
「待って下さい、今外します!」
シェイドは急いでサニーの拘束を解き、猿轡を外した。
「げほっ……! げほっ……! はぁー……! はぁ〜……!」
新鮮な外の空気を吸って、サニーはむせ返るように咳き込んで、肺に溜まった淀んだ空気を吐き出した。
「一体、どうして焼却炉に……!? 誰がこんな事を!? ……いえ、とにかく今はお身体を休めなくては! 立てますか? ……いえ、それよりも先に水をお持ちしましょう!」
シェイドは予想だにしなかった事態に激しく狼狽しながらも、まずはサニーが第一と彼女の身体を冷やす水を取りに行こうと腰を上げかけた。
「いえ……っ! 待って下さい、シェイドさん……っ! それよりも、話しておかなきゃいけない事が……!」
サニーはお礼を言うのも忘れて、必死の形相でシェイドの服を掴む。
絶体絶命の状況をまたもシェイドに救われたのであるが、今は何よりもまず先に彼に話しておかなければならない。
自分が見た、あの手紙の内容を。
「後にしましょう、まずは貴女の安全が第一です。立てないなら無理はなさらないで下さい。私が……」
「ダメです! 今、あの館には……ヒッ!?」
突然、サニーが引きつったような悲鳴を上げる。
「――ッ!?」
シェイドはサニーの様子から敏感に察して、即座に背後を振り返った。
そこには…………
「――お帰りなさいませ、シェイド様」
いつもと変わらぬ佇まいで、いつもと変わらぬ口調で、いつもと変わらぬ一礼をする…………セレンの姿があった。
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