人喰い鬼・第7話
「ハル、大丈夫か?」
霧斗が部屋に入ると青桐も姿を消した。楓が青白い顔をしている晴樹に気づいて声をかけると、晴樹はハッとして苦笑した。
「大丈夫よ。ちょっと驚いちゃって。あたし、昔から色々見えていたし意志疎通もできたけど、危ないめにはほとんどあわなかったのよね。今思えば幸運だわ」
「そうだな。ハルのようなものは恐らく少ないだろうな。だが、霧斗のようなものをそばにおいておけばこれからも安全とは限らない。霧斗の仕事は時に周りのものを巻き込む可能性もあるものだ」
諭すような楓の言葉に晴樹は苦笑しながらうなずいた。
「そうね。わかってるわ。でも、あたしはきりちゃんに出会えてよかったと思うし、きりちゃんがこの生活が嫌になって出ていきたいと言うまで、追い出すつもりはないわ」
「そうか。ハルらしいな。これも何かの縁だ。ハルは私が守る。だからハルはハルのままでいてくれ」
楓が小さく微笑みながら言うと、晴樹は「ありがとう」と言って楓の頭を優しく撫でた。
部屋に入った霧斗が電話をかけると、意外なことに高梨は数コールで電話に出た。霧斗は楓と青桐から聞いた話を伝え、注意喚起を促すよう頼んだ。高梨はそれに了承すると、今回の依頼料が倍額に上がったことを伝えてきた。
「ただの調査から捕獲、あるいは討伐に内容が変わりました」
「高梨さん、もう報告したんですか?」
驚いたように言う霧斗に高梨は「もちろんです」と答えた。
「こういうことは早いほうがいいですから。その結果、上層部が依頼主に掛け合い内容変更を了承させました」
「依頼料の増額は?」
「そこはさすがに渋ったので、増額分は護星会から出すことになっています。霧斗さんは護星会のメンバーではありませんからね」
少し困ったような声音で言う高梨に霧斗は小さく笑った。
「了解しました。出きる限りのことはします。鬼は力のあるものを狙うようなので、高梨さんも気をつけてください」
「わかりました。何かありましたらまたご連絡ください」
霧斗は高梨の言葉に礼を言って通話を切ると、ベッドにダイブしたい気持ちを押さえてシャワーに向かった。
シャワーを浴びてベッドに入った霧斗がスマホの着信音で目を覚ましたのはちょうど正午になる少し前だった。
「もしもし?」
見慣れない番号からの着信に起き上がりながら出ると、聞こえてきた声は朝まで一緒だった一ノ瀬のものだった。
「小峯さん、一ノ瀬です。今大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。捜査資料の件ですか?」
一気に目が覚めて頭が仕事モードになった霧斗が尋ねると、一ノ瀬は「はい」と返事をした。
「なんとか捜査資料を見せる許可をもらいました。ただ、持ち出し不可なので、署まで来てもらわないといけないんですが」
「かまいませんよ。無理を言ってすみませんでした。百瀬さんと小関さんには俺から連絡します。今日の午後か、明日の午前中でも大丈夫ですか?」
霧斗の問いに一ノ瀬はかまわないと言った。
「今日も明日も俺がいるから大丈夫です」
「では、今日の午後に。なるべく早いほうがいいと思うので。そうだな。3時くらいで」
「わかりました。準備しておきます。時間になったら俺が玄関まで迎えに行きますから」
一ノ瀬の言葉に「お願いします」と答えて霧斗は通話を切った。そのまま百瀬と小関に電話をして今日の午後3時に警察署に行くことを伝える。警察署には同行しない高梨にはメールを送った。
「とりあえず、何か食うか」
着替えをすませて部屋を出ると、リビングのテーブルにサンドイッチとメモがおいてあった。晴樹が霧斗のために作っておいてくれたサンドイッチを食べながら、霧斗はテレビの電源を入れた。
昼の情報番組ではどこも連続猟奇殺人事件のニュースを大々的に報じていた。遺体の状態の惨さ、犯人に繋がる手がかりのなさが話題性を呼んでいた。目新しい情報がない中、その日のコメンテーターにはその土地の伝承に詳しいという大学教授がいた。その教授は人喰い鬼伝説があること、その鬼を封じた社の大岩が突如割れてしまったことを話し、もしかしたら封じられた人喰い鬼が出てきて空腹のために人間を喰っているのではないかと言っていた。スタジオはなんとも言えない空気になっていたが、霧斗はその教授の話に感心した。
「かなりいい線いってるよな。ついでに退治の仕方も教えてくれないかな」
何気なく呟いた言葉だったが、テレビの向こう側の教授は、この鬼は太陽を嫌うという伝承があることを話した。
「太陽…だから昼間は動かない?青桐、お前も太陽は苦手か?」
呟いた霧斗が影に呼び掛けると、顔を見せた青桐は鼻で笑った。
「俺は太陽などなんともない。だが、そうだな。確かに鬼の中には太陽を苦手とするものもいる。太陽の光を浴びれば焼け爛れて死ぬものもな」
「なるほど。試してみる価値はあるか」
人喰い鬼を倒す手がかりを得た霧斗は残りのサンドイッチを口に入れるとすぐに荷造りをしてアパートを出た。今回の仕事はまだ調査だけだったからアパートに帰ってきたが、普段はどんなに近場の仕事でも仕事中はアパートには帰らない。それは晴樹をなるべく危険にさらさないためでもあった。依頼内容が変わった今、そして鬼の目的がほぼわかった今、晴樹のそばにいることは得策ではなかった。仕事中だろうからと依頼が終わるまでアパートが出ること、夜にまた電話することをメールして霧斗はアパートを出た。
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