髪が伸びる雛人形・第5話
サンドイッチとコーヒーで小関が落ち着いた頃、事務室に入っていた霧斗が戻ってきた。
「小関さん、俺の伯父が神社の宮司をしているるんだけど、伯父の神社でバイトをしながら術や妖について学んでみる気はある?」
「え、神社?」
突然のことに小関が驚いた顔をする。霧斗はうなずくと説明した。
「今のままむやみやたらに妖を祓いまくってたらいつかしっぺ返しをくう。その前にちゃんと学んだほうがいいと思う。俺は基本的なことは伯父に学んだから。今連絡したら住み込みで受け入れてくれるそうだけど、どうする?」
「そんな、さっき会ったばっかりの俺に、どうしてそこまで…」
小関が困惑したように言うのも当然だった。霧斗は毛倡妓や高梨を通じて小関の存在を知っていたが、小関からしたらいきなり声をかけてきた怪しい人間に他ならない。霧斗は苦笑すると肩をすくめた。
「実は、俺はあなたのことを知っていたんだ。あなたに祓われかけた妖から聞いていたし、術師の組織に問い合わせたら確かに妖を祓いまくっている人がいるが接触はできていないと言われていた。このままだとあなたはきっと妖たちに狙われるようになる。危険だとわかっているのに見過ごして、あなたに何かあると後味が悪いから」
そう言って霧斗は「どう?」と言った。
「…本当に、いいんですか?」
「伯父はしっかりした人なんで大丈夫だよ」
霧斗の言葉に小関はしばらく考えたあと、意を決したように顔をあげた。
「よろしく、お願いします」
「わかった。じゃあとりあえずこのまま伯父の神社に行ってみようか?」
「きりちゃん、その前にお昼食べていったら?」
春樹の言葉に霧斗は「あっ」と言って時計を見た。
「春樹さん、手伝うからランチふたつ、いいですか?」
「もちろんよ」
しまった、という顔をする霧斗に笑いながら春樹は厨房に入っていった。
春樹の店で昼食をすませたあと、霧斗と小関は小峰神社に向かった。
「すごい神社…」
小峰神社を見た小関が呟く。霧斗は苦笑しながら鳥居をくぐって社務所に行った。
「こんにちは」
声をかけるとすぐに宮司の和真が出てきた。
「霧斗、よくきたね」
「急にすみませんでした」
霧斗が頭を下げると、和真はにこりと笑って首を振った。
「かまわないよ。私はこの小峰神社の宮司で小峰和真といいます」
「あ、小関、翔です…」
自己紹介した和真に小関が慌てて名乗って頭を下げる。和真はじっと小関を見つめるとにこりと笑った。
「霧斗からは見えないけれど祓う力はあると聞いていますが」
「はい。気配はするんですけど、見たことはないです。俺、考古学の勉強をしてたんで、古文書とか読んで、独学で勉強して…」
「なるほど。よく今まで無事でいられましたね」
苦笑する和真の言葉に小関は首をかしげた。
「見えないということはどんなものがそばにいるのかもわからないということです。気配である程度はわかるかもしれませんが、やはり見えないとはっきりと相手を認識できませんから。そして、独学で学んだ術を使っているというのも危険なことです。術には少なからずリスクもありますから。その辺は理解できていましたか?」
和真の問いに小関は困ったように首を振った。
「力の強い妖は術を返すこともできます。返された術はあなた自身に返ってくるんですよ」
「呪い返し、みたいなものですか?」
「そうです。返されるのは何も呪いばかりではないということです」
小関の言葉に和真はにこりと笑ってうなずいた。
「私が基礎を教えましょう。そのあとでどうしたいか、改めて考えてみるといいですよ」
「はい。よろしくお願いします」
今の会話で和真がしっかりした知識を持っていることがわかり、小関は深く頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします。引っ越しとか色々あるでしょうが、うちはいつきてもらってもかまいませんから」
「宮司、では彼のことよろしくお願いします。何かあったら教えてください」
話がまとまったところで霧斗が和真に声をかける。和真はうなずくと懐かしそうに目を細めた。
「宮司?」
「ああいや、お前がうちに来たばかりの頃を思い出してね。彼のことは責任を持って指導するから、安心しなさい」
和真の言葉に霧斗は安心したように笑って頭を下げた。
小関のことは高梨にも報告し、様子をみることとなった。毛倡妓はよほどウサギの中が居心地がよかったのか、なぜか居着いてしまって毎日春樹のアパートで一緒に暮らしながらカフェに出勤している。最初は力が戻れば出ていくかと思っていた霧斗だったが、毛倡妓は力が戻っても出ていく気配がなかった。それどころかなぜか春樹とすっかり仲良くなっていた。
「なあ、お前いつまでここにいるんだ?もうウサギにいなくても実体化できるだろう?」
小関を和真に預けて2ヶ月ほど経ったある日、ちょうど客が途切れて一休みしているとき、霧斗が思いきって尋ねると毛倡妓はウサギから出てきて実態化した。
「私がいては迷惑か?春は好きなだけいていいと言ってくれたぞ?」
「春って、春樹さんのことか?どんだけ仲良くなってんだよ」
知らない間にかなり仲良くなったようだとため息をつく霧斗に春樹がクスクス笑った。
「あたしは全然かまわないわよ?楓ちゃんとのおしゃべり楽しいし」
「楓ちゃん?」
知らない名前に霧斗が首をかしげる。すると毛倡妓がニヤニヤと笑っていることに気づいた。
「まさか、楓ちゃんってお前か?」
「名前を聞かれたのでな」
「ほんと、どんだけ仲良くなってるんだよ…」
思わず霧斗がうなだれると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。取り出すと電話をかけてきたのは和真だった。
「ちょっとすみません」
春樹に断ってから事務室に入った霧斗が通話ボタンを押す。何事だろうと思っていた霧斗に和真は小関が小峰神社を出たと告げた。
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