髪が伸びる雛人形・第3話
霧斗が帰ってきたのはまだカフェが営業中の時間だった。帰ったその足でカフェに入ると、店内には幸い客はいなかった。
「きりちゃん?どうしたの?」
今日は泊まりか帰ってくるにしても遅くなるだろうと思っていた晴樹が霧斗を見て驚く。霧斗は苦笑しながら「ただいま」と言うと、窓際におかれているウサギの人形に目を向けた。
「晴樹さん、あのウサギの人形って何かすごく大事なものだったりします?」
「あれ?大事にはしてるけど、あれはここをオープンしたときに記念に買ったものよ。あのウサギがどうかしたの?」
帰ってくるなり今まで興味を示さなかった人形について尋ねる霧斗に晴樹は不思議そうな顔をした。そんな晴樹に霧斗は依頼先で見つけた毛倡妓の話をし、鞄から風呂敷に包まれた男雛を取り出した。
「この男雛の中に毛倡妓がいるの?」
「そうです。だいぶ弱ってはいますけどね。それで、この男雛は依頼主に返さないといけないので、一旦毛倡妓をあのウサギの人形に入れたいと思ったんですが、どうでしょう?」
オープン記念の品だと聞いて霧斗が躊躇いながら尋ねる。そんな霧斗の思いをよそに、晴樹はにこりと笑って快諾した。
「いいわよ。壊すようなことはしないでしょうから」
「ありがとうございます」
晴樹に礼を言って霧斗は早速ウサギの人形をカウンターに持ってきた。片手で持てるくらいの少し大きめのウサギはふわふわとしてとてもいい手触りだった。
「お許しが出たぞ。こっちに入ってくれ」
カウンターにおかれた男雛に向かい合うようにウサギをおく。霧斗が声をかけると、今まで動かなかった男雛がコロンと倒れた。
「どうだ?大丈夫か?」
『…悪くない。依り代を貸してくれて感謝する』
そう言った毛倡妓の声が晴樹にも聞こえた。
「どういたしまして。何かごちそうしてあげたいけど、さすがに人形じゃ食べられないわよね」
「そうですね。今は実体も保てないほど弱っているので」
霧斗の言葉に残念そうな顔をしながら晴樹はコーヒーを霧斗に出した。
「その人形、今から返しに行くの?」
「いえ、今日はもう遅いんで、明日返しに行きます。確認したいこともあるんで。晴樹さん、ちょっと電話してくるんで、この人形見ててもらえますか?」
「いいわよ」
晴樹がうなずくと霧斗はスマホを片手に事務室に入っていった。
『お前は、私が恐ろしくはないのか?』
ふたりきりになると毛倡妓が声をかけてきた。晴樹はその問いに微笑みながら首を振った。
「怖くはないわ。だってあなたはあたしたちに何かしようとは思っていないでしょう?ヤバいやつっていうのは見ればなんとなくわかるのよね」
そう言って肩をすくめる晴樹に毛倡妓はこんな人間もいるものかと思った。
『お前も祓い屋か?』
「違うわ。あたしはここでカフェをやってるの。カフェってわかる?お酒以外の飲み物を出したりお菓子を出したりするんだけど」
『甘味処のようなものか?』
「まあそんな感じね」
晴樹は毛倡妓と話をしながらふと思い付いたようにウサギを抱き上げた。
「ねえ、あなた女性よね?」
『そうだな』
答えを聞いてにこにこしながら晴樹がカウンターの引き出しを開ける。そこにはテイクアウトしたお菓子を飾るリボンが入っていた。
ピンクのリボンを出した晴樹はそれを花の形にしてウサギの耳につけた。
「うん、可愛い。どうかしら?」
満足そうにうなずいた晴樹がウサギに鏡を見せる。鏡を見た毛倡妓は花の形のリボンをつけて可愛らしさが増したウサギに目をパチパチさせた。
「気に入ってくれた?」
『…悪くない』
素直になりきれずにそんな言い方をする毛倡妓に晴樹はクスクス笑った。
その頃、事務室に入った霧斗は高梨に電話をかけていた。高梨には今回の仕事のことはあらかじめ伝えてある。何か必要になったら連絡をほしいとも言われていた。
『もしもし?』
2コールで電話に出た高梨に霧斗は「霧斗です」と言った。
「高梨さん、今大丈夫ですか?」
『かまいません。何かありましたか?』
仕事が終わったという話ではなさそうだと感じた高梨の声が硬いものになる。霧斗は仕事の途中で弱った毛倡妓を保護したこと、最近隣県で妖を祓いまくっている人間がいることを話した。
「フリーの術師か何かだと思うんですが、何か知りませんか?」
『私の耳には今のところ入ってきていませんが、少しお時間をください。情報を集めてみます』
「すみません。お願いします。明日また依頼人のところに行くので、毛倡妓が祓われそうになった場所に行ってみようと思います」
霧斗の言葉に高梨は『ご無理なさらないように』と言い、何かわかったら連絡する約束をして電話を切った。
「主、その人間に会ったらどうするつもりだ?」
影から顔を出した青桐の問いに霧斗は難しい顔をした。
「穏便にすませたいが、問答無用で祓いまくっているならどうだろうな」
「いざとなったら喰っていいか?」
「それはダメだ。殺したらあとが面倒だ」
霧斗の言葉に青桐はつまらなそうな顔をして影に戻っていった。
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