髪が伸びる雛人形・第1話

 少しずつ暖かくなってきたある日、霧斗は隣県にある町を訪れていた。

 今回の依頼は髪が伸びる雛人形をどうにかしてほしいというものだった。依頼主は若い女性。髪が伸びるという雛人形は依頼主の女性のものだった。高校を卒業してから飾っていなかったそうだが、結婚して女の子が生まれたため、久しぶりに飾ろうと押し入れから出したのだそうだ。そうしたら人形の髪が伸びていた。女性とその母親は人形を捨てようとしたが捨てられず、近くの寺に相談したら霧斗を紹介されたそうだ。その寺は高藤の知り合いの寺で、霧斗は何度か高藤の使いで行ったことのある場所だった。

「この辺かな」

閑静な住宅街。住所と簡単な地図が書かれた紙を頼りに依頼主の家を探した霧斗は、それらしい家を見つけるとインターフォンを押した。

『はーい』

「すみません。小峯霧斗といいます。こちら乾美紀子さんのお宅でしょうか?」

霧斗が名乗るとインターフォンに出た女性は『すぐに開けます』と言って通話を切り、急いだ様子で玄関から出てきた。

「お待たせしました」

「いえ。改めて、小峯霧斗です」

「桜井和子といいます。中にお入りください」

桜井和子と名乗った初老の女性は霧斗を家に入れるとリビングに案内した。

「美紀子、いらしたわよ」

和子が声をかけると、リビングのソファに赤ちゃんを抱いて座っていた女性は立ち上がって霧斗に頭を下げた。

「乾美紀子です。わざわざありがとうございます」

「小峯霧斗です」

挨拶をした霧斗は改めて名刺を差し出した。それを受け取って美紀子がソファに座る。霧斗も向かいのソファに座った。

「すみません。私たちもどうしたらいいかわからなくて」

「混乱するのは仕方ありません。雛人形の髪が伸びていた、ということですが、詳しく聞かせていただけますか?」

美紀子がうなずくとちょうど和子がコーヒーをいれてくる。霧斗の前にコーヒーをおいた和子は美紀子の隣に座った。

「私、今里帰り出産で、ここは実家なんです。生まれたのは女の子で、ちょうどひな祭りも近いねって、初節句だねって母と言っていたら、子どもの頃に祖母に買ってもらった雛人形を思い出して」

「この子が高校を卒業してからは出していなかったんですけど、久しぶりに出してみようかということになって、出してみたんです。そうしたら、人形全部、とても髪が伸びていて…」

ふたりの話を聞いた霧斗はうなずくとコーヒーを飲んだ。

「日本人形の髪には人毛が使われていることがあり、それが伸びるということはご存知ですか?」

「ええ、それは知っています。ですが、伸び方が尋常じゃなくて。箱一杯伸びるなんてあり得ますか?」

「それは、さすがに伸びすぎですね」

美紀子の言葉に霧斗は苦笑してうなずいた。

「人形というのは人の形をしている分、魂が宿りやすいんです。弱い妖が入り込むこともあります。ひとまず、実物を見せていただけますか?」

霧斗の言葉に和子と美紀子がうなずいて立ち上がる。人形は和室の押し入れにしまってあるとのことで、霧斗は和室に案内された。


 和室に入った瞬間、霧斗は背筋が泡立つのを感じた。何かがいるのがはっきりわかった。

「雛人形はそこの押し入れに?」

「ええ、そうです」

うなずいた和子が押し入れを開けようとするのを霧斗は止めた。

「思ったより手強そうです。押し入れは開けないでください。それと、美紀子さんは赤ちゃんと一緒にリビングに戻ってください。和子さん、塩をもらえますか?」

「は、はい」

雰囲気が変わった霧斗に和子と美紀子は慌てて和室から出た。

「青桐、わかるか?」

ふたりが和室から出ると霧斗が影にいる青桐に声をかける。すると青桐は影から半身を出してうなずいた。

「ああ、よくも雛人形なんて小さい物に入れたものだ」

「妖、だよな?」

霧斗の問いに青桐は獰猛な笑みを浮かべてうなずいた。

「俺に喰わせろ」

「人形を壊さないなら喰ってもいいけどなあ」

苦笑しながら言うと、足音とともに和子の声が聞こえた。

「あの、お塩持ってきました」

「ありがとうございます。すみません、今から押し入れを開けて雛人形を出します」

「わかりました」

霧斗の言葉に和子がうなずく。霧斗は和子に廊下にいるよう言って押し入れを開けた。途端に押し入れの中に満ちていた瘴気が溢れてくる。霧斗は腕で鼻と口を覆うと指をパチッと鳴らして場を清めたが、溢れ出る瘴気の前には焼け石に水だった。

「これだな」

押し入れの中にある大きな箱を取り出す。蓋を開けると、そこには真っ黒い毛がぎっしり詰まっていた。

「うわあ…」

さすがに気持ち悪い光景に霧斗の顔がひきつる。毛を掻き分けてやっと人形をひとつ取り出すと、それは髪が伸びた女雛だった。

「こんなに伸びるなんてすごいな。和子さん、これ、あなたが見たときより伸びてますか?」

伸びた髪も全て出して霧斗が尋ねると、廊下にいた和子は青ざめた顔をしてこくこくとうなずいた。

「の、伸びてます…」

「わかりました。ハサミ、借りてもいいですか?」

「え?切るんですか!?」

ハサミと聞いて髪を切るのかと和子が尋ねる。霧斗は「一度切ってみます」とうなずいた。

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