行方不明者と目撃者・第2話
晴樹が刑事と出ていくのを見た常連たちは全員霧斗のもとに駆け寄った。
「晴樹さん、どうしたの?」
「まさか捕まったんじゃ!?」
たまたま今日きていたのは南と桂木、そして高梨と仕事相手の弁護士だった。その弁護士も以前から通ってくれている常連だった。
「とりあえず任意での事情聴取みたいです」
「何があったかわかる?」
高梨の仕事相手の弁護士で店の常連でもある桐原が尋ねる。霧斗は困ったような顔をしながらうなずいた。
「あの刑事たちは行方不明者を探してたみたいで、たまたまここを出ていくのを見たって情報提供があったみたいで」
「その行方不明者というのは確かにきたの?」
「きたはきたけど、あの人はもう彼岸の人です。だから、普通の人には見えないと思うけど」
霧斗がそう言うと高梨が険しい表情をした。
「それは変ですね。行方不明者のことを知っている人の中にたまたま見える人がいて、ここからその人の霊が出ていくのを見た。出来すぎなような気がします」
「俺もです。たぶん晴樹さんもそう思ってます」
「とりあえず私はこれから警察のほうに行ってきます。晴樹さんの力になれるかもしれないし」
「お願いします」
桐原の申し出に霧斗は礼を言って頭を下げた。正直こういう場合の対処の仕方は全くわからなかった。
「高藤さまにもご連絡します。あの方は色々とお顔が広いので」
そう言って高梨も桐原とともに出ていく。残された南と桂木は霧斗を慰めた。
「大丈夫だって。きっとすぐに晴樹さん帰ってくるよ!」
「そうだよ。南くん、とりあえず表の看板をcloseにしておいで」
桂木の言葉で南がドアを開けて掛け看板をひっくり返す。霧斗はふたりに苦笑して頭を下げた。
「ありがとうございます。正直こういうときどうしたらいいのかわからなくて」
「まあ、誰だってそうだよ」
「こんなことが日常茶飯事だと困るからね」
そう言って苦笑するふたりに助けられて霧斗は店の片付けを始めた。
警察署に連れていかれた晴樹は中年の男、笹原にパワハラ紛いの事情聴取を受けていた。どうにも晴樹の口調が気に入らないらしく、若い男、村木がなだめるのを聞かずに晴樹に怒鳴りまくった。
「正直に言え!お前、この女性と何か関係があるんだろう!?」
「何度聞かれても怒鳴られても知らないものは知らないわ。生きているときにこの人が来たことはなかったもの」
呆れたように言う晴樹の視線が時々笹原の顔ではなく肩や背後に移る。そのことに気づいた村木は不思議そうに首をかしげた。
「あの、ちょっとこれとは関係ないんですけど、聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「さっきからちょいちょい、何を見てるんですか?」
村木の言葉に笹原が「はあ!?」と声を荒らげた。
「だって、さっきから笹原さんの顔じゃなくて肩とか後ろ?背中?を見てたりするから」
笹原の態度に押されながら村木が言うと、晴樹は「よく見てるわね」と苦笑した。
「具合が悪くないのかなって思って見てたのよ。頭痛とか肩凝りとか」
「何を急に…」
「そういえば最近笹原さんよく頭痛いって言ってますよね。薬も効かないって」
晴樹の言葉で思い出したように村木が言う。するとさっきまで威圧的だった笹原が急に動揺し始めた。
「な、何を言ってるんだ…」
「あら、自覚症状があるの。だったら早くお寺か神社に行ってお祓いをしてもらったほうがいいわ」
「えっ!?」
思わぬ言葉にさすがに村木も驚いて晴樹を見た。晴樹は苦笑すると笹原に肩のあたりを指差した。
「ショートカットの若い女性。右目の下に泣き黒子があるわ。それに、水子」
「ひっ!やめろっ!」
晴樹の言葉を聞いた途端、笹原が急に立ち上がって怒鳴り始める。笹原は村木が止めるのも無視して晴樹を殴り付けた。
「笹原さんっ!」
殴られた衝撃で晴樹が椅子から転げ落ちる。慌てて村木と書記をしていた警察官が笹原を押さえつけた。
音を聞いて数人の刑事が取調室に入ってくる。笹原はそのまま刑事たちに連れていかれた。
「大丈夫ですか!?」
村木が晴樹に駆け寄り助け起こすと、晴樹は殴られた左頬を押さえながら苦笑した。
「大丈夫よ。何か冷やすものもらえる?」
「あ、すぐに!」
村木がすぐに持ってきた保冷剤を頬に当てながら晴樹は椅子に座り直した。
「すみませんでした。事情聴取中の暴力なんてあっちゃいけないことです」
「まあ、あたしに言われたことに心当たりがあったんでしょうね」
「女の人と水子?でしたっけ?水子ってなんですか?」
不思議そうに尋ねる村木に晴樹は水子が何か説明した。
「水子っていうのはね、生まれてくることができなかった、あるいは生まれてすぐに死んでしまった子どものことよ」
「え?じゃあ、さっきの女の人と水子って…」
「さあ、そこからはプライベートな問題だわ。誠実に対応さえすれば大丈夫なはずよ」
晴樹の言葉に村木は乾いた声で「ははは…」と力なく笑った。
その後すぐ晴樹は解放された。晴樹を解放するよう手続きをしていた桐原は出てきた晴樹の腫れた頬を見て青ざめた。
「晴樹さん!殴られたんですか!?」
「桐原さん、わざわざ来てくれたんですか?」
あわあわとする桐原とは対照的に晴樹はにっこり笑ったが、腫れた頬のせいで痛々しかった。
「事情聴取中の暴力なんて論外です!すぐにその刑事を訴えれますよ!」
「あたしは別に大丈夫ですから。それより、来てくださってありがとうございます」
苦笑しながら頭を下げる晴樹に桐原は首を振った。
「あなたの力になれるなら、なんでも言ってください」
「じゃあとりあえず、一旦お店に戻りましょうか。荷物取りに行かなきゃ」
そう言う晴樹にうなずいて桐原はともにカフェ戻った。
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