祓い屋霧斗

さち

古民家旅館からの依頼・第1話

「おお、なかなかいい感じの旅館ですね」

小峯霧斗こみねきりとは古めかしい外観の温泉旅館を前にしてほうっと息を吐いた。隣にはこの温泉旅館の主である後藤がいる。後藤の手前、下手なことは言えなかった。

「古民家を移築したので外観は古いですが、中のほうはしっかりリフォームしてますよ」

後藤は気の弱そうな笑みを浮かべると霧斗を中に案内した。

 玄関を入った霧斗は軽く周りを見回して目を細めた。

「ふうん。この古民家、結構安かったんですか?」

「ええ。なんでも持ち主はすでに亡くなっていて相続放棄され、不動産屋が買い取ったのだそうです。リフォーム代をこっちで出すなら格安にすると言われて買ってしまいました」

へらっと笑う後藤の話を聞きながら霧斗はため息をついた。

「とりあえず、ここじゃなんですから話ができるところに案内してもらっていいですか?」

「はい。こちらにどうぞ」

後藤はうなずくと霧斗を受け付けカウンターの後ろの事務室に案内した。

「ここが事務室になります。ええと、この中をご案内したほうがいいですか?」

「それはまたあとでお願いします。とりあえずいくつか確認したいことがあるので」

霧斗の言葉に後藤は「はあ」とうなずいて応接セットのソファに座った。霧斗も向かいに座ると、若い女性が茶を持ってきてくれた。

「娘です。うちの経理のほうを任せています」

「どうも」

胡散臭そうな顔をしながら後藤の娘が頭を下げる。霧斗は苦笑しながら会釈した。

「先に確認したいんですが、高藤たかとうの紹介で俺に連絡をくれた、で間違いないですか?」

「はい。高藤さんとは父が知り合いだったんです。この旅館をオープンしたときに来てくださって、そのときに何か困ったことがあったら連絡するようにとあなたの名刺をいただきました」

「なるほど。あの人がやりそうなことだ」

霧斗はため息をつきながら髪をガシガシ掻いた。

「じゃあもうひとつ。この古民家を移築するとき、お祓いのようなことはしませんでしたか?」

「いいえ。していません。この土地の地鎮祭は一応したのですが、この古民家を移築する際は何も。私も気になって不動産屋のほうに確認したんですが、いらないだろうと言われました。担当者はあまりそういうことにこだわらない人のようでしたし」

「まあ、今はそういう昔からの風習は無意味だと思っている人も少なくないですからね。でも、地鎮祭をやっていて助かりましたね。そうでなければ、怪我ではすまなかったでしょう」

「え?」

霧斗の言葉に後藤の表情が凍りついた。


 古民家旅館「後藤屋」をオープンしたのは半年ほど前だった。古めかしい外観と古さを残しつつも綺麗にリフォームされた内装が写真映えすると密かな人気になった。だが、オープンして少しした頃からある噂がたち始めた。

「お化けが出る」

最初は寝ぼけた客の戯れ言だと相手にしなかった。だが、変なものを見ただの、誰かに肩を叩かれただの、客からのそんな話はどんどん増えていった。そういう話題はすぐにネットで拡散される。肝試し感覚で泊まりにくる客が増えたからまあいいかと思っていたら、とうとう怪我人が出てしまった。

 階段からの転落。夜、階段をおりようとしたら誰かに背中を押されたのだという。幸いたいした怪我ではなかったが、警察まで入る騒動となった。階段がある廊下には防犯カメラが設置されていたため、警察と一緒に確認したが、そこには転落した客以外誰も写っていなかった。いや、人は写っていなかった。客が落ちる瞬間、背中を押す白い手だけが写っていたのだ。警察もこれには困惑した。現場検証も行われたが何も出ず、結局客が足を踏み外した事故ということになった。

 納得できないのは怪我をした客である。客が不満をネットに書き込み、それはすぐに拡散された。そして、客足は遠退いてしまった。どうしようかと途方にくれていたとき、父の友人の高藤がくれた名刺を思い出した。その名刺には祓い屋と書いてあった。もらったときはオープンしたてでなぜこんなものをと怒りを覚えたこともあるが、今思えば高藤にはこうなることがわかっていたのかもしれない。昔から得体の知れないところのある老人だった。父は何かにつけて相談していたが、自分はあまり話をしたこともなかった。だが、こうなれば藁にもすがる思いだと、思いきって名刺に書いてあった番号に電話をした。まさかこんなに若い男がくるとは思わなかったが。

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