第26話

短いメッセージだった。


一見してそれが表わす意味が理解できたのだが、一回二回と何度もそのメッセージを目で追い直す。

その度に僕は何か重い物で殴られたような衝撃を何度も受け、手遅れだとしても何かをしなければならないと強迫観念に縛られる。


空が黄色く光り、10秒ほど遅れてドドーンと言う音が聞こえる。

軒下にいても風にあおられた冷たい雨粒が容赦なく全身に降りかかる。


気づけばスマホを片手に走り出していた。

数歩進んだところで全身びしょ濡れになる。


手荒な運転をする車とすれ違うたびに水飛沫を浴びせられた。

空が光り、先程よりも短い時間で衝撃が伝わってくる。

そんなことを気にせず走った。


午前中と打って変わって暗くなった駅への道をただがむしゃらに走る。

手にあるスマホが振動した気がしたが今はどうでも良かった。


この辺りにある大きな病院なんて一つしか無い。

僕は駅に着くやいなや止まっていた数少ないタクシーを見つけ、ドアを開ける。


「お客さんびしょ濡れじゃないですか。ちょっと待ってください。今、タオル渡しますからそのまま乗り込まないでください」 


と慌てる若いお兄さんの制止も聞かず乗り込むと、ああ、やめてほしかったのにと少し悲痛な顔でタオルを渡される。


僕の座席の周りは雨粒を吸って一面濃いグレーに変わっていた。


どこまで? と聞かれたので確証はないが近くの大きな病院名を伝える。


雨の日はどの車も何かにせかされているかのように忙しない。

動いていないと落ち着かない僕と同じだった。


雨の日の病院は駐車場へ入る前の道路で既にタクシーの渋滞の列が出来ている。

僕は、ここからは走って行きます、と二千円を渡し、おつりをもらう前にタクシーから飛び出す。


運転手さんが気を利かせて車内で暖房をつけてくれていたが、再び冷たい雨に濡れ、全身はすぐに身体の芯まで冷え切る。

夏なのに寒いと感じた。


足が重く感じる。

雨で視界も悪い。

風の音が聞こえる。


雷鳴の振動が体を震わす。僕の横を一台の救急車がサイレンを鳴らして通り過ぎ、病院へと入っていく。

僕はその光景が嫌にくっきり見え、気持ち悪かった。

速度を上げて必死に走る。


病院の自動ドアが開くのを待つのですら嫌だった。

たった数秒なのに。


待合場所は思った以上に人がいた。

受付まで真っ直ぐ行き、河井さんについて訊ねる。


僕自身動揺していて、自分が何を喋ったのか、ちゃんと話したいことが口から言葉となって出てくれているのか分からなかった。

受付にはたくさんの空いた椅子があって、自分が力のないちっぽけな存在に思える。


受付の人は僕の様子にとても驚いていたが、彼女の友人であることを伝えると快く彼女のいる部屋の番号を教えてくれた。

やっぱりこの病院であっていたようだった。


階段を駆け上がって河井さんの部屋を真っ直ぐ目指す。

近づくにつれて自分の鼓動が聞こえる。

不安と緊張で脈拍が早くなっていて苦しい。


すれ違う看護師さんの心配そうな顔が見えた。


伝えられた階は雷鳴も聞こえないほど物静かだった。

稲光も建物内の蛍光灯のせいでその迫力を失っている。


河井さんのいる部屋はすぐに見つかった。

電気をつけていないようで音もしない。


僕は一瞬入るのを躊躇う。

急に彼女が変わってしまっていたらどうしようか。

いつもの元気で明るくて、クールで、本当はとても優しくて心は繊細で、可愛らしい彼女が。


僕は手に力を込めて静かにドアを開けた。

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