第40話 気が利かないな。

 五人で笑い合っていたところ、セプトが急に唸り始める。



「どうしたの?」

「いや、一応、ね?」

「ん?」



 私たちは、セプトが意味することに察することができず、きょとんとしていると、カインは訳知り顔になった。

 何を思ったのか、頷くカインを見つめていると、ミントとニーアに呼びかける。



「何?」

「はい」

「ちょっと、外へ出てこようか?お忍びの件も含めて、話したいこともある」



 カイン言葉で、心得たと言わんばかりに部屋から出て行く三人。



「えっ?どうしたの?急に……」

「セプト様、気がつかなくて悪かった!」

「カインは、気が効くな。それに比べ……」



 私だけ、カインが何に気が利いたのか分からず、出ていく三人を見送った。セプトが私を残念な子でも見るかのようにチラッと見てため息をつく。

 仕方がないので、また、窓辺へと戻ろうとしたら手を引かれる。



「はぁ……全く……ビアンカは、我関せずって感じなんだな」

「えっ?私……?さっきから、カインといい、なんのことなの?」

「ビアンカ、昨日正式に俺たちは婚約したんだから、少しくらい気の利いた時間にしてくれてもいいんじゃない?」

「……それでみんな出て行ったのね?」

「そういうこと。やっと、わかってくれた?」



 面と向かって言われて初めて気がついた。セプトは私との時間を作りたかったのだと気付いたら、あまりにも何も考えてなさすぎたことに恥じた。



「お茶、入れ直そうか?」

「うん、いいね。ビアンカが淹れたお茶なんて、なかなか飲めるものじゃないし」

「いつでも言ってくれたら、淹れるわよ?」



 掴まれた手を離してもらい、新しくお茶を淹れ直した。セプトの前に置いて私も席に座る。

 ホッと一息入れると、見つめられていたので、微笑む。優しい微笑みを返され、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。



「どうして、そんなに機嫌がいいの?」

「さぁ、どうしてだろう?」



 私がセプトを好きかと問われれば、好きだが……世間一般の惚れた腫れたの部類ではないことはわかる。私の気持ちなんて関係なく、政略結婚なのだから。ただ、最近セプトから少しずつ向けられる好意は嫌なものではなかった。



「私のこと好き?」

「……むしろ、好きじゃないとかありえないことない?」

「まぁ……セプトのことは、嫌いではないけど、たぶん、恋慕的な好きじゃないよね?」

「これから育てていくって、ビアンカは言っていただろ?」

「育たなければ?」

「それはそれ。政略結婚なんだからと割り切るしかないかな」



 それもそうかと頷く。本来、政略結婚なんて、本人たちの気持ちなんて、考えられるものでもない。

 まさに後ろ盾のない私にとって、国の第三王子であるセプトは1番の縁談といえよう。



「もし、カインと同じスタートラインに立っていたら、ビアンカに選ばれたのは、カインだったかもしれないな」



 ボソッと呟くセプトに理由を尋ねると、意外と鈍いんだな?と訝しまれた。



「鈍いって……カインも私のことを好きなの?」

「そうだろ?いくら恩があると言っても、近衛復帰後にあった陛下の近衛の打診を辞退して、ビアンカ専属になるなんて、まず、何かしらの感情がなければ有り得ない。だいたい、ビアンカには、護衛の必要はないんだろ?」

「まぁ、魔法で常に自分を守っているからね」

「聞いてもいいか?」

「えぇ、いいわよ!なんでも聞いて!」

「そんなに魔力を使っても……その、枯渇ってしないのか?」

「…………」

「どうした?」



 セプトに言われて、私は自分の魔力量を考えた。

 鳥籠を守るもの、自身を守るもの、お茶を入れたり灯りの代わりに使ったり……他にもたくさん魔法を使っていた。以前なら、常駐魔法は、せいぜいひとつしか使えなかったことを思い出す。

 今は、どうか……



「私、魔力量が……増えてる?」



 自身の両手のひらを見て、固まった。魔力量は、生まれたときに決まっている。

 私は……自身の魔力量の上限は、平民と比べてもとても少なかった。貴族に生まれて、魔力量が少ないことで、かなり稀な一人ではあったのだ。さらに、全属性というのもだ。



「魔力量が増えることってあるのか?」

「ないわっ!ないのよ!私は魔力量が極端に少なくて、使うときも節約に節約をして……授業とかでは、火力の大きなものを演習で使わないといけなかったりしたから、友人から借りていたの」

「魔力を借りる?」

「えぇ、私にだけできたの。魔力量が少なすぎる私の2つ目の奇跡だったのよ!魔力量が増えた……いま、どれくらい使えるようになっているの……?わからない……わからないわ!」



 セプトに言われ、初めて気づいた。目が覚めてから、何も考えずに魔法を使ってきたけど……そういえば、カインの剣に魔法を込めたとき、魔力量が少ないから失敗すると思っていたのに、望むような結果をもたらしてくれたことを思い出した。その後すぐに、ミントのナイフにも、同じことをしたのに……枯渇することはなかった。



「気付かなかった。カインの剣やミントのナイフにも、魔法の加護を与えているの。失敗すると思っていたのに、両方成功した。かなりの魔力量が必要だったのに……どう、して?」



 わからないと頭を振っていると、セプトが優しく抱きしめる。



「魔法のことは、何もわからないけど……扱える量が増えたなら……ビアンカが守りたいもののために使えばいい。他の誰かに強要されて使うものでもないから……何かあれば、頼ってくれ。ビアンカを守るのが俺の役目だ」



 日に日に変わっていくセプトの優しさは、とても心地がよかった。私を想ってくれていることが感じられれば、素直に頷ける。

 すると、自然に頬が緩む。大事にされていると気持ちが温かくなるから……



「ん?」

「セプトって、意外と尽くす感じ?」

「いや、そんなことはないと思うけど……」



 抱きしめ返すと、よしよしと頭を撫でられる。その優しさに甘えてしまいたくなった。



「セプト……」

「どうした?」



 見上げると、心配げにこちらを見つめ返してくる。



「……そうしてると、すごく可愛いんだけど?」

「えっ?」

「うん、これは、ビアンカが悪いな。悪いよ!悪い女だ!」



 次の瞬間には、唇が重なる。


 驚きはしたけど……私もセプトが好き……なのかな?


 瞼を瞑り、セプトの首に腕を回し、優しく引き寄せた。

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