第14話 婚約者儀式の打診

 話の切れ目に、ちょうどお茶菓子を持ってきてくれたニーアに、おかえりと迎え入れる。

 小皿に可愛らしくと言うよりは、城にある1番大きな大皿にクッキーが山のように積まれていた。今にもお皿から零れ落ちそうだ。



「それ、どうしたの?」

「厨房に行ったら、こんなに……なんでも、料理長がビアンカ様に出す食事で、いつもお皿が綺麗になって返ってくるのに感動したとかで……」

「皿を舐め回しているのか?」

「失礼ねっ!私も令嬢の端くれよ!食べ物を粗末にしてはいけないと教わっているから、ソースもなるべく食材で綺麗にして食べるのよ。あっ!舐めてないからって、料理長に言っておいて!」

「大丈夫ですっ!ビアンカ様はソースも全て料理に上手に絡めて食べてらっしゃることととても美味しいと褒めていたと料理長たちにはいつも食器を返却するときに伝えてあります」

「それで、その大量のクッキーなのかもね?」



 チラッとセプトの方を見ると、なんだ?と口を尖らせている。身に覚えがあるからか、少し怒ったように返事をしたのだろう。



「セプトも好き嫌いしないで、出された食事はちゃんと食べなさいよ!王子だって陛下の支援があるのだから、しっかり食べてしっかり執務を手伝ってしっかり寝ないと」

「それには、やはり柔らかな……」



 私にやらしい目線を送ってきたので、手を胸の前で交差される。



「着痩せすることがわかってるから、手で隠しても……それに何ヶ月も裸で寝続けて今更じゃないか?」

「ニーア、セプトはお帰りのようよ!」



 そう言うと、ニーアがセプトの椅子を引こうとする。

 その様子を見ていて、セプトは慌てて、待て待てと私を宥めた。



「今日来たのは、お茶を飲みに来た……わけではないが、わけでもある」

「はぁ……どっちなのよ?お茶をのみにきたのなら、要件を先に言ってくれるかしら?」



 ひと睨みすると、ちょっとだけビクッとしていた。蛇に睨まれたなんちゃらだ。



「あ……あぁ……その、婚約の儀式をしないといけないことになっている。ビアンカなら、知っているだろ?」

「知ってって……あの、みんなが見てる中で裸にならないといけない儀式?ふざけてるわ!私、嫌よ!もう、死んだ人間なんだし、意思も尊重もないこの婚約のために、あんな儀式はやりたくない!」



 私は、その儀式を思い出す。

 王子の妃になるには、王子以外の誰とも閨を共にしてはいけない。

 まぁ、普通に考えて、当然のことだ。

 王室とは、血を重んじる世襲制なので、王子の子と違う子が、国の頂になってはいけないからこその決まりごとではあるのだが、できることなら2度とあの儀式だけはしたくない。



「頼むっ!」

「いっ・やっ!」

「頼むって!」

「まだ、何も知らなかった子どものときですら、嫌な思いをしたのに、なんの思い入れもないセプトのために、なんで、大勢の前で裸にならないといけないの?だいたい、愛だの恋だのには、ほとほと愛想も尽きてるわ!結婚するなら、よそで見繕ってきたらいいじゃないっ!私は、お飾りで十分よ!」



 私は、肺に入っている空気と共に、あのときの嫌な想いも一緒に吐き出した。

 全ての空気を吐き出したせいか、軽く目眩を起こしそうだ。慌てて息を吸い整えたが、全力疾走したときのように息が上がる。



「わかった。ただ、儀式は、外せないから。父に事情を話そう。聖女たるもの、無闇にその肌を他人に見せることはいいのか問いかければいいだろう。父もビアンカには、かなり好意的だからね。こうした、ちょっとした休憩の話をしたら、喜ぶんだ」

「そうなの?」

「あぁ、近いうちに会いに来たいと言っていたが、逆に謁見できるようにしよう。ここに閉じ込めて、長くなる」



 セプトは申し訳なさそうにしながら、寂しそうに微笑んだ。



 そろそろ行かないとと言うセプトに、先程のクッキーを持っていってと、ニーアに少しだけ包んでもらう。

 お茶をありがとうとドアに向かっていくセプトの背中に、また、おいでよと言うとニッと笑う。

 子どもみたいな表情を残して、ドアが閉まった。



「殿下って、あんなふうに笑われるんですね。初めて見ました」

「そうなの?」

「えぇ、いつもなんていうか、貼り付けたような同じ笑顔だったので……失礼かと思いますが、感情がないのかと思ってました」

「ふふっ!それはありえないでしょ?セプトって、よく笑ったり怒ったり表情がコロコロ変わるわよ!」



 驚いた!という顔を私に向けてくるニーア。

 ここ以外では、そうじゃないらしい。



「余程、ビアンカ様に心を開いてらっしゃるのでしょうね?あんなに伸び伸びしている殿下を初めて見ましたから」



 そっかと私はいい、例のクッキーに手を伸ばす。

 ちなみに悪意あるものなら食べ物でも感知するので、これは、無害だ。



「ニーアも下がるときにクッキーを好きなだけ持って行っていいよ!」

「いえ……それはビアンカ様のですから……」

「私がいいって言ってるのだから、いいのよ。それに、しばらく、お茶菓子はクッキーになりそうだし」



 セプトに結構な量を持たせたのに、全然減っていないクッキーの山を見て瓶がないか尋ねる。



「何をされるのですか?」

「クッキーは、あのまま置いておくと湿気っちゃうでしょ?」

「えぇ、まぁ……そうしたら、また、焼いてもらえば……」

「せっかくのクッキーが勿体ないじゃない!それに、ニーアが帰るときにも、1日のご褒美に持って行くといいから」

「わかりました。瓶ですね。少々お待ちください」



 部屋から出て行くニーア。

 私は、クッキーを一枚つまみ口に放り込む。優しい甘さがちょうどよかった。

 お茶を飲み干し、立ち上がり、本棚へと向き直る。



「さてと、もうひと頑張りしましょう!」



 私は本棚に向かい、再度、本の選別を始めた。

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