第6話 たくさんの本に、うふふ。
王子を見送った後、コテンとベッドに転がり、さっき起こった突然の出来事を思い出す。
指の腹で唇を押し撫でると、なんだか自分のものでないような気さえした。
「変なの……」
初めての出来事で戸惑いつつも、なんの感情も湧かない私を訝しんだ。
そのまま眠りについたのだろう。
することがなく、ただ、時間が過ぎるのを待つだけの私は、眠ること以外で時間を潰せることは何もない。
「ふぁあ……」
大きく伸びとあくびをしながら起きる。
部屋付きの侍女やメイドがいるが、だらしなくしていたとしても私に対して何かを言うことはない。
質問をしても、わかりかねますかお答えできませんしか言わない彼女たちがあまり好きではなかった。
「ビアンカ様」
そんな彼女たちの中で、初めて向こうから話しかけてきたメイドがいた。
初めて話しかけることに、少しだけ畏怖を感じているのか胸の前で手を組んでいる。
なんだろうとそちらに目をやると、メイドの向こう側に山のように積まれた本が置いてあった。
「あの……」
普段、話しかけないので、私に対して緊張の面持ちで話しかけてくるメイド。
そんなに身構えなくても、私、食べたりしないわ! と言葉には出さず、微笑んで求められている言葉を発した。
「どうかして?」
「第3王子のセプト殿下より、書物の差し入れがありましたが、どちらに置かせていただきましょうか? 置く場所が無くて……」
真っ白な世界に私と侍女やメイド、食事以外で初めて色がついたのは、大量の本や巻物、紙やペンである。
私は、のそのそと起きて、ベッドから滑り降り、ペタペタと歩いて行く。席に座って、その大量の本の方を見た。
「たくさん貸してくれたのね……そうね、そこの机の隣に置いてくれるかしら……こんなに貸してくれるなら、本棚がほしいわね! 王子に頼んでおいてくれるかしら?」
「あの……それは……」
「あぁ、うん、いいわ! 今度、王子が来たときに頼むことにするわ! 本って、一体どんなものがあるの? 一冊、貸してくれる?」
積まれた本の1番上をおずおずととってきてくれたので、手に取ると、確かな重厚感と手触り、古書にありがちな匂いがほんのり香ってくる。
久しぶりに嗅ぐその匂いに、なんだか嬉しくなった。
「ありがとう!」
渡された本をそのままベッドに持ち込んで、ゴロンと腹這いになった。その様子を見ていたメイドは、何か言いたそうにしているが、何も言わず、本を移動させて始めた。
ふふんふふ……なんて、鼻歌まじりに表紙を開く。手触りが最高である。
表紙を確認すると、歴史書だった。
読み始めると流して読むだけで、頭に入ってくる。読んだことも聞いたこともない歴史であるにも関わらずだ。
不思議ね。
まるで、これら全てを見てきて、知っているかのようだった。
「何故、この歴史を知っているのかしら?」
ただ、読んでいくだけなのに蓄積されていた知識が解放されていくようである。
何もしていなかった時間がなかったかのように、次から次へと頁を捲っていく。
最初の一冊を読んだ後、積まれている本を取りに行こうとしたら、すでにサイドテーブルの上に数冊置かれていた。
背表紙を見るからに、バラバラの内容のものであることがわかる。
チラッとメイドの方を見ると指示したとおりに、机の隣に移動させてくれているようだ。
私なら、面倒なので、机を移動させる。それでも、机の隣には変わりないからだが、貴族からの命令なので、そこに置いてある机の横に移動してくれているのだろう。
大量にあった本も、今運んでいる分で全て運び終わるところであった。
「ありがとう!」と声をかけると、驚いたようにこちらを見て、「いいえ」と応えてくれるメイド。
いつもと違う反応をくれることは、今日の出来事の中で何より嬉しいことだ。
二冊目、三冊目と目を通していく。
年代はバラバラなのに、驚くほどストンと自分の中に入っていく本の内容に戸惑ってしまう。
「さっき読んでたときも感じたけど……私、これらの出来事を全て知っている? 見てきたのかしら? 勉強したのかしら? 時代が全て違うから……そんなことないよね? 目が覚めたとき、知らない王子に目を白黒させたのだし……」
今読んだ三冊で、だいたい、この国のおこりがわかった。まだ、百年にも満たない若い王国である。
その前も、その前の前も、その前の前の前も短い周期で王国が変わっており、歴史らしい歴史はなかった。
「周期的に国がかわっているのかしら?」
私は思いを巡らせ、これまで読んだことを、考える。
考えてもかなり先まである話だ。途中で放棄した。
「ところで、聞いてもいいかしら?」
「お答えできることでしたら……」
「お答えね……どうだろう。強要はしないし答えられなかったら、いつものように断ってくれたらいいわ!」
「はい……それならば」
「この国には、聖女伝説があるのかしら?」
「聖女ですか? たしかに、あります」
「……ん? あるんだ。どんなの?」
「聖女様は異世界からいらした方で、魔法が使えるとしか。私たちもビアンカ様が現れるまで、実際に聖女様を目にしたことはなく、御伽噺なのかと思っておりましたので」
へぇーと私は呟く。何冊か読めば、何となく見えてくるものもあった。私はぼんやり指先を見つめる。
「ねぇ、魔法って使えると思う?」
「魔法……ですか? あの御伽噺のドラゴンとかを倒す火や水などの」
「そこまで強力じゃないけど……」
メイドは、私が何を意味して話しているのかわからないというふうで、御伽噺や物語で出てくる大魔法のことしかわからないとようであった。
「日常的な火起こしとか水汲みとか、どうしているの?」
「水は井戸があるので、そちらから水を汲みます」
「……井戸?」
「えっと……私たちは、まず、魔法なんて使えません。そんなことはできませんから、火を使うときは、代々この国にある魔法で作られた火種を絶やさないようにしています」
「もし、絶やしたらどうなるの?」
「絶やしたら……お隣に火を借りに行きます。本当はダメなんですけど……火種ってかなり高級なので、私のような平民には、とてもじゃないですが、手が出せません。お城では、火種は、何ヵ所かにあるので、ひとつダメになっても……って、それがあったら大変なのですけど……」
ハハハ……と、から笑いするメイドに「話してくれてありがとう」とお礼を言う。
「とんでもない!」と返してくれた彼女は、なかなか気さくに話せそうだ。
私は、それから何冊かを窓際に行き読み始める。だんだん、日が沈みかけてきて手元が暗くなってきたので、癖で指をパチンと鳴らす。
すると、すぅーっと、赤い炎が部屋で揺らめいた。
突然、悲鳴が聞こえ、ビックリしてメイドの方を向く。
メイドも暗くなってきたので、蝋燭を取りに行ってくれていたのだろう。その手には、蝋燭が何本も握られている。
扉の前で驚いていたメイドが部屋に帰ってきたときに、私の周りに炎が揺れているのに驚いたようだった。
悲鳴に駆けつけてきた数人の兵士も私の周りに炎が舞っているのに驚いたのか震えている。
「あの、ビアンカ様……その、それは……人魂ですか……?」
メイドは、震えながら火の玉を指さしていた。兵士たちもどうしたらいいのかと戸惑うばかりで一向に部屋に入ってこようとしない。
「これ? ただの明かりよ? どうかしたの? これくらい……って、あなたたちはこれくらいの魔法も使えなかったのね?」
パチンと指を鳴らすと、私の周りは、瞬時に暗くなった。
そうすると、また、悲鳴が聞こえた。今度は、兵士の声も含めてだ。
メイドが持ってきてくれた蝋燭に火を灯す。聞いた話だと、ここでは誰も魔法が使えないということだった。聞いていたが、まさか本当に使えないとは思っておらず、驚かせてしまい、申し訳ない。
私はいつものくせで、明かりをつけたかっただけなので、そんなに驚かれてしまうとこちらも身構えてしまう。
メイドが私の寝そべるベッドに近づき、蠟燭を置いてくれる。私が明かりを取るよりずっと暗いので、本を読むには困る。
これじゃあ、暗すぎて本は読めない。せっかく、この世界を勉強をしているのにだ。
どうしようかと考えていると、そこに聞きなれた声が入ってきたのである。
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