第3話 口を開けば

「あぁ、起きていらっしゃいましたか! 聖女様」



 物思いにふけっていると、いきなり聞き覚えのない声で話しかけられ、ビクッと驚いた。

 振り返ると、ドアの前に漆黒の髪で金の瞳の麗人が立っていて、私を見て微笑んでいる。



「あの、聖女様って……誰のことですか?」



 聖女と呼ばれたことにおどおどと青年に話しかけると、さっきまでの恭しさはなくなり、無遠慮な態度へと変わった。顔も笑顔から一転、不機嫌になる。



「あんたに決まってんじゃん! 目が覚めたなら、よかった」



 はぁっと大きなため息をついて、こちらにゆっくり近づいてくる。



「母上が、早く婚約をしろと煩くて仕方なかったから、重い腰をせっかくあげて、煩わしい公爵令嬢との婚約が決まりかけたと思ってたときに、光輝いて空から降ってくるって、あんた、何ごと?

 着ていた服は血だらけだし、処置しようと近づいたら、どこも怪我なんてしてないし、服はなくなる、侍女や侍医だと近づけないし!」



 こっちが聞きたい。何ごと? と。

 青年が言っていることの半分も理解できず、ただただ、ぼんやりと青年の言い分を聞いていた。



 たぶん、私の記憶が確かなら、既に私の首が、空に向かって飛んだと思うんだ、ギロチンで。

 着ていた服は囚人用の白い服だから、血がついてたってことは、やっぱり落ちたのだろう。私の首が、ごろっと……地面に。


 それにしたって、空から降ってきた? 光輝いていた? どこにも怪我なんてなかった? 私って、死んだんじゃなかったの?


 私の最後の記憶とはあまりにも違う状況と違う事柄、目の前の青年の話が理解し難いこと、その青年が誰だかわからないことで混乱する。

 その金色の瞳を見れば、どこかで見たことあるような気もしないわけではないんだが……と、首を傾げた。



「それにしたって、あんたさぁ、何ヶ月もベッドで眠ってたんだ。それでいて、よく普通に歩けるな?」

「何ヶ月も? そんなはず、ないわ! 普通に歩けるわよ? 私の首と胴体がくっついてて生きているもの!」

「生きているって意味がわかんないんだけど……首と胴体は、普通、離れてないと思うけど? それより、何ヶ月も眠っていたら、筋肉とか落ちるだろ? ずっと、飲まず食わずだったんだし!」

「むしろ肌艶がいいくらい、健康的よ!」



 自分の両手で、両頬を触り、ぷるんとした頬の感触を楽しむ。

 そんな様子を訝しんでいるが、確かに肌艶もいいなと呟く青年。思い出したかのような顔で、じっと見つめてくる。



「あぁ、そうそう、あんた名前は? 年は?」

「……名前を聞くなら、まず、そっちが名乗るべきだと思うけど。まぁ、いいわ。私は、レート侯爵家のビアンカ・レート、18歳よ!」

「ビアンカ・レート? 18? 知らない名前だな? どこから来た? って、空からか」

「どこから……どこからきたのかしら? ちょっと待って、思い出すから……」



 18歳だって? たいていの女の子なら、片っ端から知ってるのに……見たことないんだよなとぶつくさ言っている青年。

 逆に片っ端から知っているということに、私は訝しんだ。



「どこ……うーん、思い出した! ティストっていう国のレート侯爵家よ? 知らない?」

「知らねぇーな? ティストっていう国も、レート侯爵家も知らない。それより、こっちは困ったことになってる。あんたが空から降ってきたせいで、せっかくの公爵令嬢との縁談は反故にされた上に、得体もしれないあんたとこの国の王子である俺が結婚しないといけなくなった! ほんっと、嫌になるぜ……こんなわけもわからない女と結婚だって、陛下もとうとう耄碌してんじゃねぇーぞって……って聞いてるのか!」

「えぇ、それなりには……」



 私は、興味なさげにぼんやりしていると、その様子を見ていた王子が呆れたようななんとも言えない雰囲気で私を見下してくる。



「それなりにって! 俺、この国の王子な? 侯爵令嬢のあんたより偉いわけよ?」

「そんなことより、あなた、さっきからこの国の王子だっていうけど、私の知っている王子とはずいぶん毛色が違うわ! 一体、誰なの?」

「誰って……この国の王子だってさっきから……」

「私、あなたのことも何もしらないのよ! あなたは、誰? この部屋は、何? 私の世話をあなたがしてくれていたの?」



 矢継ぎ早に問い詰めると、王子という青年が怯んだ。

 どんどん近づいて行って、今ではもう体がくっつくくらい近い。

 のけぞってる相手にさらに近づけば、この王子……遊び慣れているのだろう。逆に王子の腕の中に閉じ込められてしまった。



「んな、次から次に言われて答えられるかってんだ。だいたい、王子に対して、質問攻めは失礼だろ?」

「失礼だと思えば、謝るわ! 今のあなたの方が、聖女らしい私に対して、よっぽど失礼だと思うんだけど?」



 離してと王子の腕を振り解くと、私は近くにあった椅子に座る。

 薄い夜着しか着ていないので、王子とは一旦距離を置くことにしたのだ。



「ふぅーん、危機管理は、多少あるんだ?」



 私をなめたような口ぶりで、じっとり無遠慮で見てくるが、その視線を無視し、テーブルの反対側にある席をすすめる。



「なんのことだか? あなたもそこに座れば? 話くらいなら聞いてあげなくないわよ!」



 私はさっきの話の続きを横柄な態度で促すと、用意されている椅子に、どかっと王子も座った。

 机に頬杖をつき上目使いに見つめると、じっと見つめ返してくる。

 寝起きの私は、あまり頭が回ってないのだけど、今、唯一の情報元であるこの王子から何が聞けるのか不安を胸の内に隠しながら、王子が口を開くのを待つ。


 私に一体何を語ってくれるのだろうか?


 少しだけ身構えたことを悟られないように、背筋を伸ばし座り直すのであった。

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