2、ダルダ殿下と私



 初めてダルダ殿下とお会いした時、私が何と言われたと思います? 互いに幼い頃とは言え六歳ですもの、事前にこうするよう親に聞かされれば素直に聞きますでしょう。婚約する際に私は王宮に両親と共に呼ばれ、王族に対しての挨拶の仕方も事前に学んだ通りに行いました。緊張もしておりましたが、笑顔のままで出来る限りのカーテシーをお見せしたのですわ。そんな私を見たダルダ殿下は、


「気色悪い」


 そう吐き捨てたのです。場が凍るとはまさにあの時のことを言うのでしょうね。ダルダ殿下の方だって事前に注意されていた事だってあったでしょうに。国王夫妻の取り成しでどうにか収まりそのまま婚約と相成りましたが、両親は始終笑顔でものすごく怒ってました。可能なら即座に婚約は無かった事として退室したかったと後になって聞きましたわ。自慢の娘だと私を認めて下さる両親ですもの、ええ、私にとっても自慢の親ですわね。


 その後も酷かったですわ。会えば顔を歪めて近寄るなと言われ、会話しようと話し出せば声がうるさいと言われ、何かを贈ればその場で捨てられる。そうそう初めて手作りの品を贈ったのは七歳の時でしたわね。贈った物は私が刺繍した花のハンカチ。何度も失敗し、どうにか上手く出来た物をお渡ししたのです。幼くとも婚約者ですもの、商品として購入した物より、自ら手掛けた物を贈りたかったのです。それならきっと受け取って貰えると信じて、ね。結果は、踏みつけられて終わりです。ええ、ダルダ殿下にですわ。


 成長してからもそう。婚約者と交流を図る為のお茶会さえ、ほとんど私がお茶を飲む時間となりましたわ。パーティーでのエスコートも時間ギリギリまで来られませんし、ダンスも一度踊ればそのまま離れておしまい、送迎なんてあり得ませんでしたわね。手紙も必要がある時ぐらいで内容は簡潔な要件のみ、それも学園に通うようになってからピタリと止まりましたわ。


 ダルダ殿下から贈られた物? 一応ドレスやネックレスはありますが…私の好みの物ではありませんし、ダルダ殿下が選んだ物ではなく側近の方が適当に選んだ物でしょうから、身に着けた事はありませんわね。…あ、いえ、一度だけですが身に着けた事がありましたわ。赤いドレスだったと思いますが、ダルダ殿下には派手過ぎて痛々しい、と言われただけでした。ええ、例え選んだのが側近の方だったとしても、その赤いドレスは確かにダルダ殿下から贈られた品物でしたのよ、うふふ。


 そんな態度を続けられれば、いかなる乙女でも現実を見るモノでしょう? 私はダルダ殿下に愛される事も、愛する事も諦める事に致しました。信頼している両親に相談してみても同じ結論でした。婚約自体は王命でしたので侯爵家と言えど一貴族ではどうにもなりませんし、このままダルダ殿下と結婚したなら私はどうしたらよいのか。浮気は論外として、他に愛し愛される、そういう関係はないのか…そう考え、悩みに悩んだ先の答えが、この国でしたの。


 いずれ王妃となるのですから、国を一番と考えるのは当然の事です。なら、私が国を愛しその愛を注げば、巡り巡って国からも大事にされ愛されるのではないか。愛する国の為ならば不出来な夫である王を支える事も苦にならず、国に愛される努力ならばいくらでも出来ます。なんて素晴らしいのかしら。まさに理想の相思相愛ではないでしょうか。そう思いませんこと? あら、子供らしくないとおっしゃるの。いつまでもあり得ない夢に憧れるような女では王妃は勤められません事よ? …とは言え、私もさすがにそんな決意が固まったのは、私の十二歳の誕生日でしたわ。


 その日、ダルダ殿下からは花束が届きましたの。メッセージカードもありましたが、『おめでとう』とだけ。文字だってダルダ殿下のモノではありませんでした。ええ、それも毎年の事ですわ。そしてそんな花束を見て私は思ったのです。真実、殿贈られたモノは一度としてなく、だろうと。


 きっかけとしては些細な事かもしれません。ですが、それまでの積み重ねてきた事が私にそう決意させてくれたのですわ。両親にもその決意を伝え、両親から国王夫妻にも伝えて頂きました。後日、国王夫妻からは遠回しに謝罪のようなモノがございました。国の上に立つ方々ですもの、そう簡単に謝罪など出来る事ではありませんので、形はどうあれあの時は驚きましたわね。具体的にどんなモノだったか? うふふ、それは後でお話ししましょう。

 


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