志帆Side:水は砂漠では賜だが溺れる者はそれを罵る

 どーすんのこれ。


 私、根屋志帆ねや・しほは、突拍子もならないことを言い出した友人を前に、どう反応したらいいのかわからず、呆気にとられていた。


 あの学年でも頭飛び抜けて美人で垢抜けた存在としてカーストトップに君臨するレイコが、自分の恋に無自覚どころか、魔法がどうとか思わず耳を疑いたくなるほどの摩訶不思議なお子ちゃまめいた発言をするなんて……。

正にあきれて言葉がでないってやつ。


「そーいえば山代のやつ、今何してんだろ。あいつの話題話してたら、ちょっと気になっちゃったかも」


 と、困惑する私とマミを余所に、レイコがまるで恋煩い中の少女みたいなこと言い出してスマホを手に取ったかと思うと、


 ――パシャ。


 何故かフラペチーノを片手にキメ顔で自撮りをし始めて、


「レ、レイコってば急にどうしたの? 今の流れはどう見ても山代にライムを送る感じだったよね?」


 その行動の一貫性のなさに目を丸くさせた私は、思わずつっこまずにはいられなかった。


「ん? そだよ。だからこうして、あたしの今を撮ってるんでしょ。向こうに聞くんだから、こっちも自分のこと伝えるのがエチケット的な。んで、百聞は一見って感じで写真送った方が早いよねってこと」

「へ、へぇー。そうなんだ……」


 何この私が間違ってるとでも言いたげな空気。絶対に違うから。


 レイコってば、そんな男子に自分からライムを送るような女の子じゃなかったですやん! 

 それも自撮り写真付きとか――妙な屁理屈重ねてたけど、ようするにそれ、あたしを見て欲しいアピールってことでしょ。


 桜星高校に入学してレイコと出会って一年半、こんなレイコを見るのは少なくとも私の知る限りでは今回で二度目。一度目は先週の日曜この面子で遊びに出かけた時のこと。うん、察しの通りお相手は、たぶん山代だ。


「レイコって最近よく山代とライムしてるよね」

「まーそうだけど。つーか、二人だって山代としょっちゅうライムしてるんでしょ。なのに、あたしだけしないってのも何か違う気がするじゃん」


 面白くないとばかりにレイコが顔を少しムッとさせる。一体何が違うのやら。


 そりゃ、たまに愚痴とか暇つぶしにからかいのライムと送ったりしたことはあるけどさ。しょっちゅうってわけでもないし、間違っても自撮りなんて一度も送ったことないから!


 にしても、レイコが山代をクラスメイトとして視認するようになったのってたぶんあの少し前の席替えからだよね。いくらノゾミとの騒動があったとはいえ、あの攻略不能な不沈艦として名高いレイコをわずか十日足らずここまで落としたってことでしょ。数多のイケメン男子が挑戦しては玉砕してきた難行を、ぱっと見フツメンでただの陰キャぼっちにしか見えない山代がさくっりと達成しちゃったっていう……。

 あいつ、ひょっとしてガチでスゲーやつなのかもしれない。


 というか話は戻るけど、マジで私はどうするべきなんだろ。


 それは魔法は魔法でも恋の魔法ですよともっと強く言って気付かせてあげるのが、きっと友人としてはベストな選択なんだろうけど……。

 うーん、さっき一度あっさり否定されたのもあって、私の本能的な部分が面倒くさいことになるから角に干渉せず温かく見守って上げるのが無難だぞと、訴えかけてる気がしてならないんだよね。


「あ、山代からライムが返って来た」


 にやっと口許を歪めウキウキとした様子でスマホを操作するレイコ。

 これでもし山代が『今女の子とデートしてます』的なにおわせを返してきたら、レイコは一体どんな反応をするのだろうか。今まで男に言い寄られたことは腐るほどあっても自分から言い寄ってる姿を全く見たことないだけにすこーし気になるけど、ま、現実的に考えてあの山代に限ってそんなことは――


「ふーん」


 スマホを見ていたレイコが眉間に皺を寄せ、至極つまらなそうな表情になった。

 ま、まさか、山代のやつガチで女の子とデート中なのかっ!?


「ど、どうしたのレイコ?」

「いやさー、別にどうでもいいんだけど、山代のやつ今、教室で委員長と二人きりで文化祭の打ち合わせしてるんだって」


 怖ず怖ずと尋ねたマミへそうつまらなさそうに答えたレイコは、どう見ても別にどうでもよさげな表情ではなくて。

 そんなツンデレみたいなレイコを前に、シホは若干顔を引きつらせながら言葉を返した。


「あー文化祭って、いっくんあれか。そういえば今日の文化祭実行委員決めのクジに見事に当たっちゃってたよね」


 文化祭実行委員。それは各クラスで男女それぞれ一名を選出しての、文化祭を盛り上げるために頑張る、青春の思いで作りにはもってこいの委員――というよりか、ぶっちゃけクラスと生徒会の橋渡し役として露店や出し物の予算をもらってきたりとか、文化祭当日は見回りをしたりなど、まぁ超絶面倒くさい体のいい雑用係である。


 ま、当然進んでやりたがるような物好きなどいるわけなく、今日のホームルームでは立候補の現れない沈黙の時間がしばし続いた後、男女に別れて恨みっこなしのくじ引き大会が始まったわけなのだけど――そこで光栄なことに見事男子代表になったのが山代だ。


 ちなみに桜星高校の文化祭は夏休み明けのすぐ。流れて的には夏休みまでに露店とか諸々やりたいこと決めて生徒会に申請書を提出し、夏休みを利用して諸々の準備するって感じ。つまるところ文化祭実行委員になったら夏休みに学校に出てこなきゃいけないことが確定するのが、これまた不人気な理由の一つでもある。


 そして、女子側で不幸にも当たりくじを引いちゃったのは、委員長こと私らのクラスの学級委員長も務める柏木小春かしわぎ・こはるさんだった。


「山代のやつ、今日早速文化祭実行委員会があるとは言ってたけど、この教室で二人きりでどうこうってのは別にやらなくてもいいことだよねきっと」

「おやおや、どうしたのレイコ? なんか言いたげな顔して」


 これで自覚するなら幸いだとばかり、私は茶化すような笑みを浮かべてはっぱをかけた。


「そりゃあ、だって心配じゃん」


 お! これはひょっとして――


「だって相手はあの誰にでも笑顔で優しい委員長でしょ。そりゃ誰にも優しくて笑顔でいられるってのはあたしじゃ真似出来ないし、委員長の長所であって凄いことだと思うよ。でも、そのせいで自分に気があると誤解した男子からの告白が後を絶たずに困ってるって話だし。ほら、そんな委員長とあの女性慣れしてなさそうな山代が二人きりだとか。他の男子同様、変に誤解しちゃって後々ショックを受けないか心配で心配で」


 違ぁううう。そうじゃない、私の欲しかった解答はそんなのじゃないんだ。

 何かそれっぽい正論みたくなってるけど、レイコがそんな不安そうな顔してるのは、絶対他に理由があるからね。はやいとこ気付こうよ。


「まぁ実際、こはるんはいっくんみたいな陰キャぼっちにとって理想像というか、もう正にテンプレ要素をひたすら詰め込みまくったザ・清楚キャラって感じだからねー。そりゃ男子ウケは強いよ」


 マミがコーヒーを飲みながらのほほんとそう語った。


「ふーん、山代ってああいうのが好みなんだ。ま、別にあいつの好みとかどうでもいい話だけど」


 目を細めたレイコがあからさまに不服そうな顔で頬杖をついた。

 柏木といえば黒髪ロングでお淑やかな性格と、金髪で男子すら戦慄くレベルに気の強いレイコとは月と太陽レベルにかけ離れた存在だからそりゃもう面白くないことだろう。


 仕方ない。少しはフォローいれといてあげよ。


「でも、それって世間一般的に女の子に夢見がちなオタク系男子がそうってだけで、山代もそうとは限らないじゃん。案外、私らみたいなギャル系が好みかもしんないし」

「……シホさ、それ本気で思ってるわけじゃないでしょ」

「へ?」

「この前のファッション勝負の時、山代の好みってお題でシホってば迷わずオタク受けしそうなゴスロリコーデ選んでたわけじゃん。それで山代からかわいいって言ってもらったわけでしょ。かわいいって」

「あ、それはまぁ……にはは、そうだったね」

「言っとくけど、あたしは一度も山代にかわいいとか言ってもらったことないんだから。ズルだからね。ズル」


 頬をぷくっとさせ拗ねたような顔でレイコが私に抗議の眼差しを飛ばす。


 う、嘘でしょ。


 みんなでいる時に街で男達から声かけられたりとか、一緒に合コン行った時もそうだけど、大概はレイコ目当てで私なんて眼中になく、いつもレイコばかりズルいとか、持ってるレイコには絶対私の気持ちは理解出来ないとか少しふて腐れたりした時期もあったけど、そんなレイコがズルだとか、まさか私に対して同じような嫉妬の視線を向けてくる日がくるだなんて……!


 これってあれだよね。

 いわゆる、水は砂漠では賜だが溺れる者はそれを罵る的なやつ。

 いらないものは簡単に手にはいるけど、本当にほしいものはどんなに手をのばしても手にいれられないって感じの。……ふふっ

 胸中で思わず苦笑が漏れる。

 そう考えるとちょっと不謹慎だけど、レイコも私と同じ人間なんだなってつい嬉しく感じてしまったのだ。


 ま、ひとまずは友人としてレイコの恋を温かく見守るスタンスでいきますか。

 ぶっちゃけ山代の方はレイコのことどう思ってるかさっぱりだし、下手に刺激するより二人の速度に任せるのが一番ベストでしょ。


 ま、今更この二人の間に邪魔が入ることは早々なさそうというか、流石に柏木まで山代に惚れるってことはありえないだろうしさ。

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