第24話「プリンパニックと間接キス」

◇ ◇ ◇


「さあ、召し上がれ♪」


 テーブルには、ひとつだけプリンが置かれていた。

 そう。ひとつだけである。

 しかし――。


「な、なんなのこのプリンは!? ホワイ? 日本人は未来に生きているの!?」


 目の前にあるのはバケツサイズの巨大プリンだった。

 西亜口さんは驚愕の声を上げて動揺していた。

 というかホワイって英語じゃないか。つくづくロシアっぽさがない。


「あはは、初めて見るとショッキングかもねー」

「まぁ、そうかもな……」


 これまでに何度か梅香さんの作った巨大プリンを食べてきたので、俺たちが動じることはない。


「これは夢? ジャパニーズプリンドリーム?」


 西亜口さんは謎の英単語を口にしながら巨大プリンを興味深そうに覗きこむ。


「夢ではないわよ♪ たーんとお食べ♪ はい、スプーン♪」


「にゃあぁあーーーーん♪ こんな大きなプリンを食べられるにゃんてーーーー♪」


 西亜口さんは渡されたスプーンを手に取ると、猫モードになってものすごい勢いで巨大プリンを食べ始めた。

 理性が吹っ飛んだらしい。恐るべし、巨大プリンの破壊力。


「あらあら♪」

「あはは、西亜口さん豪快ー!」

「うん、すごい食べっぷりだな……」


 西亜口さんはプリンに夢中で俺たちの声は届いていないようだった。

 俺たちのぶんまで食われているが……まぁ、よしとしよう。


「大丈夫よ♪ 予備もちゃんとあるから♪ ……よいしょっ♪」


 梅香さんは冷蔵庫からさらなるバケツプリンと巨大な皿を持ってくると、バケツの底をドンッと叩いて巨大プリンを皿にのせた。

 こんな巨大プリンをふたつも作っていたとは……。


「祥平くんと里桜で半分こしなさいね♪」


 ナイフとスプーンを手渡されたところで、プリンを貪っていた西亜口さんの動きがピタッと止まる。


「ハッ……!? わ、わたしとしたことが意地汚くプリンを独り占めしてしまうだなんて……! しょ、祥平、ほら、半分あげるわ!」

「えっ!? いや、でも」

「このまま我を失ってプリンを独り占めしていたなんてことになったら西亜口家末代までの恥よ! ほら、食べなさい!」


 西亜口さんはプリンがのったスプーンを、そのまま俺の口に突っこんだ!

 って、えぇえええええええ!?


 西亜口さん、自分の口に突っこんでいたスプーンを俺に!?

 もろに間接キスだ!


「ちょおっとぉ!? 西亜口さん! 祥平と間接キスになってるってー!」

「あらあら♪ 大胆ねぇ~♪」


 北瀬山家親子に指摘されて、西亜口さんの動きが止まった。


「…………ふぇ……? ふにゃっ!? にゃにゃにゃにゃにゃ~~~~!?」


 西亜口さんは珍妙な鳴き声を上げながらパニック状態に陥った。

 しかし、もうスプーンは俺の口の中にしっかり入っている。


「は、吐き出しなさい!」

「んぐっ!? ごくんっ……!?」


 勢いよく顔を近づけて迫ってきた西亜口さんに驚いた俺は、逆にプリンを呑みこんでしまう。


 カップラーメンをシェアしているとはいえ、今回はもろに西亜口さんの口に入っていたスプーン! なんということだ!


「にゃうぅうぅう~!」


 西亜口さんの白い肌が、みるみる赤くなっていく。

 やはり西亜口さんにとっても、今回の間接キスは恥ずかしいらしい。


 そりゃ、そうか。しかも、里桜と梅香さんに見られながらだからな!

 俺だってメチャクチャ恥ずかしい!


「はにゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 西亜口さんはスプーンから手を離すと奇声を発しながら立ち上がった。

 そして――。


「帰るにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 西亜口さんはテンパったまま、そのまま猫のような素早さで逃走した!


「あらあら♪ 青春ねぇ~♪」

「あ、待ってよ、西亜口さんー!」


 しかし、西亜口さんの逃げ足は速い。


 あとにはスプーンを咥えたままの俺と里桜と梅香さん、そして食べかけの巨大プリン(といっても半分ぐらいまで減っていた)が残されたのだった……。


「うふふ♪ 西亜口ちゃんの残したプリンはおかーさんがいただくわねぇ♪ 美少女の食べ残しをいただけるなんてラッキーだわ~♪」


 梅香さんも、なかなかフリーダムだな……。

 というか、ここは西亜口さんを追うべきなのかどうか……。


「ど、どうしようー……」


 里桜も迷っているが、あの状態の西亜口さんを連れ戻すのはやめたほうがよさそうな気がする。というより、まずはこの咥えているスプーンをどうにかせねば。


 俺はスプーンを口から出した。

 というか、本当に俺、西亜口さんと濃厚な間接キスをしてしまったんだな……。

 今さらながら、羞恥のあまり体温が上昇していく! 頭が沸騰しそうだ!


「ちょっと祥平~。なに顔赤くしてんのさ~? 間接キスなら子どもの頃にあたしと何度もしてるじゃんかぁ~? よくプリン半分こしたりしてさ~」


 里桜が恨めしそうな声を出しながら、俺のことを睨んでくる。


「い、いや、それとこれとは別というか……」

「別ぅ~~~?」


 里桜の目が据わっている!?


「なら、これでどう!?」


 里桜はスプーンを手に取ると手つかずだった巨大プリンを突然すごい勢いで食べ始める。


「は? え? 里桜?」


 里桜の意味不明な行動にあっけにとられる俺。

 なぜ、ここで巨大プリンを食べ始める?


「ほら、祥平! 口開ける!」

「へ? 口? なんで?」

「いいから!」


 わけがわからないまま口を開くと――。

 そのまま里桜はプリンをスプーンですくって俺の口に入れた。


「んぅう!?」

「ほら、食べる!」


 えぇえぇえええええええ!?

 今度は里桜から間接キス!?


 驚いたものの、ここで吐きだすわけにもいかない。食べ物を粗末にできない。

 俺は仕方なくそのままプリンを飲みこんでいった。


「あらあらあら~♪ 里桜も大胆ねぇ~~~♪」


 そんな様子を梅香さんは楽しそうに見ていた。

 ……って、これどういう状況だ! なんで連続で間接キス!?


「祥平、あんたやっぱり西亜口さんにデレデレしすぎー!」


 俺の口からスプーンを引き抜くと、里桜は再びプリンに突っ込んで今度は自分の口に運んでいった。


「ちょ、俺の間接キス!」

「いいでしょー! 減るもんじゃないしー!」


 里桜は怒ったように言いながらプリンを食べていった。


「えーと……」


 俺は、どうすればいいんだろうか……。


「うふふ~♪ 青春っていいわねぇ~♪ もぐもぐ♪」


 そう考えている間にも梅香さんはニコニコしながら西亜口さんの食べ残したプリンを食べる。里桜もヤケ食いのように目の前のプリンを食べ続けている。


 やはり北瀬山親子はフリーダムだった……。

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