☆20

 別世界に来て、アリスは料理を覚えた。講師はチチカカ。こぢんまりしたレストランをいつか開業したいと目論むチチカカの腕は、確かだった。

 チチカカの部屋で、二人は夕食にクリームシチューを作った。テーブルに向き合い、パンとクリームシチューの夕食をとる。現実世界のものより数倍おいしいと、アリスは感じた。

 食事が済んだタイミングで、アリスは切りだす。

「悪いことをしてフシギノクニの外へ逃げる人って、いないのですか?」

「ここは高い壁に囲まれているからね。見張りの目もあるし。ただ……」

「ただ?」

「唯一脱出したつわものがいるんだ。守備隊の中に」

「どうやって?」

「トランプタワーの屋上に気球があるらしくて、それに乗って。その後は行方知れずさ。乗り捨てられた気球は見つかったみたいだけど」

「行くあてがあったのですか?」

「どうかな……。フシギノクニみたいな町が、世界のどこかにあるらしいけど」

「逃げ出して、その町が見つからないと……」

「おそらく荒野をさまようことになるだろ。あげくに野垂れ死にさ」

 やはりフシギノクニを飛び出すのは、無謀だろうか。

「チチカカさんは一生ここで暮らすのですね」

 チチカカは肩をすくめ、

「そうするつもりさ。ここの問題は大女王だけ。極度にびくびくしてるやつもいるけど、怒らせないように気をつけていればいいんだよ」

「でも、トランプ兵の監視もありますよ」

「あいつらは大丈夫。弱点もあるしな」

「何ですか、弱点って?」

「ひっくり返ったら、なかなか起き上がれないんだ。あの体型だから」

 平べったい胴体に対し、手足はそう長くない。ぱたんと仰向けに倒れたら、自力で立ち上がるのは難しそうだ。

 腹を上にしてもがくカメの図が浮かぶ。

「しかも風を受けやすいだろ。いつか強風が吹いたときバタバタ倒れまくって、上を下への大騒ぎだったよ」

 二人は声を上げて笑った。

 チチカカはアリスの肩に手を置き、

「アリスもフシギノクニの住民になったんだから、ここが終の住処となるさ」

「……そうですね」

 そしてウサギは一生を寒くて狭い牢獄で送ることになる。そういう運命。そういう人生。幸せとは無縁の生涯。

 アリスは目を伏せ、押し黙ってしまった。

 ………… 

 チチカカの部屋からの去り際、アリスは玄関で振り返り、

「チチカカさんにお願いがあるのですが」

「なんでも」

「わたしに格闘技を教えてくださいませんか?」

「いいよ。でも、どうして?」

 アリスは唇を引き結ぶ。

「強くなりたいんです」

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