☆17

「わたくしを馬鹿にしているのですか?」

 トランプ大女王は作品から顔を上げ、突風のような鼻息をアリスの顔に浴びせかけた。

「そんなことはありません。一生懸命、描きました」

「嘘おっしゃい。こんな鼻くそほじりながら描いたような絵が」

 作品はくしゃくしゃのゴミ屑となって、アリスの足元に投げ捨てられた。

「大女王様は……絵を見る目がないんじゃないですか?」

「なんですって?」

「今すぐわたしの絵を理解できる人を呼んでください。大女王様に見せても時間のムダです」

 トランプ大女王は玉座から立ち上がり、大股でアリスに迫った。

「よくもわたくしを侮辱したね! アリス、あんたを斬首刑に処す」

 不穏な音楽が流れだす。チェーンソーの爆音と共に、メカジキ頭の首切り役人・サンソンが乱入してきた。

 アリスはトランプ兵に取り押さえられ、悲鳴を上げる。ブンブンとチェーンソーを振り回し、サンソンが近づいてくる。

 血だまりの床には無数の生首が転がっていて、みんなアリスを見ている。その眼は赤く光っている。

 アリスは狂ったように叫び続ける。チェーンソーが頭上に振り上げられる。


 ――という類の悪夢を、連日見るようになった。


 初仕事は、これっぽっちも進んでいない。絵を描く自分を想像するだけで、手が震えてしまう有様だ。

 チチカカに「気分転換してこいよ」と肩を叩かれたが、何もやる気が起きなかった。

 幾日か過ぎた。再びアリスの部屋にハートのJが姿を見せ、仕事の進捗状況を訊ねた。適当にごまかすと、ハートのJは去り際、「期待を裏切らないように」と言葉を残していった。

 もう逃げられない。アリスはようやくスケッチブックを開いた。

 試しに描き始めると、思いのほか没頭した。描ける。気分が高揚する。手を止める。気分が落ち込む。色を塗る。夢中になる。中断する。憂鬱になる。

 何とか完成した作品。母ババヌキに抱かれる生後間もないトランプ大女王。

 アリスは重い足取りで初めての納品に向かった。

 現れたハートのJに絵を差し出すと、大女王へ直接手渡すように言われた。

「自信がないんです。ハートのJさん、まず絵をチェックしていただけませんか?」

 ハートのJは即席の美術鑑定士となり、作品を丹念に観る。

「色づかいが緻密だし、構図も配色もバランスがいい。赤子の大女王様へ視線をいざなうように工夫して描かれている。これなら問題ない」

 太鼓判を押され、アリスは笑みをこぼした。

 謁見の間。お辞儀をしながら、祈りを込め、大女王へ作品を献上する。

 背水の陣。これでダメ出しを言い渡されたら、落ち込むどころでは済まない。もう二度と絵が描けなくなる。

 トランプ大女王は作品をしげしげと眺め、作品を吹き飛ばさんばかりの鼻息を放出した。アリスに目をやり、たっぷり間をおいてから、

「いい出来じゃない」と言った。「二万キャロルで買い取りましょう」

 ハートのJはそっとアリスに微笑みを寄越す。

「ありがとうございます!」

 大女王に抱きつきたい衝動を堪えつつ、深々と頭を下げた。

 帰り際エントランスホールで、アリスはフリルをひらつかせ、軽やかに踊りだした。可憐な青い花の群れがアリスを囲み、共に舞っている。

 相好を崩しっぱなし。元気な子供よろしく広場を駆ける。

「今日はチチカカさんとお祝いしよう。ケーキを買って帰ろう」

 民家に挟まれたレモンイエローのかわいいケーキ屋。アザラシ頭の女性が一人、店先に立っている。

 アリスは目移りが止まらず、延々と迷った末、フルーツタルトに決めた。

 アリスからお金を受け取り、アザラシの店員はタルトを箱に詰める。箱を手渡す際、ふいにアリスへ話しかけた。

「あなた、現実世界から来たでしょ」

「……え?」

「だって顔が似ているもの。ウサギに」

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