☆15

「おめでとう、アリス」

「これからもよろしくお願いします、チチカカさん」

 乾杯。生まれて初めて口にするお酒。現実世界のワインに近い。

 顔を火照らせ、アリスは別世界を満喫していた。

「どんどん食べてくれ。お祝いだからな」

 大皿に盛られたそれは、ぱっと見ピザだった。口に入れてみる。間違いない。現実世界のピザそのものだ。

 アリスは別世界での「食事」を一番気にかけていた。しかし現実世界と同じものが食べられるのなら、何の心配もいらない。

「それにしても五万キャロルとはビックリだな。すごいぞ、アリス」

「こっちもビックリですよ。このわたしが宮廷画家なんて……」

「大女王がそんなに優しいのも、珍しいぞ。気に入られたんじゃないか?」

「いい人で良かったです。最初はちょっと怖かったのですけど」

 チチカカの部屋で二人だけの祝宴。壁を隔てた向こうは、アリスの新居だ。

 二人の部屋は隣同士。部屋を決める際、アリスはチチカカの家の近くを希望したのだった。

 チチカカの家は四部屋ある集合住宅の一室で、その二階にあった。チチカカの部屋の隣室がたまたま空いていたので、アリスの住居は即決まった。

「チチカカさんがお隣で、すごく心強いです。わからないことだらけなので……」

「なんでも聞いてくれ。困ったことがあれば相談に乗るぞ。また悪いやつに襲われそうになったら、ぶっ倒してやるからな」

 順風満帆。新生活は上々のスタートをきった。

 別世界に来てよかった。鬼塚チアキの言ったように、明るい未来が待っていた。

(鬼塚さん、どうもありがとう)

 祝宴は盛り上がった。おしゃべりで時間を忘れるほどだった。中学校では、あれほど口数が少なかったというのに。

 やがて夜も更け、お開きとなった。

 アリスは自分の部屋に戻り、改めて室内を見回す。

「今日からここが、わたしの家かあ」

 藁のベッドと、テーブルと、椅子。それに仄明るいランプ。すべて不用品の頂き物で、古びている。

 質素だし、ランプは臭うし、多少埃っぽいが、アリスはこの部屋が気に入った。

「これからきれいにしていこう。好きなように飾るんだ」

 思わず含み笑いし、

「わたしは自由だ」そう言って、大きくバンザイする。

 にわかに眠気がやってきた。ハート柄のパジャマに着替え、藁にシーツをかぶせ、寝転がる。

 初めての、親のいない一人だけの夜。

「今日一日、色々なことがあったなあ……」アリスは満足そうに微笑む。「なんだか不思議。夢の中にいるみたい」

 夢なのか現実なのか? よくわからない。

 眠っているのか起きているのか? よくわからない。

 生きているのか死んでいるのか? よくわからない。

 暗闇に埋もれて、何もかもが、あいまいになっていく……。


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