セリヌンティウスの決死行

石川タプナード雨郎

第1話 行商人に託された手紙

       古代ローマの遠く古き時代。 青年ともいえる年齢に成長したセリヌンティウスは石工として働き両親と妹で平和に暮らしていた。 夏の兆しが見え始めた、とある日に遠い地に住む母の姉が住む土地から来た旅団がセリヌンティウスの町を訪れた時だった。この旅団は定期的に地域を往復する行商人のような存在で中々重宝されていた。セリヌンティウスの父、プロティギウスがその行商人の元を訪れ、行商人のパウロスタンツゥアーニと話をしている時だった。パウロスタンツゥアーニは、あんた、ソフィロニーというご婦人をご存知ないかな? 正確な名前は確かミロフィヌ・ソフィロニーといったかな?  プロティギウスは目を見開き、驚いた。 ミロフィヌ・ソフィロニーはプロティギウスの妻の名前だ。 パウロスタンツゥアーニにプロティギウスは訊いた。 それは私の妻の名前だが、何故貴方がその名前を?

パウロスタンツゥアーニは傍に置いてある布の袋から手紙を取り出しプロティギウスに渡しながら言った。 実はミロフィヌ・ソフィロニーさんという方の姉のフェルマータ・ソフィロニーさんから預かってきたものなんだ。なんでも身内の方が病気になったらしくその旨を伝える手紙なのだと。ミロフィヌさんに渡してくれるかい?

プロティギウスはわかった、渡しておくよといい。行商人パウロスタンツゥアーニの元を離れ家路につく事にした。  プロティギウスは考えていた。確か風の便りで妻、ミロフィヌの姉フェルマータも結婚をして子供も出来、平和に暮らしているとは訊いていたが、身内が病気? 不安を抱えつつ家路を急ぐプロティギウスなのであった。 家に着き、さっそく行商人から託された手紙をミロフィヌに渡した。

プロティギウスは経緯を説明した。手紙を渡されたミロフィヌは驚いた様子で、その場で手紙の封を切り、読み始めた。ミロフィヌが手紙を読むのを見守っていたが、読み終わったミロフィヌは涙を浮かべながら今にも倒れそうな表情でプロティギウスの方を向き、言った。

姉さんの娘のピニンファリーナが原因不明の病にかかって死にそうなのだと。熱をだし震えがあり、食事も幾何しか受けつけず、日に日に衰弱していっているらしい。姉の住んでいる医療に心得のある人物に診せても熱が下がらないし、一通りの薬草の類いは試したが効果がない事。確かミロフィヌが住む地方に伝わる薬草が熱を冷ます効能で有名なモノがあると聞いた事があるが、姉の地域には自生しておらず、このままでは娘の命が失われてしまう。どうかその薬草を届けて欲しいと手紙には記されていた。

プロティギウスも手紙を走り読みし事の次第を理解した。プロティギウスは考えていた。

この地方に伝わる薬草で古くから熱冷ましなどに用いられる薬草は一つしかない。

それはソヴラニーの三つ葉と呼ばれる草だ。確かにプロティギウスの住む地に自生していて、それ自体は入手は困難ではない。多少の高地に生えていて量も膨大というわけではないが。がしかし、それを運ぶ手段が問題なのだ。プロティギウスは日常生活には支障はないが膝に古傷を持っており、長時間、何日も走ることなど不可能だ。 この頃のローマの時代は移動手段といったら馬車などであるが、プロティギウスの地方ではまだまだ普及しておらず、せいぜい牛に荷を引かせる荷車くらいだった。そんな事を思案しながらミロフィヌの肩を抱いたまま、いたずらに時間だけが過ぎてゆくのだった。

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