男のコ、辞めました。
ニュートランス
─僕じゃない、私。
「貴方は男の子よ」
そう言われるがいつも苦痛であった。
僕が自分の性別に疑問を持ったのは幼稚園の頃。
僕の周りには女の子ばかりが集まり、毎日一緒におままごとをしていた。男の子の友達もいた。
しかし何をしていいのか、何を話せばいいのか分からず、私は女友達の居る方へ逃げた。
長い間、苦しめられてきた。
欲しくもない両親が勝手に買ってきた少年漫画の数だけ僕は泣いている。でもそれは今日まで。成人になった今、僕は晴れて性別を変えることができる。
親には言っていない。でもいずれは言おうと思う。いずれ······は。
流石に抵抗はある。両親に申し訳ない気持ちもある。しかしもう僕は決めたのだ。
都内の病院にて、僕はこの日のために貯めたお金の束を受付に支払う。そして僕はすぐに入院、手術することになった。
手術中の記憶は無い。
しかし目覚めてからの下半身の感触で私の目頭は一気に熱くなった。
もう戻れないという思いとこれからはもう性別のことで悩まされなくてもいいという思いが入り混じり、私は病室でわっと泣いていた。
退院後の処理は沢山ある。
通っている大学への連絡、戸籍の変更、そして何より、両親にこのことを話さなければならない。
“でも大丈夫。だって私はもう女の子なんだもん”
─退院後、私はすぐにある場所へと向かった。
幼稚園からの女友達の家だ。多分人生で1番一緒にいる人で、彼女だけは嫌な顔せず一緒にいてくれて、守ってくれた。
と言ってもまだ性別を変えたことは言っていないため、今までに無い緊張の中彼女が住んでいるマンションの一室に入る。
「久しぶりだねえ! 元気にしてた!?」
彼女は私を笑顔で向かい入れ、リビングのにある机に誘導した後コーヒーを入れてくれた。
「私は……元気だったよ」
そう言うと彼女はピタリと動きを止め、私が「どうした?」と聞くと「何でもない」と言って再び動き出した。
目の前に2人分のコーヒーが置かれた後、私は机を挟んで真剣な表情で話を切り出す。
「大事な話。今までに無いくらいの」
彼女は何も言わず微笑みながら頷く。
「私ね、この前性別適合手術受けて、晴れて女の子になったの」
「…………」
彼女は目を見開いて驚き、その後自分を言い聞かせるようにして口を開く。
「知ってた。前々からすると思ってたし、今日久しぶりに会って語尾が私でびっくりしちゃった」
「あっ……」
私は思わず口を抑える。
「昔からあんた喋る時僕って言うよう徹底してたからね。今日のあんた、何か吹っ切れた様子だったもん」
「さすがです……」
ロングで茶髪の髪がより彼女のかっこよさを引き立てる。
どちらかと言うと彼女の方が男だ。
「あんたがこんな言いにくい告白をしたんだ。私も一つ、あんたに言いたいことがある」
彼女のまさかの返答に私は妙な緊張感を覚えた。
「私ねえ、あんたのことが好きだったんよ。もちろん、男としてね」
「えっ……」
私は思わず息の詰まった声が出る。
そして意識が戻ると、私は泣いていた。悲しかったのだ。いつも一緒だった女友達が抱いていた好きが私の好きとは違ったからだ。
「そこであんたにお願いがある。私と縁を切ってくれ」
彼女は笑顔で、でも内心寂しそうな表情で私にいった。
「私と縁切って、あんたは新しい道を進むんだ。女として。今から出会う友達はあんたが男ってことを知らない。本当の女友達になる」
「だめ······だって······」
「駄目じゃない。私が好きな男はもうこの世に居ない。私がこれ以上あんたと仲良くする必要はなくなったのさ。さあ、帰った帰った」
「で······でも······」
「でもじゃない!!」
彼女はものすごい剣幕で私を叱る。
「私の決断を、踏み躙らないでくれよ······」
そう言われて、私はぐうの音も出なかった。
その後私は彼女と一切の会話を交わさず家に帰ることになった。
「仕方がない······のかなあ」
もし私が性別適合手術を受けず、そのまま男でいたら彼女はまだ友達で居てくれただろうか。
いや、それもいつかは終わりが来る。
私がカミングアウトしなくても彼女はいつか私に告白し、その関係は終わっていたと思う。
愛というのは怖い。好きな気持ちを押し隠して生きるのがなんと辛いことか。
私が高校生の時もそうだった。
同じクラスで好きな人が居たのだ。その人はクラスのリーダー的存在で、誰に対しても優しかった。
当時親の懇願によってスカートを履いて行きたかったのをズボンにされ、見た目こそ男であったが同年代の男の子と何を話せばいいのか分からずクラスが始まって1ヶ月で孤立した。
それでも彼だけは私に話そうとしてくれて、その気持ちは時間もかけず恋心となっていた。
しかし彼は3年生に上がる際、後輩の女子に告白されたらしく、その日めでたく彼と後輩と付き合った。
内申複雑な気持ちであったが、それで良かったと思うし、私は吹っ切れて前に勧めた。
とにかく私はそれだけ恋の辛さを知っている。
彼女と別れは寂しい。でも今生の別れはしたくないから、一段落してメールのやり取りだけはしよう。
私はそう思いながら家に帰った。
─家に帰って私はすぐ戸籍での性別を変えるため書類を書いていた。
まだ親には言っていない。 しかし言ったら絶対に反対されるせっかくここまで来たのに取り止められたくない。
「しかし······」
私が親なら、どう思うだろう。どんな道でも応援してあげたい気持ちはあるが、悲しいことは確かだ。
「よし·····」
私は自分を鼓舞するように立ち上がり、実家へ戻ることを決意した。
面と向かって話すのはいつぶりだろうか。
2年前、東京の大学に行きたいからと飛び出るようにして出たあの日から、親とはメールも取っていない。それでも仕送りだけは続けてくれて、大学には通えた。
「怒られるの怖いなあ······でも、伝えないと」
その翌日、私は実家の元へと帰った。
─今まで乗せてきてくれたバスを横目に、キャリーケースを転がせながら実家のある方向へと向かっていく。
ここは空気が気持ちいい。歓迎しているのか鳥のさえずりがよく聞こえる。
自分で言うのもあれだが、実家はかなり太い。
それも随分昔からここら一帯の庄屋だったらしく、私は昔から甘やかされ、家が村奥にある分学校にはタクシーを使って通っていた。
それもほぼ専属のような。わざわざいつも私が乗るためだけにこんな山奥まで来てくれていたと思うと少し笑みが溢れる。
「ふう······」
キャリーケースを転がして20分、ようやく実家に着いた。
壁のような木製の門を潜り、木々に囲まれながら家の玄関の前に立った。
私は唾を飲み込みながら、恐る恐るインターホンを鳴らす。
「············」
しばらくしてドタバタという足音が聞こえ、鍵を開ける金属音と共に家の引き戸が空いた。
「ひ、久しぶり······」
私は引き攣った顔を浮かべながら言う。
出てくれたのは母親。母は数秒間口に手を当て驚き、しばらくして母は私の方へ歩み寄った。
正直殴られると思った。それくらいされてもいいと思った。
しかし母は私を優しく包み、「おかえり」とそう言った。
「ただいまっ······」
その瞬間、私の目がぐわっと熱くなる。
母の「中へお入り」という声と共に、私は泣き崩れてしまった。
その後、私はなんとか自力で立ち上がり、久しぶりに実家の敷居を跨いだ。
家の内装は驚くほど変わっていない。しかし毎年変わっていた玄関に飾ってある家族の集合写真は2年前のまま残っていた。
私は靴を揃え、案内された居間で足を崩した。
「で、なんで今まで連絡をよこさなかったんだい?」
母は少し怒った雰囲気で質問する。
それもそうだ。1人娘が2年間も連絡をよこさなかったんだ。これにはしっかりした説明をしないといけない。
「学業が忙しくて······」
と最初に私の口から出たのは出任せであった。
私はここまできて怖くなったのだ。本当のことを話すのが怖い。私が再び会いに触れたからだ。
「そうかい。じゃあ今度からは1ヶ月に1度はメールを返すこと」
母の回答は思ったよりあっさりしていた。
母は気まずそうにしている私を見かねてか、「お腹すいたでしょう、今からなんか作るから、ちょっと待ってて」と少しの猶予をくれるように立ち上がった。
「あの!!」
私は立ち上がった無意識のうちに母を呼び止める。
「今から大切な話をします。もう一回座ってください」
急に呼び止められた母は最初こそ動揺していたもののすぐに従順に従ってくれた。
「話って言うのは?」
と母は心配そうな声で私に問う。
ああ、嫌だなあ。こんなにも優しくしてくれる人が今から言う一言で不幸になってしまうかもしれない。
私はそう思いつつ、今日来た本題を話していく。
「僕……いや、私はね、この前性別適合手術を受けに行ったの」
「えっ……うっ……」
思った通りのリアクションだ。母は私の言葉を聞いて、吐き気を催している。
その様子に家にいた父が母の元へ近寄ってきた。
父は母の背中を摩りながら質問する。
「なんで早く言わなかったんだ」
母と違い冷めた声だ。昔から嫌いだ。
「言ったら邪魔されるて思って。私の性別に関して」
私はそれでも強気の姿勢で対抗する。私は決意してここまできたのだ。ここで折れるわけにはいかない。
「ふざけるな!!」
「っ……」
父は机を思いっきり叩き、私を威嚇する。
「あれだけ心配させといて、久しぶりに会って一言目がそれか!!」
ぐうの音も出ない。怖いが、もう進むしかない。
「私はずっと我慢してきたの! 人に会うたび気を遣って、頑張って生きてきた……私は、女の子になるの」
私はその瞬間、持ってきたトランクの中から黒髪ロングのウィッグと女性もののワンピースを取り出し、自分の体の上から当てた。
「これが私の本当の姿。私はこれから、この姿で生きていく」
「……出ていけ」
分かっていた結末だ。私はそれに従い、取り出したウィッグと服をキャリーケースに入れ、私は呆れた父親と動揺を隠せない母親を背に家を出た。
(やっぱり、家族と別れるのは悲しいなあ……)
こんな終わり方でも最後に家族の顔を見れてよかった。
気づけば私の目は涙で埋まっていた。
「あれ……こんなはずじゃ無いんだけどなあ……はは……」
これだと前がよく見えなくて進めない。私は感覚のまま歩き、実家はどんどん遠くなっていく。
「待って!!」
私はそう不意に呼び止められた。
後ろを振り向くと──そこには母が居た。
母は私に気づくや否や私の元へ走り出し、ハンカチを目に当てながら息を荒げている。
「どうして……ここに……」
私は溢れ出る涙を抑え、母にそう質問した。
「どうしてって、言い忘れたことがあったからね」
「言い忘れたことって……っ……」
と母は徐に私に抱き着いた。
母は耳元に口を近づけ言った。
「私の元に生まれてきてくれて、ありがとう」
母のその言葉に私の目から涙が溢れ出た。
「不自由な思いさせたかもだけど、貴方は私の娘よ。それ以上でもそれ以下でも無い。私の子」
私は今ここで本当の暖かさを知った。これが、家族なのだと。
「父さんあんなこと言ってたけどね。多分今頃家で泣いているわよ。1番心配していたのはお父さんなんだから」
その言葉を聞いて私はより目頭が熱くなる。
「縁切らない……?」
私は恐る恐る聞く。
「切るわけないじゃない。父さんには私から言っとくから、今度はちゃんとメールなり電話なりすること」
「性別のことは怒らないの……?」
「怒るわけないじゃない。それは……男で生まれた以上このまま男として生きてほしかったってのはあるけど……しれでも、貴方は私の、たった一人の子供なんだから」
母はそう言って私の両肩に手を置き、こう言った。
「胸を張って。人生は長いんだよ」
私は再び、そのまま泣き崩れた。
この世界が広がった気がした。
この世界は私が思っているよりずっと広かったし、見方もすぐそこに居た。
私がしっかり見なかったせいだ。
母のおかげで、私はしっかりと見えた。
私の生きる様を。
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