第15話 マルゴレッタちゃんと大空散歩2
「あばばば〜〜〜〜っ!?お空、とっても気持ちいいでち〜〜!!」
何処までも続く青い空。大小様々な形の白い雲が流れ、緩やかな風が幼女の全身を吹き抜ける。
幼女の瞳に映る数羽の渡り鳥が優雅に羽ばたき、何処へとも分からぬ雄大な大地へ向かい旅たっていく。
マルゴレッタは両の手を広げ、産まれて初めて見る広大な生の世界の姿に目を細めた。
「……スゴイ綺麗でち。世界はこんなにもキラキラしてるんでちね。わたち、感激でち!ナイトちゃん、ありがとうなんでちよ〜!」
自身の頭上で、感激に身を震わせる小さな主に、古龍姿のナイトカインは一瞬、言葉に詰まってしまう。
今、幼女の瞳に映る世界は豊かで美しくは見えるが、そうでは無いのだと……。
俗世では人類の醜さ、愚かさ、そして世界の定めたルールにより永い間、争いの絶えない戦禍の渦の中にある。世界の七割は、永い争いの代償として、空や海、大地を荒させていた。
滅ぼし滅ぼされ、殺し殺される。闘争という名の呪縛に囚われ続ける愚かな者達が住まうこの世界が、綺麗なモノである筈が無いのだと。
そう考えながらもナイトカインは、この世界の真の姿をマルゴレッタに語る事は無かった。
無邪気に騒ぐ、神の御子たる心優しい主が、そんな穢れた世界を知る必要もなければ、心煩わす事もないと。
「はっはっーー!老いぼれの散歩に付き合って貰っている我輩が礼を言わねばなりませんぞ!どうですかな?我輩の乗り心地は?」
「サイコ〜〜なんでちよ〜〜〜〜!!」
「俺はサイテーだぞ!ナイトカイン!!」
ナイトカインは右手に掴んだ仏頂面のジャレッドに視線を落とす。
「おぉ、ジャレッド殿!少し強く握り過ぎましたかな?すみませぬな〜。力加減がなかなか難しくてですな」
「そういう事じゃねぇ!?何故、俺をお前の背に乗せん!!」
「先ほども言ったでしょう?我輩は老龍。身体のあちらこちらにガタが来ていてマルゴレッタ様を背に乗せるのが限界だと」
「嘘付け!!そんなデケェ図体してる癖に俺を乗せれねぇ訳ないだろ!?お前、アレだろ?さっき脅した仕返しをしてるだろ!?」
口元をニヤケさせ、すぐ様すっとぼけた表情で言葉を濁す老龍。
「はて?そんな事がありましたかな?歳を取り過ぎると、どうも記憶が曖昧になる事が多くて……。それに、文句を言うぐらいなら地上で待てばよろしかったのでは?」
「俺が、マルゴレッタとの空の散歩っていうおいしいシュチエーションを見逃す訳ないだろが!?俺はマルゴレッタの隣でキャッキャ、ウフフがしてぇんだよ!!」
手足をジタバタと動かし、子供の様に駄々をこねるジャレッド。
そんな残念な大人を諌めようと、ナイトカインの頭上から覗き込む幼女が語りかけた。
「ジャレッド叔父ちゃん、無理言っちゃダメでちよ〜。ナイトちゃんはお爺ちゃんなんでち。労ってあげるでちよ〜。あ!そうでち!!ナイトちゃん!!このお散歩が終わったら、わたちを乗せてくれたお礼に肩を叩いてあげるでちからね〜〜」
その言葉に、目を見開き、歓喜に打ち震えるナイトカイン。
「おおおぉぉ!?なんと、我輩に褒美を下さるのですかな!!……ならば、酷い言葉で罵りながら肩の肉が削げるぐらいぶっ叩いて欲しいのですが……」
「……あばぁ」
「……お前、馬鹿だろ?」
二人のの冷やかな目線も意に介さず、鼻息荒く興奮するナイトカインの表情が、突然険しいものになっていく。
それは、ナイトカインだけではなくジャレッド、マルゴレッタも直ぐさま気付き、異変が起きるであろう方角を見据えていた。
「あっちの方角……凄い魔力が高まってるでち……これって……」
幼女が指差した方角は、広大なアルディオスの森から数キロ離れた何も無い拓けた草原だった。
「あばばっ!?」
幼女の驚きの声と共に、草原からいくつもの巨大な魔法陣が展開され、淡い光が立ち昇っていく。
光の柱から続々と現れる同じ軍装を身に纏った兵士の群れ。
瞬く間に隊列の組まれた数万の軍勢が、何も無かった草原に埋め尽くされていった。
「こんな馬鹿げた転移魔法を展開するとは……。それにあの数。奴等、何者なのでしょうな……」
「ありゃぁ、バーゼル帝国の奴等だよ。しかし、あの爺さん随分思い切った事をしやがる。この進行でどれだけの転移術者を使い潰しやがった?まったく、権力者の考える事はおっかねぇぜ」
突如、眼前に埋め尽くされた人の塊に対し既知の情報であるかの様に語るジャレッド。
そんな叔父を見て、不安げに眉を顰める幼女。
「ジャレッド叔父ちゃん……。あの兵士さん達の事を知ってるんでちか?」
「まぁな。今回、俺がお前達に会いに来た理由はこいつらの情報を渡す為だ。もう少し時間の猶予があると思っていたんだが、まさかあんな遠方から大規模な転移を使って大軍で押し寄せてくるとわな。やられたぜ!がはははははっ!!」
「あばばっ!?わ、笑い事じゃないでちよ!?じゃ、じゃあ、あの兵士さん達はパパ達を狙ってーー」
「いや、違うな」
焦るマルゴレッタに、ピシャリと言葉を被せるジャレッド。
「マルゴレッタよ。お前、世間では随分と有名になってるんだぜ?」
「わたちが有名?……ど、どういうことでちか?」
「お前、ローゼン達に隠れて森の侵入者を逃してるだろ?しかも、"再生の魔法"を使ってまでな。世間じゃ、大騒ぎになってるぜ。禁忌の森に神に遣わされた天使が迷い込んだってよ。お前の再生の魔法は、正に神の御技ってヤツだ。そんな特別な力を持った者を欲深な権力者供がどうするか、まぁ、目の前に広がってる光景がその答えだけどーーーーなはぁ!?」
説教じみたジャレッドの言葉に、マルゴレッタは気が遠くなりそうだった。
仕方がない事とはいえ、自分が撒いた種のせいでアルディオスの森に万の侵入者達を招き入れる事態になってしまった事を……。
ぐるぐると思考が巡り、白目を剥きながら足元がフラついた幼女は、ツルリとナイトカインの頭上から足を踏み外し落下してしまう。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?今、マルゴレッタが俺の目の前から落ちていったぞ!!?」
「い、いかん!!!」
「あばばあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
前途多難。
幼女史上、最大の献身が始まろうとしていた――
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