59話コーディリア・キャスパーの啖呵

「そろそろ、たてものの中へ入りましょう。今日はみんなにクッキーも持って来たのよ。ダン、ナン、テーブルのよういを、中のみんなでして来てくれる?」


 抱き合う三人のいる位置から少し外れて、通りに向かう道に背を向ける様にして、アニーは双子に声をかけた。


 屋敷で警護の人員を頼んで来たが、急いで欲しいと伝えた物の、まだ1時間やそこらは来れないと思う。それまでは、自分がここを守らならななくてはならない。


 そんな事をアニーは、立ち並ぶ長屋の角の先に、その視線を向けながら考えていた。



「まあ!クッキーですって?!」


 コーディリアがアニーの言葉に反応し、大きく声を上げながら立ち上がった。


わたくし、何も用意していないじゃありませんか!……ケーキ!そうですわ!今からあのお店でシフォンケーキを買って来れば……」

「落ち着いて下さいコーディリア様。彼女が戻って来るというのに、わざわざそのお店の品を用意するのは如何なものかと」

「で、ですが……」

「この場は私が違うお店の品を買って参ります。コーディリア様は中で子供達とお待ちください。その方が彼女が来た時、自然と会話が出来ると思いますよ」

「そ、そうでしょうか……。そ、そうかもしれませんね!」

「では行って参ります。30分もせずに戻れると思いますので。キャサリン、宜しくお願いしますよ。くれぐれもおかしな言動でコーディリア様を惑わさぬ様に!……くれぐれも!!」

「任せて下さい。要らぬ心配は無用ですよルシール」


 ルシールは、最後にキャサリンを胡乱な目つきで見てから「本当にお願いしますよ」と告げて、足早にその場から離れて行った。



 一方の双子達は、アニーのポシェットの中から次々とクッキーの入った包みが出て来るのを見て、声を上げて喜んでいる。


「このクッキーを開くから、テーブルの上にお皿をならべないとね。お茶もいれるからお湯もわかしましょう。カップも人数分よういするのよ。いまここには何人いたかしら?」

「んーと、4にん?」

「あたしとダンを入れると6人なの!」

「うん、いつもテーブルに3人ずつすわってるの!」


「……6人?もう少しいたと思ってたけど……あれ?」


 アニーが首を傾げながら、クッキーを待たせた双子を施設の中へ行く様言い付ける。

 それをコーディリアは微笑ましそうに見ているが、その内面は早鐘の様に打ち始めた心臓を抑えるのに必死だ。



 コ、ココであの子とちゃんとお話ができますの!

 この場所なら学園の生徒達の目もありませんし、ダンとナンも居るからあの子も気兼ねなく答えてくださる筈!!

 やっと、やっと昔みたいにお話が……。


「キャスパーせんぱいも、どうぞなかでお待ちください」


 コーディリアが妄想の中に入り込もうとした時、アニーから声をかけられハッと我に帰った。


「……え?あ、私も、よ、宜しいのかしら?」

「もちろんです。ダンもナンもおりますから」

「そ、そうですか……。それでは失礼して……」


 アニーの言葉にコーディリアは、僅かに強張っていた顔をほぐし、その誘いのまま足を進めようとした。




「よう!そこで間違い無ぇのか?ギャハッ!」

「ああ、ココだココだ!この紫屋根の小汚ねぇ建モンだ」


 そこに唐突に粗野な男達の声が響く。

 その声は、今コーディリア達がいる場所から4〜5メートル先の角の方から聞こえて来た。

 先程アニーが視線を向けていたその方向だ。


 声の主達は、直ぐにその姿を見せ始める。


 派手な色合いのシャツや上着を着崩した、いかにもチンピラといった風体の連中が4人。コーディリア達のいる方へと真っ直ぐに歩いて来る。


 それを見やるアニーが小さく舌を打った。


「何だぁ?入り口前に女が居ンぞ。パーカー、お前何か聞いてるか?」

「……俺は何も聞いてねぇ」


 粗暴な男達の言動と、無遠慮な視線に晒され、コーディリアとキャサリンの目が見開かれる。


 アニーは口元を引き締め、コーディリア達を施設の中へ匿う事が遅れた事に、苦いものを感じていた。


 彼女は先程から、嫌な気配が近づいていた事は感じていた。

 それは、アーヴィン達の様に敵意を感じ取れる程の物でも無く、ましてやスージィの様に明確な位置や距離までも把握出来る精度も当然無い。


 ただ、「嫌な感じのするモノが近くにある」と感じる程度のものだった。


 アムカムに生きる者にとって敵意を感じ取る事は、生存確率を上げる野生の勘の様な物だ。


 森とは程遠い街中で生活して来たとはいえ、この歳でその感覚を持つアニーもまた、確かにアムカムの……クラウドの血筋の者なのだと言える。


 そして今、アニーにそんな『嫌な感じ』をさせていた相手が、目の前まで来ていた。


「多分ココで間違い無ぇヨ。中に入りゃ分かる」


 男の1人が、アニーを横目で見ながら彼女を避け、扉に手を伸ばそうと足を踏み出そうとした。だがアニーは流れる様な動きでその男の行く手を阻み、男と扉との間にその身を差し入れた。


「このしせつにご用のない方のごらいほうは、おことわりしております」


 男は突然アニーに行く手を遮られ、思わず足を止める。

 そして苛立った様に、剣呑な光をその目に宿らせアニーを見下ろした。


「何だぁ、このガキ!」

「ご用がなければお引き取り下さい」

「用があるからココ迄来てンだろうがヨ!どけ!!ガキ!!」


 男が荒々しくアニーを払い除けようと手を横に振り払った。

 だが、アニーはそれを上体を逸らしたスウェーバックで何なく躱してしまう。

 思わずタタラを踏んだ男は、再びアニーを睨み付けた。


「フッザケやがって!このガキがっ!!」

「らんぼうな事をされるなら、えいしを呼びますよ」

「はっ!呼べるなら呼んで貰おうじゃねェかヨ!」

「ごしんぱいなく。すでに呼んでおりますので、まもなくとうちゃくいたしますから」

「なっ?!お、おい!!」

「い、いや!聞いてねェよ!」


 咄嗟に男はアニーから距離を取り、仲間と共に落ち着かな気に辺りを見渡した。


「どうすんだよ!衛士なんか来たらマズいぞ」

「バカやろぅ!このまま帰ったらフルークさんに殺されンぞ!」

「とりあえずガキ2匹だ!ガキ共を連れて行く!これはフルークさんの命令だ!!」

「ケッ!どうせ衛士なんざフカシだ!ガキぃ!痛い目見たくなきゃソコをどけ!!」


 先程の男が、ズボンのポケットから黒い塊を取り出し、それを握る。

 握った先にあるのは黒い革で出来た塊だ。

 握る手元から先は15センチほどの長さで、太さは無いが手を動かすと良くしなる。


 5センチ程に膨らんだ棒風船を、片手で持っている様なイメージだ。

 それはサップと呼ばれる殴打武器だった。

 袋状に作った皮の中に、砂や鉄の玉、鉛等を詰め込んで殴る物だ。打撃音も小さく、流血もしないので、後ろめたい目的を持つ者が良く使う武器だ。


 男がその先端をアニーに向け、そこを退けとばかりに突き出した。

 他の仲間達も似た様な武器を取り出し、それを見せつけては嫌らしい笑みをその顔に浮かべていく。




「あなた方!こんな小さな女の子に対してなんて事をされているのです!男性として恥ずかしくはありませんの?!!」


 その男達の動きを制する様に、突然強い言葉がアニーの後方から投げつけられた。


「その様な暴挙!このコーディリア・キャスパー!見過ごす訳には参りません!」


 コーディリアが何処からか取り出した扇を手に持ち、それを男達に向け突き出し、力強く睨み付ける。


「おいおいオイオイ!何だよ今度はお嬢様もかヨ?!」

「状況ってモノが分かってねぇんじゃねェのか?このお嬢さん方は!」

「男4人に囲まれて、どうにか出来ると思ってンのか?!逆にどうにかしちまうぞ?!ギャハッ」


「おい!お前ら!遊んぶんならフルークさんの仕事終わらせてからにしろ!」

「うるせぇパーカー!指図すんじゃねぇヨ!」

「知ってんぞ!てめぇだって、ここに来るミリアの生徒、狙ってんだろが?あ?」

「ちっ!」

「痛い目に遭わされたって聞いたぜ?こりねぇな?ギャハッ!オレが代わりにコノお嬢さんと一緒に頂いてやろうか?ギャハハッ!」

「うるせぇ!カレンはオレの獲物だ!オレがやる、やってやる!なめやがってあのヤロウ!絶対思い知らせてやる!今度こそメチャクチャにしてやんよ!!」




 いかにも粗暴な風貌をした若い男が四人、コチラを値踏みする様に嫌らしい視線を投げ掛けて来る。

 男からこの手の感情を向けられた事の無かったコーディリアにとって、これは身震いするほどの悍ましさを感じる物だった。



 だか、それ以前にこの連中は聞き捨てならない事を口にした。



「今……カレンを、何と仰って?」



 普段の彼女からは想像も付かぬ程の冷えた声が、その小さな口から漏れ出ていた。


「あなた方が、どう言ったおつもりでココへいらしたのか、良っく理解いたしましたわ」


 コーディリアが、前方へ突き出した扇をスッと手元へ戻し、それを自分の口元に持って来る。


「ですが!ココはあなた方の様な、卑しい存在が湧いて良い場所ではございませんのよ?駆除される前に、早々に住処へ退散する事を強くお勧め致しますわ」


 そして、さも漂う悪臭に耐えられないといった風に、扇を半分程に広げて口元を隠し、男達に向け毒を吐く。


「てめぇ、このヤロぉ……。オレ達を害虫扱いとはいい度胸だな?オイ!」


「あら?言葉の意味が分かりましたのね?意外でしたわ。褒めて差し上げた方が宜しいのかしら?」


 扇で口元を隠し、「ほほほ」とコーディリアがコロコロと笑う。


「いい度胸だ!てめぇ!!お望み通り、カレンと一緒にぐちゃぐちゃにしてやんよっ!!」


 額に血管を浮き上がらせ、顔を血の気でドス黒く染めたパーカーが、仲間と共に荒々しい足取りで間を詰めてくる。



「あなた方程度に遅れを取る程、わたくし、温くは御座いませんことよ?」


 パチリと扇を閉じ、コーディリアは口角を僅かに上げて、挑む様に男達に告げる。


 するとアニーがそのコーディリアを庇う様、足を前へと運ぼうとする。

 しかし、それを止める様にコーディリアは、彼女の肩にソッと優しく手を置いた。


「クラウドさん。貴女の勇気、拝見致しましたわ」

「アニーですキャスパーさま」

わたくしもコーディリアで結構ですよアニー」

「ありがとうございますコーディリアさま」


「ではアニー、少し下がって下さいな。今ココでの前衛はわたくしの仕事。貴女にも期待させて貰っても宜しいのでしょう?」

「もちろんですわ、コーディリアさま」


 アニーはコーディリアの瞳を見つめ返すと、その意を汲んだ様にニコリと微笑み、彼女の傍にその身を下げた。


「キャサリン。どうかこの子達を守る為に、少しだけわたくしに勇気を分けて下さいますか?」

「仰せのままに」


 キャサリンは、コーディリアが言葉をかけた時には、既に腰に付けたワンドホルスターから抜き出した自分のワンドを握っていた。

 そして言葉を返すと直ぐに、護りの祝詞を唱え上げる。



 ――――まったくこの方は、普段はポンコツな事この上ないくせに、一度何かの拍子にスイッチが入ると、途端に男前な事をされ始める。

 そんなだから私もルシールも貴女から目が離せないのです。

 さて、ルシールに任されていますからね。彼女の居ない隙に、大事など起こさせは致しません。精一杯御護り申し上げますとも。――――



 神官のフォースフィールドが彼女達の身を包み、辺りに淡い輝きが溢れて落ちた。



「さあ!招かれざる皆様方!地を這う事を恐れぬ方から、かかって御出なさい!」


 コーディリア・キャスパーが手に持つ扇を力強く男達に突き出し、声も高らかに言い放つ。

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