第五十七話 賢者の解呪

 ――王都べオルド 東地区 盗賊ギルド第七拠点――


 エルクを連れて拠点に戻ると、ウルスラはいかにもリラックスした様子で俺たちを待っていた――ラフな格好すぎて目のやり場に困る。


「おかえり、主様。見事だったね、吸血鬼の呪いを解いてしまうなんて」

「えっ……マイト、そんなことをやってたの?」

「呪いを解いてしまうとは、まるで神官のようだな……いや、神官でもこのような状況に対応できるのかどうか。さすがは賢者ということか」

「本当に良かったです、もし暴れたりしちゃうようならアムに頼んでスライムパワーでなんとかしてもらうことも視野に入っていましたし」

「そんなこと考えてたのか……というか、アムはずっとそこにいたのか」


 アムがナナセの胸に収納されているとき、否応なく膨らんで見えるわけで――それを指摘すると怒られそうなので黙っておく。


「スライムでなんとかって……その、拘束したりっていうこと?」

「むう……確かにぬるぬるとしていて滑らかで柔らかく、拘束されたら力が入りにくそうではあるが。それはある種の責め苦になってしまいそうだな」

「後で試してみようか……なんて、それは置いておいて。向こうの部屋ならベッドもあるし、他の部屋と比べても結界を強くしてあるよ。彼女についてはそこまでする必要はもう無いだろうけど」


 ウルスラは俺が担いでいるエルクを見て言う――エルクはずっと眠ったままだが、表情は安らかで寝息も落ち着いている。


「……エルクが起きるまであたしがついておくから、皆はもう休みな。マイトもね」

「いや、俺も起きてるよ。少し寝れば回復するからな」

「ふむ……しかし、さっき鍵を出すときにかなり魔力を使っていたように見えたのでな。これだけはさせてもらおう」


 ――『プラチナ』の封印技『乙女の献身』を発動――


「っ……」

「ふふ……私も身体は動かしたが、魔力はそう使っていないのでな」


 スッと近づいてきたプラチナが、俺の手を取って両手で包み込む。すると失われていた魔力が急速に回復する。


 プラチナから魔力供与を受けるには、触れられる必要がある――しかし、毎回手を握るまでする必要はおそらくないのだが。


「……ああ、みんなを驚かせてしまったか。これは私がマイトに引き出してもらった技なのだ。こうやって触れることで魔力を与えることができる」

「な、なんだ……そういうことか。てっきりあたしは……」

「プラチナ、マイトがいくら落ち着いてても、急に手を取ったらびっくりするでしょ。触るよって言ってから触らないと」

「言ってからなら触ってもいいんですか? って、触りたいっていうわけじゃないんですよ、あくまで研究的な意味でです」

「何の研究だ……」


 俺のぼやきは聞き流され、みんなが休む準備を始める。それを見ていたモニカはなぜか顔を手で覆っていた。


「……どうした? もしかして恥ずかしがってるのか?」

「え、えっと……急に手を握るとか、一体何してるのかと思って。仲が良いとああやって魔力を分けたりできるんだ……」

「い、いや、そういうわけじゃない、プラチナがそういう技を使えるってだけで」

「男女一緒のパーティで一緒に住んでるって、やっぱりそういう……あっ、安心して、私は他のパーティの事情にはずけずけと入りこまないから。そういうこともあるんだな、って大人として見たままを受け入れるから」

「……思ってはいたが、モニカは……ええと。ちょっと変わってるな」

「あぁっ……それって変な女ってこと? そうよね、少しでも普通の冒険者っぽく見せようとしてるだけで、その実は『釣り師』だもんね……本当は漁師にでもなるべきだって思ってるんでしょ?」

「い、いや、そこまで思ってはないが……」


 そういうことを気にしすぎているのが、まさに変わっているところで――いや、俺も『盗賊』というのはあまり大っぴらに言えなかったし、魔竜討伐の一行に盗賊がいるというのはどうなのかと考えたことはあったが。


 それよりも、今は先に話すべきことがある。襲撃事件の被害に遭ったという、モニカの友達のことだ。


「話は変わるが、モニカ、友達が襲われたって言ってたな」

「っ……もしかして、マイト君の力で彼女を助けられるかも……」

「ああ、そうだ。今その人はどうしてる?」

「それが、昼の間は家から出てこなくなっちゃって。夜に訪ねてみてもなかなか会ってくれないし、心配で……」


 眷属化にも個人差があって、エルクのような場合もあれば、完全に操られるまで時間がかかる場合もあるということか――どちらにせよ、ただちに呪いを解かなくてはならない。


「今からその人のところを訪ねられるか? もう夜も遅いが、状況的におそらく起きてはいるだろう」

「い、いいの……? 続けざまにさっきみたいな魔法を使ったら……」

「今夜中に助けられるかもしれない。それならやらないって選択はないんだ……って、それは俺の勝手だけどな」

「……マイト君」


 一度は上手く行ったが、二度目もそうなるとは限らない。他の仲間も立ち会う中で、協力を得て一人ずつ被害者を訪問し、眷属化を解いていくべきだ――そんな考えもある。


 だがプラチナはよくやってくれたし、みんな格上の相手を前に気圧されずに立ち向かった。まだ王都での活動は続くのだから、休めるところで休んでもらいたい。


「……マイト君って、本当にこの辺りで生まれた人なの? ほら、この大陸ってそんなにレベルが高くなれないって言うじゃない。最弱の大陸とか……マイト君は全然私たちとは違う、そんな感じがする」

「それは……さっきエルクと戦った時の俺を見て、ってことか?」


 コイン飛ばしを賢者の技と言い張るのは、やはり難しいか――エルクの職業は『釣り師』なので、俺が何をしたかもよく見えていたようだ。


「釣りってすごく根気がいるし、魚に気配を気づかれないようにってことなのか、私って生まれつき気配を消すのが得意なの。それなのに、マイト君は私がどこに隠れてるか分かってたでしょ」

「えーと……俺が気配を感じ取れてるって、モニカからも分かるものなのか」

「何となくだけどね。マイト君がプラチナさんの後についていってる時も、全然隙がないっていうか……この人ものすごく強いんじゃないかって思ってたから」


 俺がどんな経緯でここにいるのか、話すべきか――まだリスティたちにも話していないのに。


 しかしモニカはふっと笑って、緊張しかけていた空気を和らげる。


「マイト君は、仲間のみんなに活躍させて、それを見守ってるみたいっていうか……危なかったらいつでも出られるように構えてるって感じで。それで私も落ち着いていられたの。一方的にそんなふうに思ってただけだけどね」

「……そういうふうに見えるか? それだと、ちょっと恩着せがましく見えるよな」

「ぜーんぜん、そんなことない。マイト君がパーティの子たちに慕われてるのが、今回のことでよく分かったっていう話ね」

「そ、そうか……?」


 慕われているというのは何か三人に悪いので、無害な四人目として置いてもらえればそれでいい――と、そのことは今はいい。


「まあ……俺について一定の信頼が置けると思ってくれたなら、それは有り難い。モニカの友達に会わせてもらうにも、そういうのは大事だからな」

「私こそ、今日のうちに来てくれるなんて思ってなかったから……このお礼は後日、必ずさせてね」

「報酬のない仕事っていうのもたまにはいいもんだ。何も気にするな」

「……うん、分かった」


 モニカは頷くと、先に外に出て行こうとする――だが、その時。


 すれ違ったモニカの方から、何か光が発せられたように見えて、すぐに消えた。


「ん……何かふわってしたような……気のせい?」

「あ、ああ……」


 今のはおそらく、錠前が出現したときに見える光だ。しかし、開かなければ何の影響もない――のだが。


 振り返ったモニカの周りには、錠前が砕けたときに生じる光の粒がキラキラと浮かんでいた。


   ◆◇◆


 俺たちの拠点から、モニカの友人の家はそれほど離れてはいなかった。パーティ共同で借りている家、その一室の前に案内される。


 ドアには隙間があるが、明かりは漏れていない。だが、暗い部屋の中に誰かがいる気配はする。


「……ちょっと任せてもらえるか」


 モニカと、友人のパーティのメンバー三人に了承を得て、俺は音もなくドアを開けて中に滑り込む。


「――はぁぁぁっ!」


 問答無用――繰り出された拳を打ち払い、相手の体制が崩れたところで足をかけ、すかさず後ろに回る。


「わ、私は……『あの方』のご意思のままに……っ」

「『あの方』……それは誰だ? 暗夜のサテラか」


 名前を出して尋ねても答えないだろうと思っていた。ただ少しでも反応を探れればいい――傷つけるつもりはなく、このまま無傷で無力化する。


「……あの方は……この国の新しい、夜の女王……」


 それは、思いもよらない返答だった。


(どういうことだ? ラクシャが言っていた魔族とは違う……?)


「離せっ……!」


 強引に振りほどこうと暴れるが、解放するわけにもいかない。俺はナナセから預かってきた瓶を開ける――そこから現れたのは、数本のスライムの触腕だった。


「くぅっ……」

『マスター……この人、力、強い……』

「済まないアム、もう少しだけ抑えててくれ」


 アースゴーレムの砂を使って作ったアムも、相当の力が出せる――モニカの友達はどうやら戦士のようで、眷属化が進むことで膂力が増しているようだった。


「全員、一緒に……連れて、いく……私たちは、同じ一族に……」

「済まないが、それはさせられない。人間でいるより強くなれるとしても」

「おまえ、に、何がっ……」


 エルクのときよりも抵抗は激しい――今夜のうちに訪れたのは正解だった。部屋の外にいるモニカたちにもこの声は聞こえているだろう。


 しかしエルクと違い、第二の錠前を出現させるのは容易ではない。アムの限界が来るまでに、条件を満たすことができるか。


 分からなくても、やってみるしかない。


「外で仲間が待ってる。あんたは、今までのあんたに戻れるんだ」

「っ……そんな、こと……私は、望んでなんて……」


 反論は途中で力を無くす――まだ完全に操られている状態ではない。それなら、光は見える――いや、それも違う。


(強引にでも、こちらから見つけてやる……錠前さえ見えれば、鍵は開く!)


 ――『ロックアイI』によって『レミー』のロックを発見――


 ――『ロックアイⅡ』によって『レミー』の第二ロックを発見――


 一つ目の錠前は見えた瞬間に砕け、二つ目が出現する。その錠前に絡みついているのは、血の色をした茨。


(開け……っ!)


 生み出した赤い鍵を、錠前に挿し入れる――その瞬間に、レミーという女性の身体は弓なりに仰け反った。


「――あぁぁぁっ……!!」


 赤い錠前が溶けるようにして砕ける――そして、レミーの瞳から殺気が消える。


「……っ」


 倒れかけたレミーの身体を支える。上手くいった――ある程度接する機会がなければ第二の錠前は見えないと思っていたが、今回の場合はそうではなかった。


 『ロックアイ』は人間が持つ『錠前ロック』を見つける。そのロックに眷属化の呪いが干渉している場合には、俺の力で錠前を見ることができる――ということか。


 レミーをベッドに寝かせ、モニカたちに知らせようとしたところでふらつき、壁に背を預ける。魔力の消費がエルクの時よりも大きい――しばらく休む必要がある。


「マイト君っ……!」


 部屋が静かになり、待っていられなくなったのだろう。扉を開いてモニカが入ってくる。


「レミーっていうのか……この人は。なんとか、上手く行ったよ」

「っ……良かった……レミー、良かった……っ」


 モニカは眠っているレミーに縋りつく――アムはスライムの姿のまま、俺のすぐ近くまでやってきた。


『ごはん……』


 空腹のところ申し訳ないが、俺もアムに分けられる魔力がない。そんなわけで、ここはレミーの仲間たちに協力を頼まなくてはならないようだ。

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