銀ピカのジャケット

URABE

ルアー


ネットで衣服を購入する場合、気を付けなければならないことが多い。そんなことはとうの昔から分かっている。「いいなぁ」と思ったその服を着ているモデルは、小顔でスタイルが良くてその辺を歩いていたら誰もが振り返るような、そんなフォルムだということを忘れてはならない。


――そんなことは百も承知だ。


しかし、服の色はなかなか分かりにくい。まぁ黒とか白とか、ベーシックな色であればそこまで違うこともないが、金とか銀とか「光る色」は難しい。さらにプロが撮影した画像を参考にすると、思わぬ罠が待ち構えていたりするのだが、物欲が優ると正常な判断ができなくなるのが人間というもの。





わたしはそれなりに用心しつつも、シャレた感じのシルバーでモコモコしたジャケットを購入した。だがこれにはちょっとした理由がある、なんと値段が半額になっていたのだ。


(きっと凡人にシルバーは厳しかったんだろうな)


しかし案ずることなかれ。わたしならばシルバーだろうがゴールドだろうが、しっかり受け止めて着こなしてみせよう。





こうしてわたしは、売れ残って半額となった銀ピカのジャケットをクリックした。









今日はクリスマス。ピカピカの服を着るなら今日しかない――。GAPのオンラインストアで購入した例のジャケットに袖を通し、鏡で確認する。


(ちょ、ちょっと派手というかなんというか、変な感じがする・・・)


初見はそんな感じだった。だが室内と屋外では印象は異なるだろうし、そもそもジャケットは室内では着ない。だからこの違和感につながるんだ、決して変じゃない!何より今日はクリスマス、光っていればなんでもありだ。





時間も押しているため、わたしはジャケットを羽織ると颯爽と家を出た。そして信号待ちのタクシーに飛び乗ると、念のため自撮りで服装を確認してみた。


(んんっ?これはスキー場でよく見る服装じゃないか!)


もしこれがスキーウェアならば、白銀のゲレンデにバッチリ映えるだろう。


――そうか、大自然の中ならば金色や銀色といった光る服装でも、変に馴染むというか逆に浮かないのか。だが都心のタクシーの中で見るこの服装は、これからスキー場へ行くようにしかみえない。とはいえ家を出てしまったからには、今日はこの服装で戦うしかない。





品川駅でタクシーを降りるとJRに乗りかえる。満員の車内で人をかき分け、真っ先に優先席を目指すもあいにく満席。仕方なく目の前に立って席が空くのを待つとしよう。


とその時、友人からどこかのサイトのリンクが送られてきた。クリックすると、なんとそこにはわたしと似たような上着をまとった女性が写っている。そして商品名はこう書かれていた。


「防災用のアルミシート」


思わず吹き出しそうになる。なぜならそこで紹介されているアルミシートと、わたしがまとっている銀色のジャケットが瓜二つだったからだ。たしかにこの銀ピカぶりはアルミシートにしか見えない。さらに電車内の照明をジャケットが反射して、余計にアルミホイル感が溢れている。





その直後に別の友人からメッセージが。


「NASA!」


おぉ、たしかに前沢さんぽいフォルムだ。言われてみればこのモコモコ具合は宇宙服に見えなくもない。さらに見方によっては銀色のミシュランマンにも見える。どちらにせよ機能的ではあるが、オシャレとはほど遠い雰囲気を醸し出している。





そうこうするうちに目の前の優先席が空いた。怪我人であるわたしが遠慮なくサッと座ったところ、正面のおじいさんと目が合った。多分彼は二つのことを考えているだろう。まず一つは「おまえ、怪我人でも病人でも妊婦でもないだろ?」、もう一つは「その銀色がまぶしすぎるんだけど、何かのコスプレ?」そう思っているに違いない。


老人が訝し気な表情でこちらを見ていると、その隣りに座る老人もわたしのジャケットに視線を落とした。さらにその隣りのおばあさんもつられてジャケットに釘付けになる。


(年をとると、光るものに敏感になるのか?)


どうでもいい考察をしたところで、目的地の最寄り駅についた。大急ぎで電車を降りると、足を怪我していることが嘘のように全力で走りだした。この時点ですでに友人のライブは始まっている。やはりここでも、裏切ることなく「安定の遅刻」をかましたわけだ。


だが待てよ。ライブハウスは暗いゆえ、コッソリ入れば気づかれないはず。友人に遅刻の連絡をするくらいなら、最初から居たというテイで振舞えばいい。その方が友人にとっても幸せだろう。





ライブハウスに着くと、ドアの奥からドラムとベースのリズミカルなサウンドが聞こえてくる。続いてパンチの効いたサックスの音も流れてくる。ヤバい、完全に遅刻だ――。


わたしは神経を集中させながらそっとドアを開けた。一気に音量が上がり、躍動感のあるビートが飛んでくる。暗闇をかき分け、すかさずセンターポジションを陣取る。


――よし、これで安心だ。









「すごくいい演奏だったよー!」





「ほんと?よかったぁ。ステージからだと逆光でよく見えないんだけど、そのジャケットだけはピカピカしてるから、途中で入って来たのがすぐにわかったよ」





(・・・・・)





スキー場以外で、どんなTPOを想定してこの銀色のジャケットをプロデュースしたのか、GAPを問い詰めたい。


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