第十五話 隷属

 ありったけの力で実の兄に拳を向けるロバート。

 しかし彼の拳は虚しく空を切ることとなる。


「おいおいそんなへんちょこパンチ当たると思ってるのか?」


 いくらジーマが正真正銘のクズであっても、その身一つでガラン商会の中での出世頭になった実力は本物。

 彼はその腕っぷしでとずる賢さで同期を時に殴って黙らせ、時に騙し、競争社会を勝ち抜いてきた。


 そんな彼に今まで喧嘩もロクにしたことのないロバートのパンチなど当たるはずもなかった。


「本当のパンチってのはこう打つんだ……よ!」


 ジーマのパンチがロバートの腹部に命中し、ロバートは「かはっ……!」と肺の空気を漏らす。

 今まで生きてきた中で一番の痛み。

 ロバートは立つことすらままならずその場に倒れこんでしまう。


「ぐう……」


「はっ! 兄に逆らうからこうなるのさ」


 ジーマは倒れるロバートの頭に片足を乗せながら酔いしれるようにそう言う。

 ジーマがここまでするには理由がある。


 彼はロバートの心を完全に折る気なのだ。


 そして心の折れたロバートを己の駒として利用する狙いがあった。

 彼は幼少の頃からロバートの商才を見抜いており、そんな彼に引け目を感じ彼を置いて村を出て行ったのだ。

 あの頃とは違い自分には弟を屈服させる力も技術もある。

 なのでジーマはロバートの心を折り、その商才を自分のものにしようと画策したのだ。



 ここまでやればロバートも歯向かう気は無くなるだろう。

 ジーマは今までの経験からそう確信した。


 しかし。


「足を……どけるっす……!」


 ロバートの心はまだ折れていなかった。

 頭を踏まれながらも腕に力を込め必死に立ち上がろうとする。


 その姿にジーマは冷や汗を流す。

 なぜここまでやって心が折れないんだ。まだ痛みが足りないのか。


 だったら……!


「お前ら、その商品捨てろ・・・


 ジーマの思わぬ言葉にロバートの思考が止まる。

 商品を捨てるだって? それが仮にも商人を名乗る者の言葉なのか?


 そして後からこみ上げてくるのは「怒り」。

 その商品は自分の大切な人たちが考え、そして頑張って作り上げた大切な物。

 彼らはそんな大切なものを自分みたいなひよっこ商人に託してくれた。


 それを捨てるだなんて。

 それは彼らに対する最大限の侮辱。許されるはずがない。


 しかしそんなロバートの思いなど知らずジーマの部下たちは荷車から塩の入った樽を取り出し蓋を開ける。

 そして彼の目線の先にはゴミの収集場がある。なんと彼らはそこに蓋の開いた樽をぶちまけるつもりなのだ。


「やめろ……! やめろぉっ!! それはお前たちみたいのが触っていい物じゃねえっす!!」


「はは、いい顔だロバート。特等席でよく見るがいい、お前の大事なものがゴミに変わる瞬間をな!」


 ロバートは必死に歯を食いしばり拘束から抜け出そうとするがそれは叶わない。

 己の無力さを、ここまで呪ったことはない。

 もっと力があれば。ロバートの目からは思わず涙がこぼれ落ちる。


 しかし男たちの手は止まらない。

 そして塩が樽から落ちる瞬間。ロバートは思わずこう小さく呟く。


「助けて……キクチさん……」


 しかし無情にも男の手から樽は放り投げられゴミ山の中に落ちていく。


 そして大量の塩はゴミ山の上に落ちる……かと思われた瞬間、なにやら青い液体の様なものが突然現れ樽を「ぽよん!」と受け止めた。


「え……?」


 思わずジーマたちはそう呟く。

 しかしロバートだけは何が起きたかを悟り、涙を流す。


「……遅すぎるんすよ、あなたって人は!」


 樽を受け止めた青い液体はズルズルと動き出すと男たちから少し離れた所に立っている男の元へそれを運ぶ。


「悪い悪い、でもなんとか間に合ったようだな」


 男はその青い液体、スライムから樽を受け取りそう呟く。


「てめえ! 一体何者だ!」


 ジーマの部下がその男に詰め寄り襟を掴もうとするが、男はその手を軽く振り払うとみぞおちに目にも留まらぬ速さで拳を打ち込み男を一瞬で昏倒させる。


「なっ……!」


 突然の出来事に戦慄するジーマたち。

 しかし突如現れた男はマイペースな様子で彼らに向き直る。


「さて、俺の相棒が世話になったようだな。ここからは俺、スライムマスターのキクチがお相手するぜ」

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