(3)
『次の日曜日、空いてる?』
そんな文面に、頭が真っ白になった。急いで手帳を引っ張り出して、予定を確認する。
『大丈夫です、一日空いてます!』
送信してからも、心臓がばくばくと音を立てていた。予定を聞かれるなんて、何かのお誘いかな、それなら嬉しいな……なんて、やっぱり期待してしまう。
数分後、届いた返事を見て叫んでしまい、父さんにいらない心配をかけてしまった。
***
「す、すみません! 遅れてしまいました!」
そう言って半泣きで駅の改札口に現れた私に、振り返った雪人さんが笑いながら大丈夫だと言ってくれた。
「俺も十分ほど前についたから、そんなに待ってないよ。そもそも、遅れたといっても五分だけだ」
「で、でも、待ち合わせなのに遅れるなんて」
「はは……。春妃はいい子だね」
優しげな眼差しをこちらに向けて、雪人さんがそう言ってくれる。怒ってない事には安堵したが、いい子なんていう子供扱いには眉を潜めてしまう。
(そりゃあ、大学生から見たら高校生なんて子供かもしれないけど……)
そんな考えが脳裏に浮かんで、自分で自分に少し驚いた。これ以上の子供扱いを父さんに嫌という程されているから、それ以外の人からの分でも不満に思うより呆れる事の方が多かったのに。
「待ち合わせは人との約束だから。人との約束は守らないといけないって、昔母さんが言っていたんです。だから」
「へぇ。しっかりした親御さんだね。あぁ、だから春妃も見た目の割にしっかりしてるのかな」
「見た目の割に……?」
どういう事かといぶかしんで眉根を寄せると、彼は私の耳元に顔を寄せて再び口を開いた。
「可愛らしい見た目とは裏腹に、って事だよ」
そんな歯の浮くような科白をさらりと告げると、雪人さんはちらりと駅の時計を確認した。
「もうそろそろ出そうだね。一旦構内に入ろうか」
「はい!」
***
「うーん、どっちがいいのかなあ……」
二冊の本を手に取りながら、そんな事を呟いた。
「春妃、ここにいたんだね」
「あ、はい。雪人さんの方は……」
「俺はもう決めたよ」
そう言った彼は、一冊の本を私に見せてくれた。
「これ、薬の本……?」
「さすがだね。その通りだよ」
「一応、製薬系の研究所の娘なので……」
雪人さんが持っていたのは、新薬開発に関わる話の本だった。見た事のない表紙なので、新しく出た本だろうか。
「春妃は薬に興味あるの?」
「ええ、まぁ。化学とか生物とか好きですし」
「へえ。やっぱり御両親の影響かな?」
「かもしれません。小さい頃から研究所に出入りしていたから、色々見せてもらってましたし」
「ふーん……」
そう言いながら、少しだけ雪人さんの眉間にしわが寄った。でも、それも一瞬の事で、直ぐにいつもの笑顔に戻る。
「春妃はまだ選んでる最中かな? 参考書が欲しいって言ってたよね」
「はい。一応、候補は絞ったんですが……どちらにしようかで迷っていて」
「ちょっと見せてくれる?」
「あ、はい」
返事をして、手に持っていた二冊の参考書を雪人さんに手渡した。ぱらぱらと中身を見ながら、彼がぼそぼそと呟く声が聞こえる。そんな真剣な横顔を、心臓が逸るのを感じながら眺めていた。
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