第16話 狼王

●狼王


 夜の風。切り裂いて来る猛き咆哮。星の光に浮かび上がる金色の瞳。


「スジラド! ネル様を! ネル様! 盾を構えながら薪をべるんだ!」


 槍のような短剣を抜き、長柄の鍔元を握るデレック。

 幸い狼はこちらを攻めあぐねている。浅くとも堀、低くとも土塁、貧弱でも逆茂木。備えて無かったら大変な事になって居ただろう。なにせあちらは多数なのにこちらはネル様を入れても三人なのだ。


 猛る一匹が跳躍し、植えた逆茂木に引っかかった。


「キェーイ!」


 デレックが繰り出す渾身の突き。


「グォウ!」


 常とは九十度寝かせた刃が、あばらの隙を潜って突き刺さる。俗にあばら三本、心臓を狙う攻撃だ。

 筋肉が刃を咬む前に素早く短剣を引くデレック。尖らせた枝々で作った逆茂木がたわむ。


「ギャイ!」


 デレックに鼻面を斬られた狼が転げ落ちる。


 並の狼の跳躍力が其の場で六十センチ。助走を着ければ百七十センチにも及ぶ。

 しかし全力で跳躍すれば反対側に飛び超えてしまうし、中途半端では中に入り込めない。

 現在、逆茂木が最後の砦となって狼を防いでいる。尖らせた枝が、丁度鉄条網のような役目を果たしてくれてるのだ。


「ギャウ!」


 入り込んだは良いものの、不幸な狼は火の上に飛び込んで、悲鳴を上げて外へ遁れた。


「あ!」


 一匹の狼が、今までの攻防で抉れて出来た足場を使い二段ジャンプ。逆茂木の上を超えて踊り込む。

 圧し掛かる狼を、咄嗟に大盾で防いだネル様だったが、転んでしまった。


「きゃあ!」


 僕が割り込むのと狼が食らい付くのがほぼ同時。


「うぐっ」


 衝撃が走る。狼の牙は、咽喉を庇った僕の左手に食い込んでいた。咄嗟に引き抜こうと押し返すけれど、牙は食い込んで外れない。いや、益々食い込んで来る。


『引くんじゃないの! 押し込むの!』


 ネル様とは違う女の子の声が響く。誰? と思う間もなく、身体は反応。

 音が聞えなくなった世界で、巴投げに宙に放り出された狼がやけに遅く浮かんで落ちて来る。握り込んだ僕の剣が狼の口の中に吸いこまれた。

 そして世界に再び音が戻った時、狼は剣の根元に牙を立てて事切れていた。


「大丈夫! 左手」

「うん。籠手とダークが防いでくれたから」


 牙は僕の肌に達していなかった。


「デレック! あたしも手伝う」


 デレック一人が戦っている所に、大盾を構えたネル様も参戦。当然僕も加わった。

 跳んで来る狼を、盾で外に叩き返すネル様。これが中々の妙手だった。盾だから剣よりは安全だし、面で受け止めるから逃しもしない。

 僕とデレックの手が狼の血で、剣を取り落としそうになった頃。


「ウォォォォ~ン!」


 天地を揺るがすような遠吠えが聞えた。

 埋め尽くしていた殺気が消える。


「一声吠ゆれば、十声答え、十声となわば百声響かん」


 思わずネル様が口遊んだ古詩の一説に頷くデレック。

 一際大きく一際目立つ白銀の狼が、星の光に浮かび上がる。暫くこちらを見つめていた眸の光が横を向くと、


「グゥグルゥグルウォォォォォ~~ン!」


 高く吠えた。

 すると狼たちは精兵を揃えた軍隊のように、整然と行進を始めた。


「百? いや三百か! すげー」


 目を見張るデレック。

 うん。僕もかっこいいと思う。


「いつか、あの狼に成れるかな?」


 言って自分でも驚いた。かっこいいと思う余り、そんな言葉が口を吐いたのだから。


 その後、剣の血を拭った僕達は、興奮が醒めず寝れぬままに朝日を迎えた。

 夜ご飯と大差ないお腹を満たすだけの食事をとりながら、デレックは僕を見つめる。


「前から思ってはいたが、お前ほんとに大した奴だな。ネル様を守ってくれて感謝する」


 頭を下げた。


「良かったら五分ごぶの、飲み分けの兄弟に成ろう」

「いいよ」


 僕が応じるとデレックは、


「武人の誓いだ。同じようにしろ」


 と、見本を見せる。


「俺はスジラドの兄弟として真心を尽くす。別して、スジラドがネル様を裏切らぬ限り、俺の武器がスジラドに向けられることがない事を誓う」


 鞘を握った左手の親指で柄を押し出し、カチャっと僅かに剣を押し出すと、右手でチンっと音を立てて押し込んだ。


「僕はデレックを兄弟として真心を尽くします。デレックが僕を裏切らない限り、絶対に僕の武器はデレックに向けられることはありません」


 同様に、カチャっとチンっの音を響かせた。


「じゃあ。乾杯だ。ほんとはお酒でするもんだが、俺もお前も子供だからな」


 酢を垂らした水を同量、木をくり抜いたコップに注ぎ、


「「乾杯!」」


 互いにコップを打ち合わせて同時に一気に飲み干す。


 そんな僕達を、ネル様は眩しそうに見つめていた。

 だけどこの時。僕達はまさかあんなことになるなんて思いもしなかったんだ。

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