第45話:悪意と叫び

 そんなタイミングで、部屋の外からコイトマの声が届いたため、すがるような思いで扉へ近づいた。しかし、「彼女たちではありません」という悲壮な声に、足がすくむ。


 部屋の扉が開き、姿を見せたのはアデリンだった。

 続けて、名前を知らない警備担当の女性が現れる。彼女は、両手をパドマの肩においていた。いや、押さえつけている、と言った方が適切かもしれない。


「信じてください」

 最後に現れたのがコイトマで、彼女は必死の形相で訴えかけていた。けれど、アデリンは「その話は後で聞きます」と、コイトマを簡単に手で制してこちらを向いた。


「一連の出来事について、あなたのお話を聞きに来ました。ついてきていただけますか?」

 言葉遣いとは裏腹に、有無を言わさぬ雰囲気が伝わってくる。


「一連の出来事?」

 一応とぼけてみたものの、「そこまで言わないと伝わらないのでしょうか?」と軽くあしらわれた。


「体の自由は保障されますか?」

 人のいない左手の扉に視線を送りつつ尋ねると、心情を見透かされたように、そちらからもう一人の警備担当者が現れた。あまりのタイミングの良さに、思わず笑いそうになる。


「正直に話していただければ」

 アデリンの言葉が、空虚に響いた。


 彼女たちは、私たちがここにきてからずっと、行動を監視していた。当然、事件と関係がないことは承知しているはず。にもかかわらずこういった行動に出たということは、つまり、話し合いの余地はないということだ。


 物語の中だけで見知った悪意を、疎外を、初めて目の当たりにした。ただ不思議と、心に浮かんでいるのは負の感情ばかりではない。もちろん、悲しみはあるし怒りもある。けれど同時に、図鑑の中でしか見たことの無い動物を初めて見た時のような、ある種の感動も抱いていた。やはり、物語といえども現実を映しているのだ。


 そんな場違いな感情を持て余している間にも、アデリンと先ほど現れたもう一人の警備担当者は、じりじりと距離を詰めてくる。パドマを抑えている最後の一人は、扉の付近にとどまったまま、こちらに視線を向けていた。彼女たちの動きに合わせてこちらも後退してみるが、何の打開策にもならないことは明白。


 なすすべもなく、パドマの方を見やった。

 彼女は、こちらの行動を待っていたかのように、両手を自分の耳へ近づける。

 目を合わせると、同じ行動を促されているように感じた。

 私は両手を耳のそばまで持ち上げ、人差し指で耳の皮膚を耳孔じこうに押し付ける。

 それを見たパドマは、思いきり息を吸い、そして――

 

 蓄えた空気を、巨大な叫び声に変換した。

 

 金属を何かでひっかいたような耳障りな音が、あたりにこだまする。

 私はほとんど反射的に、パドマの方へ走り出していた。横目に、アデリンが体をかがめ、耳をふさいでいるのが見える。ひとまず体を思いきり押し、転倒させた。


「私はいいから、走って」

 正面からパドマの声。


「なんで」と返しつつ、彼女を抑えていた警備担当者を転倒させる。

「みんなスーツを着てるから、二人じゃ逃げ切れない。ひとまず逃げて、後で何とかして」

「でも――


「二人が助かる可能性が一番高い行動をとって」

 パドマの言葉を聞きながら、横目に、最後の警備担当者が顔をゆがめつつ身を起こすのが見えた。


「分かった。絶対に戻ってくるから」

 そう言って、再び走り始める。


「当然」

 パドマの声が背後から聞こえた。

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