最後のモノノフ

果たし合い当日。


石上家に隣接する武道場にてー。


「ボクもそのつもりできた。(甲三)」


「まさかキミが石上西湖(かれ)と親しかったとは意外だよ。このあいだは悪かったね。(甲三)」


「俺は今日限りの後見人だ。しかと見せてもらう・・・。(テルヒコ)」


3日前テルヒコを路上で踏みつけた少年、甲三(九尾の狐の化けた姿)がリラックスした面持ちでテルヒコ、そして西湖(雅也の父)に言い放った。


天照皇太神の掛け軸ー。


西湖が取り出した木箱のなかから、七支刀(ななさやのたち)が現れる。

※石上神宮に伝承される百済から授かった七本の刃がある宝剣


「ほォ~んものを拝めるとは・・・。さすがは石上西湖だ。目をつけてきた甲斐があった。(甲三)」


「願わくば。私は未来あるキミを殺めるわけにはいかない。(西湖)」


「私が勝てば、キミには一生技を使えないよう、呪をかけさせてもらう。遺書は預けてある。今日は制約なしの格闘(ノールール)でいく。(西湖)」


「そりゃ、とっても助かる。ボクはァ貴方を殺害しに来たんだ。審判不在、生存をかけた超能力勝負(サイキック・バトル)でいいね。ボクの大好物だ。(甲三)」


「それに蠱毒の解き方に精通してるとはすごいすごい!(甲三)」 

※蠱毒(または蟲毒)とは共食いさせ負の力を貯めた虫を呪いに利用する邪法


「騒がしかったのはキミが放ったものだったか。(西湖)」


「石上さん、これは。(テルヒコ)」


西湖の腕にはミミズが暴れたかのようなアザが有刺鉄線のように張り巡らされそれは見た目にも痛ましい傷であった。


「・・・(テルヒコ)」


戦前を生きた神道家のひとりとして知られていた西湖は、長年にわたる修験道の修行により霊験(人知を越えた力)を持っていた。


西湖はあまり公にしてはいなかったものの、本質的に物質に干渉を与える程の力をもつサイキックの素質も持っていた。(※神道家内でも、西湖程の超能力者となるとそれを邪道とする意見もあり、彼自身が内心一番それをわかっていたため。)


そしてその息子(雅也)を仲間に引き抜かんとカラス会が雅也(当時8才)を狙うのは当然であった。


テルヒコは今日こそ九尾の狐を伐つ絶好の機会と思い西湖に先日の次第を伝えたが、かつては権威を振るった石上家。武人として自らカラス会の代表と戦い組織本部へ向かう旨を聞き、その気迫からは自分では止めることは不可能だと悟った。


武道場周辺の子供や通行人、なにか挙動が怪しい。


いかにも現代の密偵らしい、

彼らは九尾の狐(甲三)と西湖の戦いを監視に来た一般人を装うカラス会の工作員と思われた。


テルヒコは意を決した西湖の覚悟を尊重し二人の間に座り見守った。


テルヒコはユタカのいる奥宮にて、精神を鎮魂法(魂を鎮めパワーを得る技法)により鎮め、果たし合い後の九尾との戦いに気を静かに練りながら備えていた。


「(先生の御身になにかあったら俺が・・・!)(テルヒコ)」


テルヒコの横神棚奥には、石上家に戦国より代々伝わる名刀、天狼丸(てんろうまる)が祀られていた。


「では、はじめッ・・・ー!グッ!(開始早々ガードする西湖)」


ダダダッ!ギューーーン!(開始即ダッシュする少年)


突如裸足で床を蹴り上げ駆け出し、目を血走らせ突撃した甲三(九尾)による眼球を狙った2本指が、西湖の顔面直前ギリギリで西湖の指(手印)により受け止められていた。


「(・・・八束の剣!)(テルヒコ)」


西湖のガード時に形作られた作法、その型は邪神を切り裂く神の剣、八束の剣をイメージした手の印(両中指を合わせ刀をつくる)。


まるで九尾の狐にたいし両中指を立て(ファック)とやっているかのような西湖のガードは精確であったが、その顔に流れる冷や汗は彼の本心を表しているかのようだった。


「・・・!切れている。(テルヒコ)」


プシュー!


甲三少年の舌が、一センチ深くびりりと鋭利な刃物のような(力)により切り込みが入っていた。


「これで、・・・観念なさいッ!(西湖)」


「ぶへぇ!へへへ(甲三)」


口から赤い血を吐き出す甲三は美しい顔を悪魔のように歪ませヒトクイ鬼のような容貌の微笑をたたえ、西湖を見つめた。


(・・・あいつ、なにを・・・!)


テルヒコは戦慄した。


ゴリリッ!


(肩の間接がはずされたー!)


「ウフフ・・・!(甲三)」


甲三の目を見た西湖は、全身の力を何者かに吸収されて奪われるかの如く外された肩ごと脱力してしまい、指で攻撃を受けたまま袴からドスンと武道場の床に崩れ落ちた。


だがさらにテルヒコをドン引きさせた光景はここから先である。


「坊や。只ではすまぬよ。(西湖)」


ずり落ちた西湖の手刀の、指のラインに沿うように少年の両眼球が引きずり出されていたからである。


バチィン!


「危なかっタアー!(甲三)」 


首を後ろに降るだけでリールを巻くように目を元につけ直した少年。


「(どういうことだ?!)ぐうあー!(西湖)」


(次は、足も!)


折れ曲がる足。


踏みつけんと振り落とされた少年の膝を

寝ながら咄嗟によけ、間接がはずされているにも関わらずタコのごとき柔軟な動きでカサカサと

仰向けとなりながら少年を翻弄する西湖。


あり得ないほどの跳躍力でジャンプし少年をリードしている。その筋肉のしなやかさ。


モハメドアリとアントニオ猪木の戦いのような、いやそれよりさらに異様であり、変則的(トリッキー)な光景。


「うわ!(甲三)」


少年の足に容赦なく噛みつく西湖。

少年を見上げニヤリ笑う。


「こいつー。(甲三)」


振り回されても離さず咬み続け、


7回目ようやく蹴られて弾き飛ばされる。


「ぬアーッ!(西湖)」


そして直後涼しい顔で叫び声と共に、体をゴリゴリいわせ全く何事もなかったかのように立ち上がった。


「ウソだろ?!(テルヒコ)」


(身体どうなってんだこのオッサンは。)


「えい!(少年)」


立ち上がる途端、少年の小指の中から出た刃らしき金属が途轍もない疾風の速さで西湖の頸動脈にカウンターとなり撃ち込まれた。


スパアン!


飛び散る鮮血ー!


「それくらいじゃ死なないかあ(少年)」


苦しみに耐えながら刃をかわし続ける西湖の胴体および足首を少年は何度となく膝ゲリ、脚気検査のようにローキックし、異様な構えで再び態勢を崩そうとする。


「どこからでも来なさい。(西湖)」


(なにをやってるんだ・・・・・・そうか、石上さんは!・・)


不動の構えから縦横無尽、体幹をぶれさせることなく、気配を先読みするかのようにあらゆる攻撃をかわす西湖。


(やはりな、速くなってる。)


(彼は動きを読もうとしない。動きを読もうとしたら反対に敵に会わせる運びとなる。いい加減だから気配がわかる。しかも相手の体から出た霊気を取り込んで自らに引き付け操っている、なんて力だ!)


部族の儀式、シャーマンのトランス状態に酷似した舞いにも似た二人の戦いは平行線をたどる。


5分が過ぎていた。


「(今度は、死返の手印だ・・・。足さばき、ステップ間に振魂をやってる。回復だけじゃなく速さも得ようというのか。)(テルヒコ)」※死返玉


※振魂=魂を活性化させる動作


「じゃ、今からよろしく。はじめるよ!(甲三)」


「なにィ?!(テルヒコ)」


ぱちん!


少年が指を1度ならしただけで、生命力を回復しかけていた西湖はいとも簡単に、糸の切れたマリオネットが如く再びドサッと倒された。


「いまから。殺ってやるよ・・・。(甲三)」


「(まずい、このモノノ怪は・・・!)(テルヒコ)」


九尾の狐(甲三)により突発的かつ成す術なしにくり出される妖魔の術は修行を重ねた人間(西湖)の力を持ってしても、よもや測れぬ深淵の恐ろしさがあった。


西湖の目に映る甲三を含む世界が上下逆転し襲い掛かる。悪魔の笑顔を浮かべる甲三の幻影がくっきり抜き取られたかのように影となり西湖の心臓を締め付ける。


「どうする、どうなるんだ・・・(テルヒコ)」


「・・・!(西湖)」


勝負ありかと思われたが、西湖が数を数え目をぐるぐる回し体を揺らしたその時、甲三は思い切りのスピードで(フィギュアスケーターのように)半時計回りに吹き飛ばされた。


このとき西湖は、全神経を研ぎ澄まし身体中を利用した鎮魂の儀を行い、倍増させた己のサイキック力を少年目掛け爆発(バースト)させていた。鎮魂はそれそのものが邪気を祓う技(ワザ)である。


「キミは、ハア・・・ハア・・ひ、人でない、魔性の・・・“モノノ怪”だな!(西湖)」


殺人の域に到達する角度(まはんたい)へと曲げられた少年のクビ。


「いいよ、そういうことなら(ゴキン!)ボクも!(甲三)」


西湖の念波を読み取った甲三は、あり得ない反対側へと折れた首を戻し、さらに嫌らしく笑う。


笑顔の少年が手をかざすと西湖は右に左に操られるかのように振り回され、反対に西湖が反対側へと揺れ出すと念力の力か、神棚が倒れ少年の姿勢が崩された。


「キエーッ!覚悟!(西湖)」


ドスゥッ!!!


「グゥウアアアーッッー!(少年)」


西湖の飛び蹴りが少年の顔面に直撃し、天照皇太神の掛け軸が勢いよくはずれ落ちる。


すると絶好なタイミングで少年の目、口、鼻から溢れる炭酸飲料のように音を立て血が吹き出し少年の目はグロテスクな赤へと変わった。


それは歴史の陰に生きた異能者達の、


達人の戦い。


命を懸けた最後の戦いだった。


(中枢神経系を破裂させたか・・・石上西湖め!)


テルヒコは感嘆と衝撃の綯交ぜとなった感情を彼らに感じた。


「・・・!(甲三)」


突如攻撃の一切をやめ、座禅をくみ出した少年。


同時に微動だにせず目を薄く開き少年の影を追う西湖。


彼と少年、二人の沈黙の時は20分にわたった。


「精神を離脱させ戦っているんだ・・・(テルヒコ)!」


一見全く地味なやりとりに見える。


何も起こってはいないかのように普通の人間の目にはみえるこの状態。


だが、互いに異常なまでに汗を流し何百キロにも続くマラソンのように苦悶の表情を浮かべ互いに一歩も引かない。


このとき、二人の精神は肉体を一時離れ魂となり高速な気弾となってぶつかりあっている。


強烈な重圧感がテルヒコには見えた。


ヒビがはいる武道場のガラス窓。


魂の戦いは肥大するバリア状の膜となり、肉眼では見えぬ光となり武道場の隅々をポルターガイスト現象のように破壊しつくす。


互いに張られた膜(エネルギー)が西湖と少年の互いの臓器、神経を食いつくし、


体のすべて、精神を食いちぎり言わば共食いに近い気弾の鬩ぎ合いのような状態に突入していた。


(コロス)


数秒沈黙の後、道場のなかに突然、空気中から無数の刃物や食器、虫やカラスの群れが出現(物理移転、アポーツと思われる)し一斉に西湖を襲う。


拳、手刀によりすべてを凪ぎ払い


西湖は冷静に道返玉(ちかえしのたま)を唱え手印を下方に形作る。甲三の引き起こした物理移転現象をそのまま謎の異空間へと放り投げる。


「・・・ハア・・・ハア、きさま、思っていた通り。(西湖)」


「地味な技ばかりでつまんないからさ~。西洋にはこんなやつら(サイキック)がごまんといて愉しいよ!キミもカラス会(うち)にくればさらに修養(パワーアップ)できるというのに・・・!(甲三)」


西湖の口から出てくるバッタ。「※香取の神ィ!」彼の短く放たれる言霊により打ち消される。※香取の神=魔を祓う剣の神様


油断すれば互いにどうなってしまうかわからない。


押し返すように広がる甲三の傷口。


「魑魅魍魎め。私は神道家としての誇りがある。貴様ら魔物の力など自然の摂理(おきて)に逆らう邪法にすぎない!命に替えても(西湖)」


西湖の体力は限界を迎えはじめていた。


「うあ゛アアアア゛ギィヤアアアア!!(西湖)」


西湖の念力により、千切れ回転する少年のクビ。


ぐっちゃ・・・


瞬時に繋がるそのパーツ。


「素晴らしいヨ・・・キミも素質があるのかな、ボクらと、おんなじぃー!キャハハハハハ!(少年)」


グサッ!!!!!!!(飛来した刀の刃が少年の二の腕に刺さる)


「?!!(テルヒコ)」


「痛・・・!なんだよこれ。いてえじゃねえか、

イッテエーナァアーー!!!(甲三)」 


はじめてキレた、甲三の赤い瞳。


切り落とされた少年の腕。


援軍(その刀)は、彼(西湖)の掌のなかにあった。


少年の腕で再生されはじめる生体組織。


「(治りがかなり、遅れている・・・!勝機が見えた!)(西湖)」


西湖の手には、自らの意思で飛来した刀、(天狼丸)が、血と共に握り締められていた。


「こそばゆいな。(甲三)」


「があー!(西湖)」


切断された少年の五本指。


眼から血を流し凄まじい目にも止まらぬ俊敏さで刀を振るう西湖。


その迫力は、真剣(マジ)の死を意識した男のそれ。


天狼丸の力か、殺気に満ち溢れた西湖の勢いが完全に別人のようになってゆくことに、テルヒコは勘づいた。


「あの刀、血に飢えている?!(テルヒコ)」


「これはどうかなァアーッ!!!(甲三)」


次の瞬間、大きく手を広げ逆立つ髪の甲三から放たれた大型台風クラスに匹敵する念波が確かに眼に見える残像として、武道場そして西湖の邸宅にかけ半径数十メートル四方を喰らい尽くした。


「ぐうわあーーーーッ!(西湖)」


「うわァアッーー!!(テルヒコ)」


屋敷のすべてのガラスが粉砕した。


ブドゥルシャリレルララアッ!


拡がる赤。


血飛沫、臓物、脳、眼。歯・・・。


屋敷で働く人間たちの中身が飛沫のようにネジ切れ、甲三の念力により石上家は血祭りに塗り上げられ、また、染まり上がっていた。


「・・・・・バイオレンス・タイム。(九尾の狐)」


ついに本性を見せた九尾。


白い毛並みの奥から溢れるどす黒い殺気。

破滅即享楽を体現したそのエネルギー。

九つの触手のごとき妖魔の尻尾は蠢いていた。


膝をつき九尾の姿を睨む西湖。


彼の隣(その奥)から、その対決を待ち構えていた一人の男が現れる。


「馬鹿め、尻尾をみせたな・・・!(テルヒコ)」


「ああ?!(九尾の狐)」


「お前が忘れたとしても、俺は忘れない!(テルヒコ)」


男(テルヒコ)が握っていたのは、七支刀であった。


「・・・戦国の時節(とき)より、この日を待っていたぞ!九尾の狐!(テルヒコ)」


「今度こそ・・・こんどこそキサマをォオオオ!!!!!!調伏する!!!!!(テルヒコ)」


衝撃波によって身体中の臓器が破裂したテルヒコは、血に濡れながらすべての意識を込め、全力で奉られた錆び付いた宝剣(七支刀)を握り、物部一族の奥義、(布瑠の言)を瞬速で解き放った。


※フルノコト=十種の神宝の力すべてを一斉に発動させ邪神を祓う石上神宮に伝承されるニギハヤヒの神が用いた最大の奥義


「一二三四五六七八九十(ひふみよいむなやここのたり) 布瑠部 由良由良止布留部(ふるべ、ゆらゆらとふるべ)・・・!(テルヒコ)」


「地獄へゆけえエェエーーッ!!(西湖)」


テルヒコのフルノコトによる雷撃(エネルギー)。


すかさず武道館空中へ跳び、刀(天狼丸)を九尾の狐の腹部へ貫いた石上西湖は思った。(俺は負けた!)


テルヒコは見た。西湖の刀の先にあるもの。


それは(人形=ヒトガタ)だった。

※陰陽師が使う身代わりの紙人形


戦いは終わった。


「うぅわあああああー!(西湖)」


涙と共に崩れ落ちた西湖を、血をはきながらテルヒコは見た。見届けた。


「(石上さん。あんたの勝ちだ。)(テルヒコ)」


戦いの被害、周囲の市民に変装して

張り込んでいた連中。


カラス会の工作員部隊により戦闘の騒ぎさえ

徹底し隠蔽と回収がなされていた。


数時間がたち、呆然とする西湖をみてテルヒコは


邸宅を後にした。


夕焼けに包まれた無惨な、悲しい光景。


武を護り抜いた石上家に吹く風はあまりにも救いがなかった。


3日後。


「本当に新聞記事にさえなんねーんだなあ。言ってやりたくないが流石の、とんだ連中だな。(テルヒコ)」


戦いのほとぼりが冷めやらぬ後、西湖(かれ)からテルヒコの住み込みで働く料亭宛に手紙が届いた。


「あんた、ほらあの石上さんから手紙が・・・!(女将)」


宮崎(ここ)に帰ってきたのも、ほんの数年前。テルヒコにとって稀に会う仲間たち、家族同然に自らに温かく接してくれる瀬川家(料亭を営む一家)との交流が、彼にとって唯一の安らぎであった。


看護学生だった料亭の娘アキ(瀬川亜紀枝。実は彼女の娘が大善に未来嫁ぐことになる。)がテルヒコに手紙を渡した。


「ダイちゃん、今度は・・・どこに旅にいくの?(アキ)」※ダイちゃん=テルヒコの偽名。当時は橘姓を名乗った。


「この傷だってサ・・・そうよ。不良と喧嘩でもしたの?!(アキ)」


「子供じゃあるまいし、大丈夫だよ。(テルヒコ)」


「もうやめてってあんだけいったじゃない。(アキ)」


「これは自転車でスッ転んだだけだよ。余計な心配せず、行ったいった。(テルヒコ)」


「オートバイ好きなあんたがすっ転ぶはずないじゃない!隠し事しないでいって頂戴よ。(アキ)」


多くを言わず働く自分を雇ってくれた優しい女将さん、旦那さん。アキ、みんなありがとう・・・。


彼の目の前を覆うモノ。言葉にはできない感情。


「どうして・・・(アキ)」


時代を反映した髪型、アキは薄紅のセーターを着ていた。季節はもうすぐ冬。瀬川一家はテルヒコにとってよき理解者だった。


いつか別れはやってくるー。


これは解放されることのない呪い、

輪廻なのか。


(これから先オレは幾度となく戦って、いつか感情すら忘れてしまうのか?!)


「(人類が滅びた誰もいない世界で。

永遠に化物と戦うのかー?)(テルヒコ)」


目の前にはいつもと変わらぬ彼女がいる。


「なあ、もしオレがいっしょに旅に出ようっていったらアキは付いてきてくれるか?(テルヒコ)」


「そ、それってどういうこと?!もちろんいくわ!だって、ダイちゃん面白いから道中ずっと楽しそうじゃない・・・!(アキ)」


「じゃ、そんときゃ女将さんたちも。約束だからな。世の中が落ち着いてまたいつか、この家に、帰ってこれたら。(テルヒコ)」※当時戦争が頻発していた為


また、皆にあえたら。


(また、生まれ変われたらな・・・!)


黙りうなずくアキ。

「・・・嘘がへたくそね、そんなこといって・・・二度と帰ってこないんでしょ?!ねえ!(アキ)」


「知ってるんだよ。あたし、全部知ってんだから・・・。(アキ)」


「・・・・・・・・・。(テルヒコ)」


涙の余り訴えるアキの表情が変わる。

アキは、先日の戦いのことも何も知らない。


「ううん。・・・わかんないよ。わからなくなる。(アキ)」


「ホントのダイちゃんは、何処にいるの?(アキ)」


その言葉がテルヒコの心に突き刺さった。


その精神と体は闇の瘴気、繰り返す戦いのなかで蝕まれ磨耗していった。


数百年周期に限界を迎えて蘇る体。


歴史の断片のなかで記憶の大半(おおく)を失い、全国を流離う日々が続いていた。


これ以上深く関わったら彼らも巻き添えにしてしまう。


「・・・・・・(テルヒコ)」


「ねえ、あぁあたし・・・(アキ)」


「おい、アキさん~!・・・あ、橘さんとこの。(2階の窓から見えるアキとテルヒコに路上から挨拶する青年)」


「(青年を見て微笑む)大丈夫だよ!また落ち着いたらすぐ、帰ってくるさ!(テルヒコ)」


「な~に暗い顔してんだ、ほら俊行くんが来たぞ!頑張れヨ!(ガッツポーズし青年に目配せする)ほれ、元気だして!(テルヒコ)」


ただならぬ気配を察したテルヒコは、涙を押さえて彼女の頭をはいはいとわしわし撫で、なんでもないように爽やかに荷物をまとめ料亭を出ていった。


「いかせてやんな・・・。(女将)」


「こ、この・・・!!人でなし!フーライボー!碌でなしのアンポンタン!

ダイッキライよ!なんでよ・・・なんで・・・?(アキ)」


「ダイちゃんがそんなナマクラもんに見えるかい?(女将)」※ナマクラもん=いい加減な人(切れ味の鈍った刀をナマクラという)


その絆が何よりも嬉しく、手放すまいと思うほど怖かった。


テルヒコとかつて暮らしていた料亭の女将とアキは、去り行く影を小さくなり消えるまで見送った。


「人でなし・・・か。ま、遠からずかもな。(テルヒコ)」


それから駅までの道のり、テルヒコにはとても堪えられるものではなかった。


「いつ、俺の旅は・・・・・・・・。」


握りしめたアマテライザーを見て、鏡を覗きこむ。


無人駅に見える白い帽子。

その空気をおもんばかりそっと陰に隠れたユタカがいた。


「さようなら、テルヒコ。(ユタカ)」


その姿が風と共にきえてゆくー。


再び逢いに時を越えやってきた。


また、さようならさえ言えなかった。


姿(しょうたい)を、見せられるはずもない。


数百年ぶりに。体を得て、


砂時計をひっくり返すように、何度あがいても


すべてが無駄になる。


光であると同時に穢れた(黄泉)の住人。


彼女(ユタカ)に与えられた刻も、

儚いものだった。


「・・(腐敗が進んでいく体)・・・!(ユタカ)」


ガラスの靴は砕けた。


「・・・追い続けて・・・私の影を・・・

(ユタカ)」


テルヒコが振り向いたそのとき、

その幻が微かにみえた。


鏡に映されるモノ


闇と光が激しくせめぎあうはざまで


翻弄される人間たちが織り成す綾。


テルヒコは、

彼らのなかに灯るその光を信じた。


ー陰陽連特務機関カラス会が再び台頭しようとしてきている。ー


その後、テルヒコは一人渡された封書を開き、これから待ち受けるさらに力を増した闇の中に向け歩きだした。


「行こう・・・。俺たちを待つ、その炎の先へ。(テルヒコ)」


西湖のテルヒコに宛てた手紙の内容は、文書ではなく紋様、そしてある書物であった。


「・・・受け取ったぜ。たしかに。(テルヒコ)」


それは石上家に祭られた、十種神宝のパワーが封じられた、神札。


「海君へ。武運を祈ります。

君なら彼奴(九尾)に剋(か)てる。」


倒された武道館の奥にあるものであった。


妖魔と戦った最後のモノノフ(物部)、

石上西湖は6年後路上で謎の死を遂げることとなる。

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