勇者の育成とか、マジめんどくさいって…
あんとんぱんこ
出会いは、妥協と共に
「ちょっと!貴女っ!前に出過ぎよっ!下がりなさい!」
後ろから聞こえる甲高いお嬢様な怒鳴り声を冷静に無視して、私は目の前の大きな壁に剣を構えて突っ込んだ。
私の目の前にあるのは、まさしく壁、まごうことなき壁、どっからどう見ても壁である。
灰色のれんがを互い違いに積み上げたような、コンクリートブロック塀の高さ2.5M版と言えるモノ。
私の記憶の遥か彼方にある、私の前前世さんが暮らしていた場所の、ありふれた建築様式を思い出して薄く笑みが零れてしまう。
私のダッシュに意表を突かれたらしい大きな壁は、刹那的に動きを止めた。
その僅かな思考の逡巡が自分の命を絶つとは、流石の壁にもわからなかったようだ。
私は、絶好のチャンスを見逃さずに壁の中心、顔の様なものの額にあたる部分のわかりやすく弱点と思われる綺麗な石の真下、多分眉間と思われるところに、手にしたレイピアを屈伸の要領で飛び上がり突き立てた。
大きな音を立てながら崩れていく壁は、額の石を残して砂となり塞いでいた道を私たちに晒した。
そそくさとレイピアを腰の鞘に戻して魔石を拾い、壁だった砂を小さな袋にパンパンに詰めていく。
討伐部位として提出する分と素材として使う分を2袋にせっせと詰めていると、半分忘れていたお嬢様から声を掛けられた。
「貴女、見事だったわ。だけど、私の言葉を無視するのは頂けないわ。貴女は私の戦闘訓練の補助で補佐の依頼を受けているのだから、私の言葉には従いなさい。貴女は平民で獣人、私は貴族。平民で獣人の貴女は、貴族である私の言葉を傾聴するべきよ。」
貴族的な貴族らしい、貴族のお嬢様。見た目も中身も、そのまんま。
めんd・・・はぁ・・・・
「あれは誰がどう見ても、お嬢様じゃ殺されるでしょう。護衛なんだから、お嬢様を護衛しただけですよ。そして、私は獣人ですが平民ではなく流民扱いの冒険者です。税金払ってないし。そんかし、なんかあってもあんたら貴族は冒険者を守らんでしょうが。獣人なら尚更に。搾取するだけってのは、タチの悪い太った豚へまっしぐらデスヨ?お嬢様」
後ろのお前らもお嬢様を守れよ!貧弱ボンボンの騎士モドキどもが。
とりあえず、ガン飛ばしておこう。
「やってみなければわからないでしょう!今回は私の戦闘訓練なのよ?貴女が戦闘してどうするのよ。私だってちゃんと戦えるわ!次は、私の後ろで見ていなさい。それに、搾取なんてしているつもりはないわ。それが当たり前なのだから。避難するのは、貴女が間違っているわ。私は豚になんてならないし。口に気を付けなさい。獣人風情が!!」
ふんっと鼻を鳴らして、私の横を通り過ぎていくお嬢様の後ろをぞろぞろと貧弱なボンボン達が付き従って行く。
とりあえずは、任務だしぃ?ついていくけどもだっ!
貴族様のお嬢様のその口をぶちっとちぎってやりたいと思うのは思うだけなら、私の勝手だよね?
しかし、相も変わらずこの世界の人族は亜人や獣人には厳しいな。
前々世の現代日本の女子大生だった私からしたら、腐ってんなと思う。
まぁ女子大生の私は、何も考えずに生きて何も成さずに事故であっさりと死んだけども…
前世の聖女してた私だって、亜人と獣人の擁護と権利取得に奔走した挙句に、私と私の人気を気に入らない貴族様に暗殺されたしなぁ。
今世だって、獣人の猫耳族に生まれて冒険者として活躍しても流民扱いの使い捨てにしか見られてない。
ほんっと、腐ってんな・・・
何のために記憶を残して転生してるのか、誰か教えてくれないだろうか・・・
壁が無くなった先には、小さな部屋があった。
部屋の中心には、これまたテンプレな小さな台の上の小さな宝箱。
お嬢様は、躊躇せずに箱を手に取ろうとしていた。
「ちょっ!まてまてまてぇ!」
手を止めていぶかし気に振り向いたお嬢様の鬼の形相に、ドン引いたわ。
「なんですの!?貴女、今、私に待てと命令しましたの?」
「したよ。当たり前でしょうが。罠を確認もせずに素手で持ち上げるとか愚の骨頂ですか!!講習で習いませんでしたか?危機が去った後の油断が一番の大敵だと。寝てました?忘れてますか?頭おかしくなりました?」
あまりのバカさ加減に、うっかり毒まで混ぜて吐き出してしまった。
冒険者なら、騎士なら、必ず耳にタコが出来るほどに繰り返し聞かされる言葉を、このばk…もとい、お嬢様はサラッとペロッと無視しやがったんだから仕方がないだろう…ということにする、うん。
ってか、お前らも聞かされてるはずだろうが!バカ騎士ども!!!
そして、お嬢様は私をガン無視して宝箱を開けやがった。
パッカと何の抵抗もなく開いた箱の中には、小さなコインが一枚あったらしい。
ばk…お嬢様が、摘まみ上げて満足げに私を振り向いた。
「ほら、何のことは無い。危険なんてないじゃない!貴女は嘘つきね。そして、役立たずだわ。私の成長のための役に立たなかったもの。成果が金貨一枚なのは少々つまらないけれど、まぁいいわ。帰りましょう。貴女は、ここまでで結構よ。騎士たちだけで十分だったわ。」
お嬢様は、言いたいだけ言い放ってすたすたと元来た道を帰りだした。
「ちょっ!!せめて署名だけしてけよ!依頼書!!!」
一瞬呆然としてしまったが、大事なことを思い出してよかった。
一人残された私は、放り投げられた小さな箱を拾い上げた。
よく見ればかなり精巧に作られていた。見た目は簡素で飾りは一切なかったけれど、
細かい細工も施されている。箱だけでも、価値のありそうなものだった。
これは、冒険者らしく頂戴して行こうっと。
そう思って空間庫機能付きカバン、早く言えばマジックバック又はストレージに箱をしまおうとした時だった。
辺り一面が光に包まれて真っ白に・・・転生のテンプレか?いや、私死んで無いし・・・まだ早いっしょ~!ヤダよ~!!
目の前に現れたのは、いかにも女神といかにもな日本人男子。
「やっと、来たよ・・・」
「長かったわねぇ・・・」
くたびれた感のある二人の間延びした第一声に、イラっとする・・・
「あんたら、女神と日本人男子?私死んで無いよね?説明して欲しいんだけど?もうしばらく待ちぼうけしたい感じ?」
「待って待って!説明するから!怒んないでよぉ。ちゃんと女神と勇者だからぁ。」
いかにも女神は、ちゃんと女神だったらしい。
金色のうねうねした長い髪を揺らしながら、身振り手振り付きで説明してくれたところによると、簡単に言えば、彼は勇者として召喚したけど色々不安しかないから強い人と一緒に居たいとわがままを言ったらしい。
そして、そこに難易度の上がったダンジョンをクリアした私が来たと。
一応動向は見てたけどお嬢様と一緒は嫌だから、私が一人になるのを待っていたと。
そして、私に勇者を育てて一人前にしてくれと。
もちろん、これで全部か?と確認した直後にお断りしました。
理由は、1・めんどくさい。2・私獣人(迫害を受けているようなもの)。3・そこまで強くない。4・めんどくさい。
以上の理由で丁重にご辞退申し上げました。却下されました。
理由は、待ちくたびれた。以上。ふざけんなっ!お互い様だけども…
結局、女神からチートを貰って、金を貰って、私がなぜ前世と前々世の記憶を持っているのかを解明すると約束させて勇者(仮)を引き受けた。
私が前世の記憶持ちなことも、日本人だったことも聖女だったことも、獣人が迫害を受けていることもまるっと全部知っていて選んだと言っていたから、何かしらの思惑もあるんだろうし、かなり気に入らないけど仕方ない。
お金大事!チート万歳!
勇者(仮)もとい、神谷大志を引き連れて、ホームにしている街に戻った。
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