第6話 少女たちの舞

 ラファの家の一階部分は、客が入って飲み食いしたり踊りを鑑賞したりする広間となっている。

 大きな広間の前面が舞台で中央部分が岬のように観客席の中程まで飛び出している。その突き出た部分を囲うように観客席が設置されていた。


 ステージ上には衣装を着た見習いの少女たちが10人ほど集まり、和気あいあいとお互いの衣装などを確認しあっている。

 その中にはジュリアとイザベルの姿もあった。

 観客席にはカタリーナとジニー、キャロルそれにレビンも並んで座っている。


「ハーイ。それじゃ最初の位置について!」


 ジニーが少女たちに指示を出すと、少女たちは左右の舞台袖に分かれて準備をした。


「音出してもらえますか」


 舞台下の隠れた位置にいる数人の演奏者たちに声をかけると、弦楽器と打楽器の軽やかな音色が流れてきた。

 ジニーが演奏に合わせて小気味良い手拍子を打つ。

 軽快なリズムに合わせてステップを踏みながら少女たちがステージ上に登場する。

 少女たちは横一列に並ぶと両手でスカートの裾を掴み左右にヒラヒラとさせながら舞い始める。

 スカートの下の下着がチラチラと見えてレビンは思わず視線をずらした。

 少女たちは隊列を変えながら所狭しとステージ上を移動する。


 ジュリアはレビンの姿を見つけると豊かな胸を見せつけるように色っぽい視線を送る。珠のような汗が一層艷やかに映る。

 対してイザベルはひとつひとつの所作が丁寧で美しかった。イザベルはレビンと目が合うとさっと目を伏せる。

 タイプこそ違うが、少女たちの中でも二人の踊りが飛び抜けているのは誰の目にも明らかだった。

 純粋な踊りの技術であればイザベルの方が上であろうが、表現力の豊かさや観客の心を煽り虜にするのはジュリアであろう。


 少女たちは二人一組となりお互いの手を掴むと独楽のように回り始めた。ジュリアとイザベルも両手を握り舞台に大きな花を咲かせる。

 次第にジニーの手拍子と演奏のリズムも早くなってきた。

 少女たちが横一列に並びスカートをはためかせながら大きく足を蹴り上げる。隊列が左右に分かれるとその中央からジュリアとイザベルが現れる。音楽に合わせて二人は勢いよく駆け出すと側転から体をひねり宙を舞った。軽やかに着地のポーズを決めると他の少女たちとともに一礼し舞台袖へと消えていく。



 ******



「初めてみた感想はどうだい?」


 カタリーナはレビンの肩に肘を付き体を密着させる。


「ちょっと近づき過ぎよ、母さん」

「そうそう、そこはジュリアの席だからねぇ」


 ジュリアがレビンとカタリーナの間に割り込んできた。

 それをイザベルはジッと見つめている。

 四人の他に一緒に踊っていた見習いの少女たちも現れて、レビンは女の園に放り込まれた気分になった。


「あ、あの。凄くてビックリしました」


 レビンは急に囲まれた状況に対応できず、よく分からない感想を口にした。


「じゃあ、折角だからキャロルに感想を言って貰おうか」


 カタリーナがそう促すとジュリアとイザベルの目が輝き出す。


「それじゃあ、全体としては出来上がっていて良かったと思うけど、個人個人では細かな間違いやズレがあったから、これからも練習して精度を上げること。それと中央のジュリアとイザベルの二人だけど、ジュリアは観客の方へ意識が行き過ぎだよ。お客さんを惹き付ける踊りもいいけど少し所作が雑になっているね。イザベルはいつもと違って観客席の方へ視線を送れていて良かったよ。普段は踊りに集中しすぎてお客さんを置き去りにすることが多いからこれからも頑張って。二人とも細かい修正点は有るから、いままで以上に練習に励むように、ってとこかな?」


 キャロルは皆をざっと見回すとカタリーナに合図を送った。


「私もだいたい同じ感じだね。ジュリアは店出しが近いからもう少し真剣に練習するように。イザベルも一人だけ見ていればいい話では無いからね、勘違いしないように」


 カタリーナがそう言うと、ジュリアは不満げな表情を、イザベルは恥ずかしそうな表情をあらわにした。


「さてと。久しぶりにキャロルもいることだしお手本になる踊りを見せて貰おうかね」


 カタリーナが目配せするとキャロルは小さく頷いた。


「とりあえず基本のミリエルダンスで良いよ」


 キャロルは大きなスカーフを手にステージへ向かった。今日はキャロルも踊りの衣装を着て準備をしていたのだった。


「いいかい。金を払ってでも見るべき踊りというのをしっかり目に焼き付けるんだよ」


 カタリーナは見習いの少女たちにそう言うとジニーに合図を送った。ジュリアとイザベルの二人も前のめりになってステージ上の少女を見つめる。

 ジニーが演奏者たちに合図を送ると軽やかなリズムの音楽が流れ出す。

 ミリエルダンスは美神・ミリエルに捧げる踊りである。踊り子自身が美神となり舞う、いわば神事の舞であった。

 音楽に合わせキャロルが回転すると黒髪に衣装とスカーフが広がり美しい花を咲かした。ピンと伸びた背筋と長い手足が美しさを際立たせる。肌があらわな腰から首元までスカーフが大蛇のように絡みつき扇情的な雰囲気を醸し出す。


 ミリエル最大の特徴である美しさを隠さず、人々の心を波立たせ冷静さを失わせる踊り。女性としての内面の美しさや感情と官能を表現し見る者を吸い寄せる舞を踊るキャロル。

 腰から指先までしなやかに動かしキャロルは恍惚の表情を浮かべる。レビンはその踊りを見つめたままゴクリと生唾を飲み込んだ。

 気がつけば演奏が終わりキャロルも舞台上で呼吸を整えていた。ジュリアとイザベルはキャロルを見つめてお互いに両手を握ったまま涙を流している。

 カタリーナが拍手をすると一斉に盛大な拍手が鳴り響く。キャロルはそれに答えるよう笑顔で応じた。


「久しぶりに良いもの見せてもらったよ。お前たちもあれを目指すんだよ」


 カタリーナは少女たちにそう言うと満足そうな笑みを浮かべた。

 舞台を降りてきたキャロルは見習いの少女たちに囲まれて楽しそうに話している。レビンはその様子を見つめながら自身の鼓動が収まらないのを感じていた。


――キャロルさんの踊りをしっかり見たのは始めてだったけど、あんなにすごい踊り子だったんだ……。


 しっとりと滲む掌の汗を着衣で軽く拭った。レビンも宮廷に招かれた踊り子たちを何度も見たことがあったが、キャロルほどの美しく惹き込まれる踊りは見たことがなかった。


 ――本当に女神ミリエルが舞い降りたかと思った……。


「ほら、ボーッとしてんじゃないぞ! レビンも踊りに合わせて演奏できるように練習するんだからね!」


 いつの間にか隣に来ていたキャロルがレビンの肩を叩く。

 一緒に旅するんだから遊んでる暇はないからな。と、キャロルはハニカミながらつぶやく。


「みんな、片付け始めて。会場が担当の子たちは先に着替えてそのまま開店の準備に入って!」


 ジニーのテキパキとした指示が飛ぶ。

 そこへ店先の門番をしている男が入ってきてカタリーナに何か伝える。


「へぇ珍しいね。いいよ、入ってきてもらいな」


 カタリーナがそう言うと門番は外へと出ていった。


「キャロルに客が来てるってよ」


 カタリーナは立ち上がると来客を出迎える準備をした。


「ほう。この中はこんな劇場になっていたのか」


 そう言いながら帳をくぐって体格の良い傭兵が入ってきた。


「クロードさん!」


 レビンが声を上げたその後ろで、ジュリアが目を輝かせながら立ち尽くしていた。

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