第4話 ジニーの説明

「ここはラファの家でも、ミリエル神殿から公式に認められた十軒のひとつ。カタリーナの館よ」


 少し暗めの廊下を歩きながらジニーの説明が始まった。


 先ほどまでいたカタリーナの自室といまいる廊下は建物の四階だった。

 この建物は五階建てで、一階に舞台などの観客が入る場所。二・三階がラファの娘たちの活動部屋。四階がカタリーナや娘たちの自室。五階が子供たちの居住場所となっていると説明された。


 ジニーことヴァージニアは膨らみが目立ち始めたお腹に手を当てながらレビンとともに歩いている。レビンは少し前を歩く女性を観察した。赤毛の長髪を後ろに纏め、身長はレビンとほぼ変わらないが肩幅は広く豊満な体型だった。いまは妊娠中でお腹も出ているが、普段はかなりメリハリの効いた体つきであろうと容易に想像できた。


 あまり女性の体を見つめちゃ駄目よ、とジニーが振り返りレビンは真っ赤な顔になった。


「キャロルの事だから、最低限の説明しかしていないでしょ?」


 廊下の先から、説明よろしく〜と声が聞こえる。


「ラファの家とラファの娘達は知っている?」

「少しだけなら…」


 レビンは恥ずかしげに答える。


「まだ若いものね。いくつになったの?」


 十四ですと消えそうな声をだすレビン。

 ジニーはウンウンと頷きながら説明を始める。


「美と愛の女神で九柱の一角ミリエル。その従神ラファは一瞬の愛・真実の愛を司るわ。ラファの娘達はその信徒で一瞬の愛を生業としている……。即ち遊女やラファの家で働く女性の事をラファの娘たちと言うの」


 ――ラファの娘たち――。


 歓楽街には男性と一夜をともにして日銭を稼ぐ女性がいると宮廷に務める講師から教わった。彼は一生出会う事は無いから、詳しくは知らなくて良いと言っていたが……。


「街全体が歓楽街と言っても良いロアンヌの街には、ラファの娘たちも大勢居るわ。ラファの家に属さない、酒場や宿屋に居る娘から、薄暗い路地裏に立つ娘もね。

 年齢も様々。でもラファの娘たちには絶大な加護が付与されるわ。ひとつは無病息災、心の病も含めてね。もうひとつは子授かり。これはラファの娘一人一回限りだけど、男女双方合意すれば必ず子供を授かることが出来るというもの。ちなみに産まれた子供にも無病息災の加護が付くと言われているの。過去にはこの加護を利用して跡取りを授かった王族もいるらしいわよ」


 ジニーは自らのお腹を優しく撫でる。


「もしかして、そのお腹の子も?」


 レビンの問いかけに頷いて答える。


「娼館として営業している館がラファの家と呼ばれていて、その中でも十軒の高級娼館がミリエル神殿から公式に認められているわ。何をもって公式というかだけど、この十軒に所属するラファの娘たちには、女神ラファの神官としての地位が与えられているわ。社会的地位や報酬はともかく、本来ミリエルの神官でないと授かれないミリエルリボンを扱うことが許されるの」


 そう言うとジニーは両腕の袖をまくり上げて、その腕に巻かれた薄桃色の帯を見せた。レビンが詰所で会った女性神官たちが装着していたものと同じものだった。


「そのリボンってミリエルの神官たちも付けていましたが、どんな意味が有るんですか?」


「これはミリエルの舞・ミリエルダンスを踊るときに使うのよ。これを持っていない踊り子たちは大きめのスカーフを両手に持って踊ることが多いわね。キャロルもリボンを持っていないからスカーフで踊っているはずよ」


 レビンは以前キャロルが踊りや持ち物の説明をしてくれたときに、スカーフを手にして踊っていたことを思い出す。


「でもね、こういう使い方も有るのよ」


 ジニーが腕を振るうとリボンが勢いよく伸びる。リボンが廊下に置いてある花瓶を巻取るとジニーの手元まで戻ってきた。ジニーは花瓶を手に、どう?とみせる。


「腕に巻いたまま魔力を流せば、攻防一体の魔法の小手となるし、放てば伸縮自在のリボンとなり捕縛にも使えるの。ミリエル格闘術を身につけた神官たちは、戦いと踊りの両方にこのミリエルリボンを駆使しているわ。昔から女神ミリエルに仕える神官は女性だけだったの。その女性たちが護身術として身につけたのが始まりだった。その後、格闘術の開祖と呼ばれる女性神官アルセルが小賢者シャローフィートとともに完成させたのがミリエル格闘術だと言われているわ」


 レビンは改めてキャロルに驚いていた。

 精霊魔法を使えることとは別に、クロードと同じぐらいの体格の男を軽々とひねり上げた技術に、だ。いま思えば、最初に出会ったときも軽々と傭兵の男を投げ飛ばしていた。


「あの、今更ですけどキャロルさんはミリエル格闘術を身につけていらっしゃいますか?」


 ジニーはきょとんとした不思議そうな表情を浮かべる。


「えっと、確かキャロルさんは神官でもなければラファの娘でもない。ただの踊り子だって言ってたのですが……」


 ジニーはその話を聞いて頷いた。


「あの子はね、元々踊りのセンスがずば抜けていたけど、本人は踊りよりも格闘術の方にのめり込んでいたの。お母様もそれを知っていて、ラファの娘よりもミリエル神殿へ勤めさせようとしていたのよ。でも、ある時キャロルが一年ほど行方不明になった事件があって、戻ってきた時には踊りだけではなくて、歌や演奏といった音楽に関する全ての才能が開花していた……。それ以来、本人も神がかったように踊りに没頭したわ。そしてある日、宮廷などにも出入りする大きな旅の一座がその才能を見初めて、身請けと同じぐらいの大枚をはたいて連れて行ったのよ」


 今からでもミリエル神殿へ勤めれば神官職ぐらいすぐになれるのにね。と、ジニーはつぶやいた。


「そうだったんですね」

「でも、本人は踊り子として旅をしているのが好きみたいだし、たまに大金を持って帰ることも有るわよ。本人は言わないけど、多分どこかの家に忍び込んで盗んでいると思うわ。あの子は昔から手際が良くて、スリや盗みでは誰よりも稼いでいたからね」


 レビンは自分の倫理観や常識が崩れ去るのを感じて目眩を覚えていた。


「スリとか盗みってやって良いものでしたか?」


 少年は壁に寄りかかり頭を抱えている。


「ロアンヌではね。この街の不文律があって、奪われるのは奪われる者が悪い事になっているわ。他所の国では駄目なのかしらね。私はこの街から出たことがないから良くわからないけど」


 ジニーはおかしな事を言ったかしら?と首を傾げる。


 廊下を歩いた二人は突き当りの扉の前まで来る。


「ここから外に出て外階段を上がると子供たちが住んでいる部屋に行けるわ。私は四階に自分の部屋を持っているけど、今はお休み中だから五階の子供たちと一緒に過ごすことが多いのよ」


 キャロルとカタリーナは既に上へ上がったようだった。


「キャロルさんが兄弟たちに紹介するって言っていたのですが、何人ぐらい住んでいるのですか?」


 扉の外には階下の景色が広がっていた。各層の狭い土地にひしめき合うように建物が連なっている。そのほとんどが平屋の簡素なレンガや板塀の貧民街であった。この街の下にもたくさんの孤児たちがいるのだろう。


「いま住んでいる子達は全部で七人よ。さっき会ったと思うけど、ジュリアとホセという男の子が一番上で十五歳。一番下が五歳の男の子よ。レビンは十四歳だからジュリアとホセの次かな。下には五人いることになるわ。まぁこんな街だから年齢も怪しいけどね」


 仲良くしてあげてね、とジニー。


「うちは女の子の場合、十六歳になると四階に部屋を貰ってお店に出ることになっているから、ジュリアはもうすぐ引っ越し予定よ。男の子は店で働くか家を出て盗みで生活している人が多いかな。もちろんある程度は売上を店に持ってくる事になっているけどね」


(盗んだ分も売上って言うんだ……価値観が違いすぎる)

 そんな事を考えているうちにレビンたちは五階へと到着した。


「食事の準備ができているから、食べながらみんなを紹介してあげるわ」


 そう言うとジニーは扉を開けた。

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