第2章 ロアンヌへの旅路

第1話 盗賊都市への道

 白く乾いた大地に真っ直ぐな一本道が続いている。

 道幅は馬車がすれ違える程度で石畳も敷かれておらず、馬車が通ったあとには真っ白な土埃が舞い上がった。


 サンタローサの町を含むイシュア王国の北部には、白い大地と呼ばれる乾燥した大地が広がっている。

 王国から更に北部に広がる砂漠地帯から熱風が吹き込み、この土地に高温と乾燥した空気をもたらしていた。乾燥地帯ゆえに木々も育たず、低木が所々に生い茂っているだけの原野だ。

 この土地は魔物よりも野生動物が多く生息しており、周辺には痩せた牛などを放牧して生計を立てている人々が多く住んでいた。


 南北へ延びる一本道を行く馬車は、サンタローサから国境を抜け自由都市ロアンヌへと向かう乗合馬車であった。

 二頭の馬に牽かれた幌馬車の中には五人ほどの旅客が腰を下ろしていた。その殆どはロアンヌで行商を行う商人たちだった。


 自由都市ロアンヌは砂漠地帯の入り口にあるオアシスを中心とした街だが、蔑称・盗賊都市と呼ばれるほど治安が悪く、旅人は出来る限り近づかないようにしていた。それはイシュア王国と東の隣国ガルギア連邦の交流のため、ロアンヌを迂回する街道が作られている程だった。


 また、ロアンヌから北に抜けるには砂漠を一週間程かけて通過する必要があり、命の危険を冒してまで旅人が行き交うことはほぼ無かった。砂漠を抜けてくるのは、商人たちの隊列かロアンヌにあるミリエル本神殿に巡礼する信徒、または大陸中央部から流れてくる冒険者や傭兵たちぐらいである。

 幌馬車の一番後方の席に腰を下ろしたレビンが物珍しそうに外の風景に見入っていた。


「そんなに外の風景が面白いの?」


 レビンの隣で埃を避けるように、頭から大きめのスカーフを被っていたキャロルが尋ねた。

 キャロルはスカーフだけでなく薄手の布で出来たマントを羽織って極力肌の露出を控えていた。埃や日よけの意味もあるが、一番の目的は女性として身を守るためだった。


 旅芸人として各地を回るとき、キャロルの容姿に惹かれ声をかけてくる男どもは多い。ミリエルの格闘術を駆使するキャロルにとって、言い寄る男たちが何人で来ようが全く問題にはならなかった。

 だが、旅を平穏に続けるためには揉め事は出来るだけ起こさないことに限る。そのためにもキャロルのような女性の旅人は出来るだけ肌の露出は控え、口元までスカーフで覆うようにしていた。


「前にロアンヌから移動したときは、荷物と一緒に押し込められてたから」


 レビンは苦笑いしながらキャロルに答えた。


「イシュアはガルギアの隣国なのに全然風景が違います。僕のオルシエール市は周りを樹々に囲われた涼しい高原で緑豊かなところでした」


 砂塵の舞う白い大地を見つめながらつぶやいた。


(僕の……ね、もう帰るところも無いのに)


 口の悪いキャロルも流石に言葉を飲み込み無言を貫いた。


「もう少ししたら国境の町に着くから、今夜はそこで一泊するよ。そこからロアンヌまではこの馬車で三日かかるから市場で少し買い出しをしておこう」


 馬車が野営をする場所には小さな商店などもあるが、総じて物価は高くなっているし常に商品があるとも限らない。必要となりそうな水や食料は町で用意しておくのが鉄則であった。

 キャロルは外の風景に背を向けて座り直すと、そっと他の乗客に視線を送る。

 みな一様に無言で荷物を抱えて座っている。特にレビンの話に興味を持った乗客はいなかったようだ。


(この子には周囲を警戒するところから教え込まないといけないか……)


 無邪気に風景を見続けるレビンを視界の端に捉えながらキャロルは小さくため息をついた。


 夕闇が迫る前に馬車は国境の町に到着した。

 乗客たちは馬車から降りるとその足で出国の手続をするために門兵の詰め所へと向かった。

 出国の手続と言っても戦時下では無いので、担当官に身分証明書を提示してイシュア王国出国の証明書を受け取るだけだった。

 キャロルは旅芸人として普段から使用している踊り子ギルドの証明書を提示して担当官に名前を名乗る。レビンについてはキャロルの付き人兼演奏者として名前を告げた。


 キャロルが白銀ラプラタとしてルドルフの屋敷に忍び込んでから三日が経過していた。

 例の書類を盗み出した翌日は、レビンを宿から出さないでルドルフの屋敷の様子を監視し続けた。

 屋敷ではクロードと例の傭兵二人組が門のところで騒いでいた以外に特段騒ぎになっている様子は無く、ラプラタの記憶操作がしっかり効いているようだった。いつか思い出すこともあるだろうが、それでも夢との判別がつかない程度の記憶にしか残らないはずだった。


 キャロルは屋敷の監視を終えると、その足でサンタローサの町にある踊り子ギルドに出向き、身分証にレビンの名前を追加しておいた。

 その身分証明書が、この出国手続きで役に立っているのであった。


「踊り子ギルドなんてあるんですね……。知りませんでした」


 レビンはキャロルから見せて貰った身分証明書をしげしげと眺めながら呟いた。


「たいていの職種にギルドはあるからね。身分証欲しさにギルド加入している奴も多いだろう」


 キャロルはレビンから身分証明書を受け取ると服の内ポケットへしまい込んだ。


「ロアンヌについたら冒険者ギルドがあるから、お前さんも登録して身分証を発行してもらうといいさ。これからはオルシエール家では無い、ただのレビンとして生きていくんだからね。身分証も何かと必要になるだろ」

「そうですね……」


 レビンははっとした表情を見せたあと、消え入りそうな小声で答えた。

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