ココロの共有
俺の話をする。と、決まったはいいが何から話すか。悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた、後輩が聞きたいことを話せばいいか。
「で、何聞きたいんだ。俺が答えたらお前も答えろよ」
「えー、私の話は後日でも良くないですか」
「さっきと言ってることが違うぞ」
後輩と付き合い始めてから知ったことだが、こいつ逃げ癖がある。
現に冬休みの宿題を放置しているからな。夏休みのように休みの最後に泣きついてくるのが目に見えている。
そんなことより、今か。
今も自分の過去のことを話すのが嫌で逃げようとしている。自分から言い出したけど、怯えてるんだろう。
過去から逃げたいと、顔の表情が物語っている。
その理由は俺とは真逆だ。俺は思い出す価値の無い記憶と言うだけだが。
後輩のは、思い出せば悲しくなる。大切な記憶だからこそ、辛くなるものだからな。
内容を知っている訳では無いが、何となく予想はついていた。
「いや、私の話とか聞いても楽しくないですし」
「それは俺もだ、胸糞悪い話だしな。お前はもう少し、過去と向き合え」
「わかりましたよぉー。じゃあ先輩の親のことから教えてください」
後輩が不貞腐れながらも聞いてきたのは、親の話。まあ無難なところか。
過去を思い出すのに苦労はしない。俺は過去の記憶に囚われることも、忘れることも無く。そういう事もあった、と記憶してるだけだからな。
「俺の両親は外では仲のいい夫婦の猫を被り、家では喧嘩ばかりしてる両親だった。そんで最後には両親は離婚し、俺は両方に捨てられた。ほら次はお前の番だぞ」
「いやいやいや。ちょっと待ってくださいよ、先輩。昨日の夕飯は、みたいなノリで話してますけど。だいぶ重たい話ですよね?」
「俺にとっては昨日の夕食は唐揚げだった。と同じノリで話せることだが。美味しかったぞ昨日の唐揚げ」
昨日は後輩の手作りの唐揚げだった。鶏胸肉じゃなくて鶏もも肉を使ってたが。歯ごたえがあって意外に美味かった。
「嬉しいです。じゃなくて、何話しを逸らそうとしてるんですか先輩!」
「話を逸らすも何も、夕食の話を始めたのは後輩の方だろ」
「そうかもですけど、そうじゃなくて。なんかもっとこう辛いことがあって、みたいな雰囲気になると思って覚悟してたのに。サラッと言われた私は反応に困ってるんです!」
怒ってる後輩も良いな。写真撮っておくか。
カメラを構えて写真を取ろうとしたら、後輩にカメラを奪われた。
「写真禁止です! 全くもう、本当になんにもなかったんですか?(せっかく落ち込んだ先輩を慰めてあわよくばと思ってたのに)」
「なんか今ボソボソっと言わなかったか?」
「言ってません。それで本当にそれだけなんですか。絶対捨てられる前とかにあると思うんですけど」
「何かって言われてもな」
改めて過去の記憶を探るが、後輩の言う何かというものは見つけられない。自分で探したところで後輩が求めるものが何かわからないし。
あったことを簡潔に言って、その中で後輩が反応したものを話せばいいか。
「殴る蹴る、罵倒罵声、炊事洗濯は育児放棄と言った方がいいか。捨てられるまでのことを簡潔にまとめるとこうなるな。なんか気になることあったか」
「全部ですけど!?」
「全部なのか?」
「なんで私が逆に疑問符つきつけられてるんですか、全部おかしいですからね!?」
後輩の押しが強いな。そんなに感情荒らげるようなことか?
「先輩の性根が曲がった原因が分かって、嬉しいような悲しいような。殴る蹴る、罵倒罵声、は理解で来ますけど。炊事洗濯? と育児放棄って具体的には? (怖くて聞けないけど、先輩のことだから絶対簡潔にしすぎて何かある!)」
「さっきからなんかボソボソ言ってるだろ」
声は聞こえないが口元動いてるのは見えてる。
「気にしないでください、独り言です。ほらさっさと話してくださいよ」
「なんで俺が怒られてる感じになってるんだ。育児放棄と言っても、炊事洗濯自分でやってただけだ」
「「炊事洗濯自分でやってた」って理解し難いパワーワードなんですけど。ちなみに何歳から?」
「十歳位からだな。それまでは身長とか足りなかったから出来なかったんだよ。そのせいで飯食えなかったり同じ服着てたな」
「ぜん、ぱい」
後輩が涙を瞼から流し、声も涙声になってる。なんでこいつ泣いてるんだ。カメラを没収されたから写真を取れないのがもどかしいな。
「ぜんぱーい!」
「急に泣くな、だから話したくなったんだ」
後輩の抱きついてる、左袖が涙と鼻水で汚れていくが、気にすることではない。どうせ安い服だ。
それよりも、泣いてる後輩の方が重傷だ。俺にとっては過去のことだが、後輩にとっては割り切れるような話じゃ無かったんだろう。
俺の過去が胸糞悪いのは覚えてたが、それがどの話なのかまでは忘れていた。
本来なら悲しいと感じることなんだと、後輩を見て理解する。そういう感情は、それこそ幼い頃に捨ててきたからな。
他の話をしてもまた泣くんだろうな、後輩は感受性が高い。
「ほら泣きやめ。俺はどうも思ってないのに、お前が泣いても仕方が無いだろ」
「私は泣かない先輩の代わりに泣いてるんです!」
「わかったよ。俺の代わりに泣いてくれてありがとな。気が済むまで泣け、でも泣き止んだら後輩の親の話も聞かせろよ」
「あぃ」
結局 、左腕に抱きついたまま後輩は五分近く泣いた。服に涙が染み込み、肌に触れる。後輩の体温で温められた涙は、温かくも冷たかった。
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