第349話 巻き込まれた心霊系動画配信者



柏木隆司は、心霊系動画配信者だった。

仲間と組んで心霊スポットを訪れ、何本もの動画を配信したがチャンネル登録者数は増えなかった。

素人考えの演出や仕込みはネット民からの反感を買うばかりで、もう動画配信者を止めるところまで追い詰められていた。

そんな柏木に転機が訪れたのは、大学のサークルで見染めた可愛らしい後輩を彼女にしたときだ。

村瀬詩織は怖がりで、大衆受けしそうな美貌の持ち主だった。


(シオリのソロで、動画を撮ろう!)


柏木は閃いた。


ソロを装っての動画作成だ。

台詞も覚えられない素人臭さだって、詩織なら魅力チャームに映るだろう。

ネット民の立場を考えたら、彼氏とか男のスタッフは顔を出さない方が良い。


「えーっと、前回、前々回に続いて、怖ろし山に来ています」


つっかえながら、詩織が状況を説明する。

自撮りで撮影される詩織の表情は、良い感じに硬い。

ブルっているのが、ストレートに伝わってくる。

周囲を三人の男に守られていても、夜の山道は怖いらしい。


柏木の計画が図に当たり、シオリのチャンネルはどんどんと視聴回数を増やしていた。

たった数回ほど動画をアップしただけなのに、チャンネル登録者数は以前と比較にならない。

仲間たちも、これなら収益化に繋がりそうだと考え、俄然ヤル気になった。


「どうか、今回も幽霊とか出ませんように……」


シオリは心霊体験をしたくない、心霊動画配信者である。

だったら、心霊スポットに行くなよ!と言う話だが、どれだけコメント欄で突っ込まれても心霊スポットを訪れるのが、シオリチャンネルの趣旨だ。

シオリの動機は、オバケが怖いから、そんなものは居ないと証明する!ことにあった。

柏木が仲間たちと考えた、シオリの設定である。


ネット民は、臆病者のチャレンジャーを素直に面白がった。

『ヒィッ!』と怯えるシオリの表情に、大喜びだ。


「えーとえーと。妖怪とか、モノノ怪も勘弁してください。お山に居る間、何も起きませんように……。よろしくお願いいたします」


登山道の入口にあるお地蔵さまに、お土産の饅頭を供えて祈る。

いつものお約束だ。


「あれ……?」


詩織のカメラに、真新しいお供え物が映る。


それはユグドラシル銘菓、ウサギだぴょん。

ラヴィニア姫から『これは何ですか?』とお地蔵さまについて問われ、説明するためにメルが供えた菓子だった。


「お供え物。エェーッ。どうして、お地蔵さまに髭が……?これっ、油性マジック!?」


メルの落書きだ。

山の主への挑戦状である。

そんなことを知らない詩織は、顔を引き攣らせながら呟いた。


「先ほど、車が停まっていました。多分、私の他にも人がいる……。地元では、かなり有名な心霊スポットらしいので、肝試しでしょうか?お地蔵さまに、落書きなんかして。村の不良少年かしら。とっても罰当たりです」


辺りをLEDライトで照らすが、夜風にそよぐ低木の枝が映るだけ。

人の気配などなかった。


「ヒィッ!」


LEDライトの光に驚いて、『ギャーギャー』と鳴く鳥の声にビクつく詩織だった。




◇◇◇◇




怖ろし山(別称)に住まう山のぬしは、時勢の変化に翻弄されて不幸にも闇落ちしてしまったが、礼儀を重んじる律儀な性格を残していた。

無礼ものには容赦しないけれど、キチンと挨拶ができる人間であれば寛容さを見せることさえあった。

柏木隆司を含む動画撮影者たちは、山の主から許しを与えられた稀有な存在だ。


何より、村瀬詩織は畏れ敬う心を持っている。

高評価である。


比ぶるに、先に入山した幼女と連れは、全くもって怪しからん。

少々罰を与えてやらねばなるまい。


先ほどまでそう考えていたのだが、事態は急転直下。

その頭数、百に届きそうな不届き者たちが、ぬしの縄張りに侵入してきたのだ。


〈グヌヌヌヌッ……。ワシの縄張りで殺意を隠そうともせぬ、礼儀知らずの人カス共め。目にもの見せてくれん。フンッ!〉


山の主は手にした羽団扇ハウチワを一振りすると、夜風を纏い宙に舞った。

その巨体は、妖怪図鑑で見る天狗そのものだった。




◇◇◇◇




聖なる鷲セイントイーグルのメンバーは夜間任務の難度をものともせず、何事もなく目的のポイントに降下した。

パラグライダーを外すと、たちまちロープや布が腐食して消える。

いつ見ても不思議な光景だった。


(魔法ね……)


マイケル・タナカが目を細めた。

自嘲気味である。


本社から支給される装備品には、理解不能なものが多い。

今回のブリーフィングでは、怪しげな文字の刻まれた特殊弾薬について説明されたけれど、チンプンカンプンだった。


(魔法弾かー。まあ、どうでもいい。使用方法さえ分かれば、問題ない!)


配られた魔法弾の数には限りがあった。

各自、マガジンが二本。

弾数にして60発。

他は通常の5.56ミリ口径ライフル弾だ。


マイケル・タナカは、『魔法弾とは、ターゲットを生け捕りにするための特殊弾だろう』と、結論付けた。

であるからして、ターゲットでない障害を排除する際には、通常弾を使う。


『マイケル、行くぞ』


同じチャーリー隊のキム隊長が、無線で呼びかけてきた。

マイケルはヘルメットに装備されたマイクを指先でトントンと叩き、了解の合図とした。


今回は日本でのミッションなので、部隊のメンバーにアジア系が多い。

撤収のさい、目立たずに群衆と同化するためだ。


「灯りだ」

「数は4。排除します」


不幸な出会いである。

チャーリー隊は、山道に沿ってターゲットの後背を取る予定だった。

その途中で部外者と遭遇するなんて、先ずあり得ない確率だ。

それでも排除しなければ、目撃者を残す危険があった。


「女を撃ちます」


ワンが銃を構えた。


隊員たちは、例外なく狙撃の名手である。

この距離であれば、的を外すことはないだろう。


「左は俺がやる」

「右のノッポは任せてください」

「残ったデブを排除します」


短く言葉を交わし、各自の担当を決めた。


そのとき、マイケルがピクリと肩を竦めた。


「キム隊長……」

「どうしたマイケル?」

「首筋がピリピリする。おかしい」

「………………!?」


マイケルの予感は、よく当たる。

それが如何なる力なのかは不明だが、死の気配を察知するのだ。


「のあっ!!」


トリガーに指を掛けていたグエンが、血を吐いて茂みに倒れた。


「なんだ。どこからの攻撃だ!?」

「やばいやばい、ヤバいぞ!」

「てっ、敵が見えません。ウオッ!」


ワンの喉が、パックリと切り裂かれた。


「銃撃じゃない。敵は目視不能……」


マイケルはワンが襲われた瞬間、身を翻して逃亡した。


「何とかして回避しろ」


キム隊長は部下たちに指示を出した。

だが無理な話だった。


何となれば、チャーリー隊を襲った見えざる敵は、この山中に巣食う悪霊たちだから。


タタタタタタタッ……!


5.56ミリ口径ライフル弾が、乾いた音を立て連射される。


あちらこちらで、傭兵たちが苦悶の声を漏らし、次々と樹木の根元に倒れ伏した。

大木を背にすれば、背後からの攻撃を避けられると考えたのだろうが。

何の意味もなかった。


「何だコレは……。冗談じゃないぞ!?」


現場から走って逃げたマイケルだけが、辛うじて命を拾った。

マイケルの眼には、怒れる怨霊たちのおぞましい姿がボンヤリと見えていた。


マイケルは怨霊に通常弾が無力と知り、HK416に装着されていたマガジンを外した。

薬室内の弾もレバー操作で排出する。


「くそー、くそー。畜生め!」


新たに差し込んだのは、魔法弾が装填された貴重なマガジンだった。


『こちらチャーリー隊。自分は副隊長のマイケルだ。チャーリー隊は壊滅した。敵は見えないゴーストだ』

『こちらアルファー。ゴーストって、光学迷彩か……?狙撃?』

『信じられないが、文字通りのゴーストだ。通常弾は無効。多分、敵の身体を擦り抜けてる』

『………………』


まあ、信じてはもらえまい。

これ以上、言葉を尽くしたところで無駄だと、マイケルは即断した。


「フッフッフゥー。フッフッフゥー!」


酷使された気道が熱を帯び、焼けるように痛んだ。

心臓が悲鳴を上げている。


なす術もなく所属部隊を壊滅させられた傭兵が、泣きっ面で下唇を噛み、なりふり構わず坂道を駆け降りる。

今は自分の命を守るべき場面だった。




◇◇◇◇




「あれって、何の音だ?」

「銃声!?」


時折り闇の彼方に、パッパッパッと銃火が光った。


「悲鳴が聞こえる」

「やばい、やばいぞ!」


柏木たちが登ってきた山道の後方から、戦闘の気配がする。

今どき、平和な日本で暮らしていたって、動画サイトでリアルな戦争シーンくらい見ている。


「意味不明だけど、あれは本物だろ!」

「少なくとも、サバゲ―ではないな」

「逃げよう」


柏木の言葉に異論をはさむ者は居なかった。


「柏木。逃げるとすれば、山頂を目指すしかないぞ」

「危険を避けられるなら御の字だ。もたもたしていないで動こう」


そのとき流れ弾が近くの幹に命中した。

ビシッと木っ端が弾ける。


「イヤァー!」


詩織が悲鳴を上げた。


「しっ。連中に気づかれる!」

「悲鳴は勘弁してくれ」

「うっ、うん」


柏木たちは詩織を庇いながら、怖ろし山の頂上に向かって一目散だ。




◇◇◇◇




エミリア(仮名)はブライアン・J・ロングの指示に従い、40体の蟲人間たちを率いて怖ろし山に分け入った。


「発見次第、遺体を処理せよ。生存者でも自力で移動できそうにない者は、喰って構わん。とにかく証拠を残すな」

「「「「「ギィギィ!!!!!」」」」」


蟲人間たちは、人に擬態する労を捨てた。

その姿は醜悪で、人のように大きな飴色の蟲だった。

人面がパックリと割れ、本来の用途であるあぎとが姿を見せていた。


エミリアはコートを脱ぎ捨て、黒いボディースーツを露わにした。

改造人間を強化する、特殊なボディースーツだ。


「あのちびっ子。あたしをビビらせやがって、絶対に許さないよ」


エミリアの脳裏に、アミューズメントパークでの一件が蘇る。


優秀な蟲人間が、一撃で葬られた。

やったのは、左目から白煙を上げる幼女。

ブライアンから誘拐するように命じられた、ターゲットである。


あの日の敗北は、忘れようとしても忘れられない、トラウマとしてエミリアの記憶に刻まれた。


「えーい。忌々しい。この不愉快な胃の重ったるさを消し去るには、あのチビを殺すしかないヨ!」


エミリアを苦しめている不快感は、強者に対する純粋な恐怖だった。

改造人間はどう足掻たところで、精霊の子に勝てやしないのだ。





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