【1-4】夜に出掛けて……
「相変わらずすげえ人気だな。あいつ」
テレビから聞こえる歓声の中、ステージにはサナの姿があった。
カラフルな数多のペンライトが映え、ロックな歌声と共により華やかに映るその景色は、あまりにも別世界にいるようで、とても普段の彼女からは考えられない。
そんな現実とのギャップを感じながら、俺は外出する準備をする。
外出といってもただ単にコンビニに行くだけなのだが、入浴で濡れた髪を乾かさずに一纏めにすると、テレビを消して部屋を出た。
その途中
「おやレイちゃんお出かけかい?」
「うん。ちょっとコンビニに」
「そうかい。気をつけて行くんだよ」
「はーい」
返事して軽く手を振り、寮のエントランスを後にする。
外に出れば、街はビルの灯りで照らされていて、ジメッとした暑さが残っていた。
仕事帰りのサラリーマン達に混じり、渋滞で赤く照らされた車道を横目に見ながら大きな歩道を歩いて行く。
すると、車道を挟んだ反対側の歩道にふとヨムの姿を見つけた。
「あれ」
立ち止まり見てみると、厄介な事に不良に絡まれており今にも路地裏に引きずりこまれそうになっている。
コンビニとは違う方向だが、丁度近くにあった横断歩道を渡り、ヨムの傍へ向かう。
ヨム達はそのまま路地裏へと入ってしまったが、俺もすぐに後を追って入ると、車や人の喧騒から遠のいた事で、近づくにつれヨムと不良のやり取りが聞こえてきた。
「やめて、ください……!」
「なんだよー。別にいいじゃん」
「そうそう。ちょっとくらい」
一人の不良の手がヨムの胸元に伸びる。急いで駆け寄りその腕を何とか掴むと、不良とヨムの間に割り込んだ。
「なっ」
「やめろよ」
突然腕を掴まれたことに不良は驚いていたが、すぐに眉間に皺を寄せ舌打ちした。
「なんだよテメェ」
「何だ? 邪魔する気か?」
周りにいる不良達も不機嫌そうにこちらを睨んでくる。まさに一触即発な状況で、ヨムを庇いながらも俺は不良達を睨み返した。
「複数人で女の子に手を出すのは卑怯だろ」
「卑怯? ハッ、何だよいきなり現れて」
「もしかして正義の味方ってやつ〜?」
「とはいえ、いくら正義を語った所で、人数的にお兄さん勝てないっしょ」
声を上げて笑う不良達に、俺は何も言い返せずただ見つめる。ひとしきり笑った後、リーダー格の不良の男は「まあいいや」と言って拳を握ると、足を踏み出した。
「人を助けるのは良いけども、あんまり口を出したら痛い目を見るって……味わえよ!!」
「っ!」
勢いよく殴りかかってくると、俺はそれをギリギリで避ける。
拳は背後の壁に当たり、痛みで顔を顰める男から離れるが、今度は男の側にいた不良達が相次いで攻撃してくる。
「(くっそ。次から次へと)」
言われた通り人数の差じゃ、こちらが明らかに不利だ。喧嘩なんか幼馴染に頬をビンタされた事ぐらいで、まともにやり合った事もない。
手加減のない拳や蹴りを何発か食らいながらも、ヨムの腕を掴み不良達から抜け出すと、後ろに向けて手を突き出した。
「(本当はあまり使いたくなかったんだけど)」
追いかける不良達から逃れる為に、手に力を込める。その瞬間勢いよく水流が不良目掛けて襲いかかった。
「なっ⁉︎」
「ぎゃっ⁉︎」
「み、水⁉︎ って、テメェ、まさか……!」
水流で後ろに押し流され、水浸しになった不良をよそに路地裏を出る。
二人でひたすら走っていき、なんとかコンビニの側まで辿り着くと、ずきりと胸が痛んだ。
「っ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……少し走ったから、肺が痛くて」
そう笑って呼吸を整えながら言うが、実際痛むのは肺ではなく心臓だった。
心配をかけたくないばかりに咄嗟についた嘘だったが、ヨムにはお見通しのようで、不安げな表情で訪ねてきた。
「能力、の反動ですよね。それ」
「まあ、うん。……やっぱり分かる?」
「はい。顔色が悪いですし」
「そっか」
ようやく呼吸が整い、深く息を吐く。
水流の量が多かったせいで、ちょっと身体に負担がかかったらしい。申し訳なさそうに謝るヨムに、「大丈夫大丈夫」と苦笑しつつ、話を変える。
「それよりも、家どこだ? せっかくだし送ってやるよ」
「え? ええっ⁉︎ その、申し訳ないです! た、助けてもらった上に送ってもらうなんて……」
「でも、ほら。万が一という事もあるだろ?」
「………」
「な?」
「……はい」
俺が圧した感じになってしまったが、ヨムは戸惑いつつも頷く。
「決まり」と俺は言って、とりあえず俺の用事を済ませる為に二人でコンビニに入った。
週刊で出される漫画雑誌を買おうと、窓際の本棚の方へと歩いて行くと、ヨムも辺りをキョロキョロとしながらついてくる。
「ヨムどうした?」
「その……私、実はこういう所初めてで」
「えっ。ウィーク領域の外から来たのか?」
「あー、えっと、その、はい。後家がうるさくて」
「ああ、成る程」
胸元のリボンといい、何となくどこかのお嬢様感があった。
コンビニは俺もウィーク領域に来て初めて知ったので、まあ別に知らなくても珍しい事ではないのだが。
お目当ての漫画雑誌を手にすると、店の中を一緒に回る。来たことがないからか、ヨムは珍しそうに色んな商品棚を覗いていた。
「色々売ってるんですね」
「まあな。品数も多いし、見てて楽しいよな」
「はい!」
二人で笑いながら棚を見回った後、漫画雑誌を買う為にレジへ向かう。結局、ヨムは何も買わずに待っていたが、その表情は何となく楽しそうだった。
それから話をしながら、ヨムの家がある高級住宅地へ歩いて行く。街灯はあるものの、辺りはシンとしていた。
(高級住宅街なだけに、どの家も立派だな)
土地価格などの事はよく分からないが、建物はどこも大きくそして広い。
時折通りかかる人を見れば、ブランド物を沢山身につけていていかにもお金持ちって感じがした。
いくつ目か分からない十字路に差し掛かった時、ヨムが呼び止める。
「先輩、ここまでで大丈夫です」
「ん、そうか。でも暗いから気を付けろよ?」
「はい。ありがとうございました」
にこりとして、そうヨムは頭を下げた後右の角を曲がって行く。
俺はヨムを見送った後、来た道を戻るように寮まで歩きだす。高級住宅街から出て、立ち寄ったコンビニまで戻ってくると、そこで偶然にもバイト帰りの日向と合流した。
「あれ、
「おー、
「コンビニ……はもう寄った後なんですね」
「ああ。ちょっとな」
「?」
首を傾げる日向に苦笑いして今までの事を話す。
それを聞いた日向は不良に絡まれたというのも驚いていたが、何よりも能力を使ったということに吃驚すると声を上げた。
「の、能力って! 身体大丈夫なんですか⁉︎」
「大丈夫大丈夫。少し胸が痛んだだけだって」
「それ大丈夫じゃありませんって!」
心配する日向の肩に手を置いて宥める。
よく倒れていただけに、日向がそう心配する気持ちも分からなくはない。
実際日向の前で一度倒れた事もあっただけに、気にしてくれているのは嬉しくもあったが、申し訳なくも思う。
(ま、今回は運が良かったんだな)
痛みのなくなった胸を摩りながら、そう前向きに考えると、日向がため息をついて歩き出す。
すると、サイレンが後方から聞こえて日向と一緒に振り向いた。
「何かたくさん聞こえてきますね」
「だな」
少しして、車を掻き分けるように沢山の緊急車両が走っていった。
「凄い数ですね」
「ちょっと調べてみるか」
なんていいながら携帯を取り出そうとした時、前を歩いていた人達の声が耳に入る。
「ホール近くで多重事故だってよ」
「うわー、災難だな。今日確かライブじゃなかったっけ。今だったらもう終わってる時間帯だろうけど」
「「………」」
多重事故。
それを聞いた俺たちは急いでサナに連絡をしていた。多分無事だとは思う。思うのだが万が一という事もある。するとすぐに返事がきた。俺ではなく日向の携帯に。
「
「なんだって?」
「無事でした。先輩にもよろしくと」
「おう、そりゃ良かった」
ホッと胸を撫で下ろすも、未だに通り過ぎる緊急車両に気持ちは騒めいていた。
(あいつ、大丈夫かな)
サナから見せてもらったチラシには確かユマの名前もあったはず。
長年出会ってはいないものの、あの事を思い出して苦しんでいないだろうか。
でもなんて声をかけたらいいか分からなくて、それに今更な気がしてサナに頼めなかった。
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