第23話
結局思っていた通り月曜日にナツが来ることはなかった。
それもそうだろう。あんなに顔色が悪かったのだから、これを機にむしろちゃんと休んでくれた方がいい。なんならそのまま入院して病気を治してくれればこちらとしても有り難いのだが……と、ソラは心から思っていた。
ナツのことを心配し過ぎた
昼休みになるのがいつもより早く感じた。
――昨日出したやつ確認するか。
「えっ」
昨日投稿をした動画を確認する。いつもなら。いつもなら、100回……多くても300回再生が
「なんだこれ……」
「どうしたの?」
何やら様子が可笑しいと感じたのか、カイがソラの傍へ寄った。
「これ、見てみろ」
「……すごっ!」
カイが目をキラキラと分かり易く輝かせる。それもそうだ。カイは何故かソラのことを尊敬しており彼の映像作品のことが好き過ぎる傾向にある。出演者であるのに大ファン。そんな彼にとってこの再生回数はきっと、とても嬉しいものなのだろう。
「何これ! どうしてこんなに再生されてるの? 今までに無いくらいだよね!」
「興奮しすぎ。ちょっと落ち着けって。そんなの俺が知るわけ……ん?」
何気なく動画のコメント欄を流し見ていると不思議なコメントがソラの目に留まった。
『これって
その一言に続いてコメントが何件か足されているようだ。
『Natsuってあの?』『天才ピアニストの?』『こんな顔だったっけ?』『そうだよ! 面影ある~』『でもほら見てよ。この横顔似てない?』
最後のコメントに付けられた1枚の写真。それは紛れもなく、幼い頃のナツだった。
「ナツくんって、もしかしなくても有名人だったりするの?」
カイとソラは顔を見合わすしかなかった。
クラスのひとりに写真を見せ、これが誰だか聞いてみた。すると聞かれたひとりは少し考えた後、口を開いた。
「これ、7年前にちょっと話題になったやつだろ? 確か、天才ピアニストのNatsuっていうやつだよ」
クラスのやつまで知っていたとは驚きだった。逆に知らない方が可笑しいのか? というくらい知っていた。
ソラは屋上に行き、“Natsu”について少し調べてみる。普通に授業の合間に屋上に来ているものだからまったくのサボり癖である。まあ、2回目の人生なのだし教室にいても寝るだけなので結局のところ同意なのだが。
Natsu――若干10歳にして数々のピアノコンクールで優秀賞を獲得している天才少年。ある時期から活動を休止。その2年後、入院生活をしながらも音楽の楽しさを伝えるため、演奏している動画を母親がアップしていた。5年間続いたその投稿は3年前に幕を閉じた。
確かにこれはナツだ。彼がちょっとした有名人だったから、昨日の動画の再生回数も伸びたのだろう。
「なんか、嫌だな」
再生回数が増えて嬉しいはずなのに、凄く嫌だと感じた。なんだか、自分の力で取った再生数ではないと思ったのだ。
――どうしてナツに嫉妬する意味がある? 自分の心に嫌気が差した。
「バカだなー……俺って」
太陽が照る14時。そよ風の『そ』の字も無い屋上でひとり、空を見上げた。
火曜日、ナツが登校して来た。
顔色はそこそこ良さそうだった。二日間しっかりと休んでいたようでソラは安心した。
「おはよう、ソラ」
目が合って彼が微笑むものだから昨日の悩みなんて一瞬で吹き飛んだ。
「お、おう、おはよう」
「ぎこちないなあ。どうしたんだよー」
これはナツ本人に聞いてもいいものなのか。もしかしたら隠しておきたい過去かも知れない。だが、ソラは少し躊躇ったが、覚悟を決めて聞くことにした。
「お前……“Natsu”って知ってるか?」
「……え?」
――知ってるか? ってなんだよ。本人だろうに。
ナツはきょとんとしている。
「い、いや! 今のは忘れてくれ」
「忘れてくれって、それ僕のことだよね」
「いっ」
声が少し曇っていた。どうやら地雷を踏んでしまったかもしれない。やってしまった……とソラは肩を落とした。
「別に秘密にしてたことじゃないからそんなに肩を落とさなくたっていいのに。大方、誰かからそういう情報が入ったんでしょ」
「なんで」
「なんでって。そりゃあ自分の事だし? ……それに、僕の小さい頃のこと少し調べたって顔してる」
「……ご名答だな。ピアノやってたんだな」
「うん。凄く嫌いだったけどね」
「嫌い?」
そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったので変な声を出してしまう。
「そう。母さんがやれってうるさいからやってただけ。病気になってからは弾かなくなったんだけど、動けるようになったらなったでまた弾いて。その時に母さんが撮ってた動画がネットで少し話題になったんだよね。『健気な天才ピアニストがなんとか~』って。勝手に噂すんなーっての」
ぶー、と頬を膨らませ、この間も飲んでいたジュースを吸っていた。
「……なあ、ナツ」
「んー?」
「この前、体調悪くしたのって、コンビニの弁当食ったからか?」
「うーん。そうと言えばそう。そうじゃないと言えばそうじゃない」
やっぱどこか他人事のようにナツは言葉を言う。この感じにまだ少し慣れない。きっとナツ自身感じていないものなのだろうけれど。
「……あ。次、体育だったよな。着替えないと」
ナツは「うん」と言い、飲み終えたのかパックを近くのゴミ箱へ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます